#9(ナンバーナイン)





題名:#9(ナンバーナイン)
著者:原田マハ
発行:宝島社文庫 2008 初版 2022/4/29 4刷
価格:¥524



 作者の得意である美術関連のお仕事小説であると同時にミステリアスな恋愛小説でもある。日本と上海を往来する2001年~2015年までの14年に渡る物語なので、スケールとしては大きいのだが、数人の登場人物にのみ軸を置いているから、とても壮大な物語というよりは、振幅の大きなミステリアス・ラブ・ストーリーという印象であった。

 この作者ならではのストーリー・テリングにページを繰る手が止まらず、読み手の情緒が揺すられる感覚。時と場所をダイナミックにジャンプさせるイントロとラストでサンドイッチされる濃密な時間。そこで湧き上がる大きな状況の変化。それ以上に変化を遂げる人間たち。

 主人公の真紅(しんく)という名は、無頼の絵描きであった父が最後に書いた不思議な絵<一面の赤>と呼応するもののように思われる。その絵はどうなったのか? 一方、本書の一方のテーマともなる一幅の農村の絵はなんであるのか?

 どちらも作者が得意とする美術家や有名美術作品ではなく、あまり知られることのないままに人から人へと渡って、最後にヒロイン真紅のもとに辿り着く無名作家たちによる現代美術作品である。一面の赤とは? また優しさに満ちた美しい農村の絵とは何ものなのか? これら二つの知られざる作品こそが、本書では物語の重要な軸となり人間たちの縁を形づくってゆくことになる。

 しかし、それらのことは振り返ったときに見えてきた構図なのだが、ページを繰っている間は、実は絵に描いたような金持ちの御曹司である中国の王子が、釧路に生まれ育った貧しい田舎娘を見初めて上海でビジネス展開をしてゆくという物語という形でしか作品が見えてこない。そのうちに御曹司のエゴイストが前面に現れ、愛情の真偽も定かではない危うさの空気が立ち昇り始める。

 仕事に追われる真紅は、通っているマッサージ店である施術師の指圧術で体の懲りばかりではなく心に貯め込んだ憂鬱までも癒されてゆく。施術師の名前は客には知らされぬシステムなので、真紅は#9(ナンバーナイン)という担当者番号で指名する。次第に心を通わせる二人だが、そこにはこの世での繋がりのようなものはほとんど許されず、代わりに彼の描いているらしい絵画について真紅は好奇心を募らせて行く。

 その後、真紅の恋も仕事も<ナンバーナイン>もミステリアス&ドラマティックな運命へと繋がってゆくため、語れない。本書で是非、そのスリルと謎を味わって頂きたい。ただただ原田マハでしか現出しない不思議なアート恋愛小説作品であることだけは請け合っておきたい。

(2022.11.21)
最終更新:2022年11月21日 14:17