平凡すぎて殺される
翻訳までされる海外のユーモア・ミステリーは、たいてい外れがない。しかも本書は翻訳者が原書で読んで、いたく気に入ったための持ち込み企画作品だそうだ。さればこそと読者側からの期待値も込めてしまう。無論ただものではないはずだ、と。
しかし出だしを読んでゆくにつれ、少し後悔の念が。ぼくの場合、食べ合わせがよくなかったのかもしれない。ルースルンドの『
三日間の隔絶』、ウィンズロウの『
業火の市』といった超ド級のシリアス・アクション大作ニ作の読後だったので、この本を読み始めた途端、思わず膝が砕けそうになった。そこら辺にいる人たち皆にこの本を読ませたら、吉本興業の公演のお笑い芸人たちみたいにどどどっと、倒れちゃうんじゃないだろうか。それも何度も。
タイトルから既に気が付くべきだった。何しろ『平凡すぎて殺される』だもの。帯には「このミステリ面白すぎる!!」とうたい文句。面白いとは、そういう方向の(つまりユーモアの)面白さだったのか。やられた! そう、本書はミステリーの内容を持ったユーモア小説である。
主人公は特に何のとりえもない地味ぃ~な青年。無職なので日銭を得るために病院でして老人患者たちの介護をしているというどうも頼りない男なのだが、いきなり事件が起こる。死にかけた老人にナイフで襲われ怪我を負ってしまうのだ。老人は実はやくざの親玉で、彼を襲った直後に死んでしまう。と同時に主人公は命を狙われ始め、行動も口も達者な看護婦がそれを救い出す。老人の正体は誰だったのか? これが本書を貫く謎の肝となる。
ぼくの場合前半は、登場人物が次々増えてくる様子や、小さなギャグのために割かれるページが多いことに、しばしの間慣れることができなくて、実は苦労したのだが、徐々にこの作品の持ち味としてのユーモアに馴染みができて頭に入ってくるようになってからは、急速にページがめくられてゆくようになった。そう、本書は笑って面白く読まなければいけなかったんだ。「このミステリ面白すぎる!!」なんだから、とこの辺りでようやく気づいたわけなのさ。
逆にそうなると後半部で、練りに練られた仕掛けや錯綜した人間関係図、それらを整理してゆく二人の素人探偵と、彼らを助ける定年間際の刑事、との主役トリオの役割や、敵・味方・脇役のそれぞれの人間関係が明らかになってゆくとともに、面白さと比例して読書速度は一気にスピードアップした。
巧い仕掛けに満ちたミステリーだな、と読後感はすっきり。アイルランド作家によるダブリンを舞台にしたミステリーで、作者がTVの放送作家かつコメディアン出身という裏事情も興味深い。同じアイリッシュ作家でも、IRA健在の時期の危険極まりないキャリックファーガスという北アイルランドの田舎町を描き続けているエイドリアン・マッキンティとの毛色の違いは甚だしい。読み比べても意味がないだろうし。
本作はシリーズ化されているそうである。二作目も出るなら読もうかどうか迷ってしまいそうだが、この主人公の今後も気になる。そう。シリーズに甘い読者なのだよ、ぼくは。
(2022.7.16)
最終更新:2022年07月16日 16:03