ポリス・アット・ザ・ステーション



題名:ポリス・アット・ザ・ステーション
原題:Police At The Station And They Don't Look Friendly (2017)
作者:エイドリアン・マッキンティ Adrian Mckinty
訳者:武藤陽生
発行:ハヤカワ文庫HM 2022.6.25 初版
価格:¥1,660


 ショーン・ダフィのシリーズも6作目を数える。宗教対立と内戦下の北アイルランド、キャリックファーガスの田舎警察を舞台にした毎作のストーリーも凄いが、プロテスタントとカトリックの対立、政治思想の対立で分裂する世界一危険な国家に生きる状況を背景にして、この主人公の個性を描出する作家の書きっぷりも凄い。

 それでいながらこのシリーズでは食っていけなくなり、ウーバーの運転手で生活を凌いできたという現実の作家の生活っぷりも信じ難い。でも『ザ・チェーン連鎖誘拐』という独立作品で作家に戻った。その作品も実に出来が良い。これだけの作家が食っていけなくなる国というのは何なのだろうか。

 さて、本書。そしてダフィー。彼は、「くそ」を連発する乱暴なセリフの裏で、家に帰りつくと、ショパンのレコードに耳を傾けながら、レビ・ストロースの『悲しき熱帯』を読むというインテリゲンチャである。

 車底に爆弾がないことを必ず確認してBMWに乗る。車内では古いブルースやロックをかける。新しい音楽傾向にはげんなりしている。そのくせ音楽が凄く好きで、おまけに評論家なみに詳しい。そんな暇がありそうにない多忙な日々であれ、いつも音楽を、しかもレコードに針を落として聴いている。大抵いつも。

 それがショーン・ダフィ。乱暴でワイルドなイメージはあっても腕利きの殺人課刑事。多感で感情の浮き沈みが激しいが、とにかくインテリなのだ。音楽、文学、美術なんでもござれ。

 そのダフィが、拉致され捕縛され原始林の中を処刑場所に向かって曳かれてゆくシーンでこの本は始まる。のっけからクリフハンガー状況。そして物語は遡って始まる。

 そもそものスタート地点となるのは、クロスボウでの殺人という珍しい事件。捜査シーン。なぜクロスボウなのか? しかも異様な殺人現場。警察官が引き上げてしまい、多くの見物人に荒らされて、死体の上に煙草の灰さえ落ちている殺人現場。鑑識もまだ来ていない。何時間も放置されている死体。そんな殺人現場はミステリー作品で見たこともないが、ダフィの時代には存在するのだ。

 殺されたのは麻薬密売人。その妻は拘留中。小さなきっかけに見えるが、物語は末広がりにスケールを増してゆく。

 ダフィの一人称による語りで展開するこのシリーズだが、そのリズム、テンポがいつもながら乗り乗りなので、多少分厚い本書でも苦には感じない。乗せられてしまう作品。ダフィの音楽性やリズム感は、きっと作者の内にあるものなのだろう。そして1980年代。北アイルランドが燃えていた時代。IRA対アルスター警察の内戦状態と言えた時代。テロリストがプロとして食っていけた時代。その時代の文化である音楽や文学を語りながらの捜査こそがダフィという主人公の個性である。

 前半は、ダフィの現在の生活っぷりと乱れた捜査陣系の立て直し。後半はアクション、またアクション。ジャック・ヒギンズの世界に舞い降りた新しい才能。それがエイドリアン・マッキンティだ。この後、彼と言う作家がどうなってゆくか心配だが、このシリーズは次の三作までが予定されており、その一作目、他に単独作品も今年同時に上梓されている。その合間は作品が発表されていないので多分ウーバー。

 苦労の中で書き続けて欲しい。この作家の才能は確かなものなのだから。

(2022.07.24)
最終更新:2022年07月24日 22:44