楽園のカンヴァス
題名:楽園のカンヴァス
著者:原田マハ
発行:新潮文庫 2021/5/10 20刷 2012/1 初版
価格:¥710
元キュレイター
原田マハのお家芸、アート・ミステリー。しかし、その代表作をこれまで読んでいなかったので、今更ながらチャレンジ。アート・ミステリーとは言うものの、本作は殺人や犯罪を扱うミステリーではなく、画家と絵画にまつわる歴史的真実を、物語という手法によって敢えて紐解こうとする仕掛けの多い作品である。
絵画の向こうにかつて実在した画家という人間。そして、画家に関わる様々な時代の人間たちの真実を探る物語。現代、そして過去。二人の時代も国籍も異なる主人公により紡がれる作品。まずは本作の構成が素晴らしい。二つの時代の二人の男女を主人公としていながら、二人を隔てる壁や距離を徐々に取り除いて、かつて生きた独りの画家、アンリ・ルソーという人の真実を求めるストーリーである。
本作の見かけ上の主人公は、過去においてはニューヨークの美術館MoMAのキュレイター、ティム・ブラウン。現代においては美術館監視員の早川織絵。しかし本当の主人公は作品『夢』を描いた画家であるアンリ・ルソー。ましてやその絵の向こうには、パブロ・ピカソの影も見え隠れする。
作中、様々な美術作品が登場するので、本書は文学であるのだが、ぼくは今という便利な時代に感謝しつつ、ネットで検索してはそれぞれの作品を確認し、かつ楽しみながら、ふたたび小説世界に没頭する。
本書の主役である『夢』というルソーの作品は、カバーにも描かれているが、より精緻に見るなら、ネットで拡大してみるのも読書の副産物的楽しみとなるのだ。
こうして、小説と絵画の合わせ技という、楽しさ倍増の味わいができるのもアート・ミステリーならではの長所。そして、ただ美術館員の説明を聴いたり、何の説明もなく絵を見つめるというだけのリアルと異なり、小説としての楽しみと絵画の奥に潜む物語ということも本書からは得ることができる。
作品『夢』関わる画家ルソーと、蒐集家たちの時代の作中作とも言えるある物語を、二人の主人公は一日一章ずつ七日間読むことになる。本書の中に潜んでいる重層的構成である。謎の書物を二人が交互に読む七日間の物語。その進め方も奇妙であるのだが、つい読者は引き込まれると思う。
アンリ・ルソーを知らなくても、作品『夢』を知らなくても、本書が楽しめる上に、読後、この作品の意味や由来やその向こうに潜む古い時代の人々の躍動や吐息のような温もりさえも感じることができる。絵画が保ち、観る者に放つ生の感覚を小説というかたちでもう一度再生する。そんな試みのように思えるのが、本書であり、その独創性をもたらすのが、あまりに個性的で特殊な経験を持つ美術界出身の作家・原田マハという作家なのだ。
何よりも彼女が語りたいことが何であるのかを読み解いて頂くと良いだろう。距離を置かなくて大丈夫。難しくはなく平易な言葉で語られる作品だから。心地よい物語という言葉で。
(2022.9.22)
最終更新:2022年09月22日 16:37