ジヴェルニーの食卓
題名:ジヴェルニーの食卓
著者:原田マハ
発行:集英社文庫 2022/6/15 18刷 2013/3 初版
価格:¥600
美術を言語化したり、美術評論を書くことはとても難しいことだと想像できるが、美術や画家の個性を一般の美術オンチの方でも読めてしまうような普遍化された物語に変えることができる人はとても少ないだろう。
何故なら画家やその作品に命を吹き込む作業というのは、さらに特殊な知識の習得と、作品毎の下調べに要する時間が、相当に必要だろうと容易に想像できるからだ。また、それらをクリアしてなお一般の読者に提供してゆくには、それなりの自信や意志が必要だろう。
本書は短編四編で構成された一冊である。どの作品も、実在した有名な画家たちをモデルとし、彼らに対する語り手もしくは近しい人を主人公として用意している。
マティスとピカソの近しい関係を、ある修道女を語り手に、デリケートな人間関係で描出する『うつくしい墓』。
印象派の画家たちの作品が大西洋を越えてアメリカに渡る契機を作った女流画家メアリー・カサットを主人公に、同じ感性を持った画家と自ら言うエドガー・ドガと、画商たちの目線をも描いた『エトワール』。
セザンヌを主題にしながら、実際のヒーローは、パリを舞台にした他の
原田マハ作品でも愛すべきオヤジとして描かれることの多い、タンギー爺さんが実質上の主役と言える『タンギー爺さん』。ピカソの絵でもその性格が伺えそうな、売れない貧乏な若き画家たちの縁の下の力持ち的役割と、彼を取り巻く画家たちの素顔が、原田マハという作家は余程お気に召しているに違いない。そのくらい美術とそれを愛する画材屋や画商たちへの慈しみを感じさせる作品である。
ラストはこの作品集の標題ともなっている『ジヴェルニーの食卓』。小説の素材は無論クロード・モネの作品と彼の家や庭園なのだが、主人公は彼の義理の娘として生涯を見届けることになるブランシュと、彼女らの用意するモネの大家族で成す食卓の光景であろう。モネが貧しい頃から次第に売れる画家になってゆくにつれ、光あふれる戸外で絵を描く志向がさらに強くなる。モネは絵の世界のように、現実に自分が住む庭・家・水の流れなどをアレンジしてゆく。
今ではモネの庭園として静かな観光地ともなっているジヴェルニーをぼくは訪れたことがあり、そこで光を浴びる積み藁や蓮の葉の浮かぶ池を、道端の絵かきたちを見つめてきた。浮世絵の飾られたモネの明るい家と、畑の種まき風景、光や色や空気、春風の匂い、等々歩いた時間の充実は忘れ難い。
その地に溢れる物語は、この本でさらにそこに生きた時代の人たちの息吹となって上書きされる。この作品によって。かつてモネと彼を愛した人たちに語らせる原田マハという作家の言葉の魔法によって。マハ作品を通じての芸術の旅は、まだまだぼくの中で終わりそうにない。
(2022.10.19)
最終更新:2022年10月19日 14:00