ギャンブラーが多すぎる
題名:ギャンブラーが多すぎる
原題:Somebody Owes Me Money (1969)
作者:ドナルド・E・ウェストレイク Donald E.Westlake
訳者:木村二郎
発行:新潮文庫 2022.8.1 初版
価格:¥800
最後にウェストレイクを読んだのは2007年。別名義のリチャード・スタークにしたって2005年が最後である。記憶の底から浮上してきた腐乱死体のような古い作品が、現代の水面にいきなり浮上してきたといった有様なのだが、実際に読んでみると、ネットやディジタルでいっぱいのこんな時代であるからこそ、むしろあの時代のアナログ的なものが詰まった本書は、新鮮さいっぱいであるように痛烈に感じさせられる。
この明るさ。このスリル。この謎多さ。それでいて場面展開とストーリーテリングの見事さ。ああ、ウェストレイクよ! この感覚は間違いなくあの作家! と、手に持つ文庫本の感触までが、なぜかとても懐かしく感じられるのである。翻訳としては何十年ぶりの新作となるこの本。その価値に有難く手を合わせながら大事に読もうと挑んでみた本作だが、ぐいぐい読まされる展開の妙が、ページを繰る手にブレーキをかけたがらない。
ノンストップで雪崩れ込む一人称の語り口。60年代のニューヨーク。平凡なタクシー運転手が巻き込まれるあまりに奇妙な殺人事件。次々と現れる粗暴な不審人物たち。二組の暗黒組織の両側から命を狙われ、刑事からも疑惑をかけられ、それでいて、出会った関係者のレディとのラブ・
ロマンスにも陥りながら、ドタバタ劇のスピード感を一瞬たりとも落とさぬまま、サバイバルの出口を探し求める主人公の姿に、読者は驚き呆れること必至であろう。
ウェストレイクという作家は、各種の別名義を使いながら、次々と傑作を書いてしまったホンモノの天才である。巻末に作品リストがずらりと並ぶが、これが圧巻。今の世に、半世紀前の物語を読むのははて? と思われる方、騙されたと思って是非、本書を手に取って頂きたい。現代の東京でだって札幌でだってどこの都市であっても起こり得るかもしれないミステリアスな事件の裏側を、読者諸兄と何ら変わらない平凡な主人公の眼と心とで楽しんでほしい。
ジェットコースター・ストーリーとは本書のような物語のこと。内容は悪夢だがどこまでも明るく楽観的な主人公の、その語り口に舌鼓を打ちつつ、ギャンブルの歓びと恐怖とを秤にかけつつ、本エンタメを楽しく味わって頂きたいと思う。
(2022.11.16)
最終更新:2022年11月16日 22:06