ダーク・アワーズ
題名:ダーク・アワーズ 上/下
原題:The Dark Hours (2021)
著者:マイケル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:講談社文庫 2022.12.15 初版
価格:各¥900
ジャック・マカボイ、ミッキー・ハラーと続いていたコナリー・ワールドだが、久々にハリーボッシュ&レネイ・バラードの登場でぼくは新年を美味い酒とともに迎えさせて頂いた。美味い酒というのは銘柄とか酒の種類のことではなく、良い物語が美味しくさせてくれる酒のこと。
今回はタイトルの通り、夜の事件なので主人公役はほぼレネイ・バラードと見て良い作品であった。そもそもハワイからやって来たバラードは、その後の展開で愛犬を失い、ビーチのテント生活から現在は普通のマンションに居を移している。いろいろ初期設定から変化を遂げている。
彼女の持ち前の捜査勘の良さはさらに鋭さを増しており、ボッシュという大先輩に限りなく近づきつつあるように見える。まわりの捜査スタッフから孤立して正義に生きる一匹狼感には、さらに磨きがかかっており、逆に警察組織自体は、ボッシュの時代よりもさらに乱れて悪化しているかに見える。
時代は変わる。そう、ボッシュからバラードへ。さらに本書の背景となる時代もリアルに描かれている。時代はコロナ禍の初年度だから、マスク着用は必須。バラードは既にコロナ感染を数か月前に終えていた。ボッシュは未だワクチンを打っていない(彼らしい、かも)。そしてトランプ対バイデンの大統領選挙後の議事堂襲撃事件という本当に逢った異常事態も時代背景となり、きな臭い現在の雰囲気が物語の世界を領している。
ちなみにぼくはこの作品を大晦日の夜半から読み始めたのだが、思いがけぬことに、物語はまさに大晦日の夜半から始まり、年明けとともに銃撃事件が発生するのだ。まさにバラードの時間とぼくの読書の時間がシンクロしており驚きだった。かなり遅くまで本を読み込み、翌朝、ぼくはバラードと一緒の時間帯に午前と午後を過ごす。彼女の街ではさらにもうひとつの連続侵入レイプ事件が発生していて、こちらの捜査と殺人事件との二つの事件を抱えたバラードを読者は追跡してゆくことになる。
殺人事件の方では使用された銃弾が、かつてボッシュが携わった古い事件に使われたものと一致することで、バラードはボッシュの協力を必要とする。ヒーローとヒロインの
ダブル主人公の交錯を作者はこうして果たす。警察内で孤立するバラードは、
夜と昼とのシフトを丸抱えしながら、精神的にも肉体的にも限界に近い状況でボッシュと言うもう一人の孤立した仲間とタッグを組んでゆく。罪多き街も、警察という組織内部の劣化も、彼らを包む不幸な舞台装置である。汚れた街をゆく誇り高きヒーロー。ハードボイルドの基本構図。
本作は終わってみれば、ボッシュの出番がとても少なかったという印象がある。二人のシリーズというよりは、ボッシュはまるでバラードのシリーズの一登場人物のようである。さらに、訳者の古沢さんがあとがきで気になることを書いている。「次作の衝撃的な内容に茫然とした」と。どうかボッシュにこれ以上何かの試練が与えられませんように。われらがハリー・ボッシュをどうかお守りください。もちろんレネイ・バラードのことも。
(2023.01.06)
最終更新:2023年01月06日 11:11