本日はお日柄もよく





題名:本日はお日柄もよく
著者:原田マハ
発行:徳間文庫 2021/10/25 42刷 2010/8 初版 
価格:¥648



 勢いで原田マハ作品を続け様に読んでいるが、美術小説以外の原田マハも存分に楽しく読める。そのことは少ない既読作でも体感している。本書は、いきなり出席した結婚式でスピーチ・ライターの存在を知った女性主人公・こと葉が、自らの職業に目覚め、結婚式スピーチを皮切りに、選挙戦まで、スケールを広げて闘ってゆく、珍しい職業に取り組みながらの成長物語である。

 スピーチ原稿を作るという職業が、世の中に存在することは知らなかったが、商品宣伝、選挙活動、各種挨拶原稿など、思えば存在していて当然と思われる機会が世の中にいくらでもある。このことに気づいたときには、もうこの作品にはまっていた。

 この作品を読書中に、奇しくも安部元総理の国葬が営まれたのは何かの偶然かもしれない。必ずしも歓迎されたとは言えないその式典では、現首相も前首相もそれぞれ手にした原稿を読みながらゆっくりと安部元総理の遺影に向かって喋っていた。

 結果的にはあれほど話下手の前総理の弔辞に騙されてしまう出席者や国民やTV放送などが沢山いることに驚いた。今はTV局なども国家に操られているようだから、デキレースは当たり前か。原稿を書いたのがスピーチライターによるものと疑う人間は、国民のごくごく少数者なのかもしれない。少なくとも本書の読者はスピーチライターの存在を疑わないに違いない。

 今回の国葬では前首相のスピーチに感動した、と言うTV番組が何度も何度も放映されているのを観て、スピーチというものは危うい断面も見せてくれるものだと不安になった。しかし、だからこそプロのスピーチライターの影をこれほど色濃く感じた。この本を読んでいたおかげで、まともな判断ができたのであろうことに感謝する。

 さてスピーチ原稿は、文章である。なので、本という媒体にはとてもフィットする。まるで小説の中で展開する劇中劇のようにスピーチ部分は輝きを持ち、ヒロインの原稿が徐々にスケールアップしてゆく有様、また人を感動させる力を持つ言葉というものの存在に目が向いてしまう。

 スピーチ原稿も言葉。小説も言葉。なるほど、作品という箱もまた言葉でできている。そこを見込んでの小説作りが本書である。まるでお手本のように、読者を引き込んで読ませる一冊。

 美術小説のみならず、多様な題材でも、気持ちのこもった小説を物語ることができる文才豊かな作家・原田マハ。そう、アート小説以外でも。感動や読後満足感、もちろんそれらが補償できる作品であると思う。

(2022.10.05)
最終更新:2022年10月05日 21:57