忘れたとは言わせない




題名:忘れたとは言わせない
原題:Rotvälta (2020)
著者:トーヴェ・アルステルダール Tove Alsterdal
訳者:染田屋茂
発行:早川書房 2022.8.31 初版
価格:¥2,200


 スウェーデン南部オンゲルマンランド地方クラムホシュ。主人公の若き女性警察官エイラ・シェディンが暮らす町である。

 深い森や峻嶮な峡谷を、海に流れ出る川のうねりが削る場所。河岸の古い巨大工場の跡地には、麻薬やフリーセックスに夢中になる若者たちの痕跡が残される。

 憂鬱になるほど暗く寂しい地方の片田舎で、13年前に発生した少女行方不明事件。その少女を殺害した容疑で刑務所に入れられた孤独な若者ウーロフ。彼が出所するとほぼ時を同じくして、ウーロフの父親が殺害されて発見される。ウーロフには無実の可能性があり、シェディンは13年前の記憶を彼の出所やその父親の殺人に結びつけつつ、真実を追い始める。

 小さな村ゆえの複雑な人間関係。恐ろしいほどの大自然。その中で登場人物たちのそれぞれの陰影の濃い私生活も描かれてゆく。エイラの家族は、認知症の母と、家を出た切り寄りつかない自由奔放な兄。スウェーンミステリならではの生きる重さのようなものが、物語を貫く。ヘニング・マンケルの世界を思い出す。

 フィヨルドを抱える北欧の国が持つ自然の美しさと、怖さ。首都ストックホルムとは離れながら、捜査人員が足りないこともあって、都市部からの警察官たちの助けが来る。この事件のためだけの臨時捜査チームのようなもの。彼ら脇役の存在感も併せて物語は立体構造の時空に奏でられてゆく。

 後半部になり意外な展開を見せる本書は、川から海へ流れ出す水の流れの如く、警察小説からむしろ、冒険小説的ワイルドさを見せ始める。大自然の豊かさと、時間が与える錆や腐食。

 美しくも危険な大自然の営みの中で、いかにも小さく見える人間たちの悲しくも傲慢な罪の存在が見え隠れして、後半は二転三転する真実の深みが主人公エイラを圧倒する。

 スウェーデンが犯してきた重大な過ちである冤罪という真実のテーマに取り組んだ作者の意気込みが、感じられる何よりも人間とそのあるべき道を描いた社会派作品としての意義が色濃く感じられる。現実とフィクションのつなぎ目が曖昧なだけに生々しい情感が全巻に漂う。

 北欧最大のミステリー文学賞であるガラスの鍵賞受賞作品。そしてシリーズ第二作も完成されているという。そちらの翻訳もまた楽しみだ。

(2022.09.19)
最終更新:2022年09月19日 16:17