カムバック・ヒーロー




題名:カムバック・ヒーロー
原題:Fade Away (1996)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:中津悠
発行:ハヤカワ文庫HM 1998.10.31 初版 2001.9.15 3刷
価格:¥880


 まだまだ未読作の多いマイロン・ボライター・シリーズ。その第三作目は、何と驚きの、主人公原点回帰物語であった。

 スポーツ・エージェントという、あまり世に知られない職業で活躍するマイロンを主人公に据えてのハードボイルド。まさに変わり種のシリーズであるのだが、本作では彼の前史を核にしたミステリーが改めて展開される。現在の仕事に鞍替えする前、マイロンは、プロ・バスケットボール選手への華々しいプロセスを辿る活躍をしていた。しかし、ある敵方選手による決定的なファールによってマイロンは重傷を負ってしまい、未来への道を閉ざされることになった。

 その頃、マイロンの真のライバルであり友でもあったクレグ・ダウニングは、その後プロバスケットボール界で活躍していたが、最近になって突然失踪する。

 実は、クレグの元妻エミリーは、マイロンのたった一度だけの情事の相手でもあった。複雑で微妙な人間関係と、その後の人生の分岐、そして現在向かい合うことになったクレグの失踪とその裏に潜む真相。そして新たな殺人と謎。

 過去と現在を繋ぐ、因縁絡む失踪事件をマイロンに依頼してきたのはバスケチーム・オーナーであるクリップ。今では怪我の癒えたマイロンが、プロ・バスケチームに改めて選手として加入し、チーム内部からクレグの失踪事件を解決せよ、という異例中の異例とも言える依頼を受けるところで本書は始まる。

 マイロンにとっては、過去の栄光と挫折という主たる問題と、クレグとの間にあるエミリーという女性との過ちという罪責の問題と二つが重なって現在に蘇ることになる。

 三作目にきてマイロン・ボライターというシリーズ主人公の過去、また現在の職業に就いた経緯などが明らかになってゆく。いわゆるシリーズの誕生篇のような物語である。いわゆるマイロンというキャラクターの核心に迫るストーリーが本編なのである。そして現在、新たに登場する怪しい人物たちと、新しい殺人。

 相変わらずシニカルな相棒であるウィンザー・ホーン・ロックウッド三世、ことウィンは、マイロンと付かず離れずの関係と、ここぞというときの冷徹な暴力性を秘めながら影ながらのアシストがとても頼りになる存在でもある。今回はマイロンの内なる事件が材料であるせいか、二人のコンビネーションは遠目には遠慮がちに見える。マイロンの行動の影に常に強烈な存在感を伺わせるウィンの存在は、実はラスト一行まで目を離せない。ウィンはいつも閃光のような存在である。

 本作はマイロン自身の事件という要素が強いうえ、マイロンすら知らなかった自身の過去にまつわる事故周辺の人間関係図、その真相などが主人公の意図に関わらず徐々に明らかになってゆく。それゆえ作風は軽ハードボイルド風でありながらも、内容は実に重い。

 とは言え、ストーリーテリンは見事で、リーダビリティは抜群。重たい話をスピーディかつトリッキーに進めながら、マイロンという主人公の心の核心に迫ってゆくという、かなり至難な展開をこの作者は難なくこなしてゆく。本書はアメリカ探偵作家クラブ賞受賞作。納得!

 本シリーズの刊行は22年前を最後に途絶えているが、何と40代となったウィンを主人公にしたスピンオフ作品が、実は今月初めに邦訳刊行されている。個人的には、今春より取り憑かれてしまったコーベン中毒でありながら、啓示としか思えないこの新作の登場には少なからず驚いている。運命的としか他に言いようがない。

(2022.11.18)
最終更新:2022年11月18日 15:55