さいはての彼女
題名:さいはての彼女
著者:原田マハ
発行:角川文庫 2008/9 初版 2021/12/30 32刷
価格:¥520
沖縄旅行に出かけたはずが、辿り着いたのは女満別空港。高級外車をレンタルしているはずがおんぼろの軽自動車。仕方なく走り始めるとすぐに故障。途方にくれる女性社長涼香は、ハーレーダビッドソンを操る聴覚障害の少女ナギに救われバックシートに乗り風に向かって走り始める。
タンデム。ぼくはその言葉を知らないが、作者からの説明もないままにバイクの二人乗りのことだと想像しつつこの物語に入り込んだ。ナギが、とにかく良い。二人は知床峠を越えて羅臼へと走り抜ける。ぼくには女満別も網走も羅臼も何だか近所感があるので、親しみやすい。ナギの姿が素敵である。
というのが短編4作でできているこの本の第一話『さいはての彼女』の感想。言うことがない。風の感じられる小説はぼくは好きだ。懐かしいようなくすぐったいようなちょっとした友情や愛情や安らぎを感じさせる旅の物語。
第二短編『旅をあきらめた友と、その母への手紙』は修善寺に一人旅をする女性ハグの物語。仕事を辞めて一時立ち留まった人生の停留所のような心境なのかな? 一緒にゆくはずのナガラは実母の脳梗塞のために旅をキャンセルしたがメールで繋がっている二人。心が繋がっているというのはいいな。それも、人生の分岐点で。そんなデリケートで、しかし優しい物語なのである。
第三短編『冬空のクレーン』。鶴は英語でクレイン。それがあの工事現場のクレーンと同じ言葉だとは思わなかった。形か。なるほど。
実は、ぼくは、この作品の舞台となる釧路の伊藤サンクチュアリを何度も訪ねているが、特に前の仕事のとき、週末までの仕事を終えた東京からの社長のつきあいで釧路カントリークラブでゴルフを回った後、社長の娘さんが勤めている伊藤サンクチュアリに彼を送り届けたことがあった。
「とても変わった頑固な娘でこんなところで鶴の面倒を見ているんだよ」
普段は拳骨を固めたような表情しか見せない堅物の社長がにやけた顔をする一瞬が何だか可笑しかった。その伊藤サンクチュアリがこの短編の舞台。ひょんなことからやって来たのは、仕事で挫折しかけた女性管理職の志保。しかし彼女が向かった先にあるのは白一色の世界。吹雪とタンチョウと、冬の間タンチョウたちの面倒を見る職員たち。しかしここで思いがけぬ癒しを得る志保の眼に映るものすべてが、美しく切なく、ぼくの知る釧路とも繋がっていた。
第四短編は、嬉しいことに第一短編『さいはての彼女』に登場し活躍するナギと同じ時間を甲府にあるバイク店で留守番待ちしているナギの母の日々を描く『風を止めないで』。『さいはての彼女』の裏側の物語だ。短編集でありながらこうした二重構造を持っている本は珍しいのではないだろうか? ハーレーダビッドソン愛に燃える死んだ夫(つまりナギの父)と、生きていて今日も北の地を走り抜けているナギという快活な少女との想い出と現在を繋ぐ妻であり母であるみっちゃん。人の絆や繋がりを描いて冴える
原田マハ作品の醍醐味がこの短編集では実によく出ていて、噛めば噛むほど味がある。
ちなみにナギが乗るバイクには名前がある。その名は<サイハテ>! 是非本書を手に取って、サイハテに乗って頂きたい。流れる風を感じて頂きたい。
(2022.11.21)
最終更新:2022年11月21日 19:34