軋み




題名:軋み
原題:Marrið í stiganum (2018)
著者:エヴァ・ヴョルク・アイイスドッティル Evu Björg Ægisdóttur
訳者:吉田薫
発行:小学館文庫 2022.12.11 初版
価格:¥1,060


 アイスランド発ミステリが翻訳されるのは実は奇跡的なことである。アイスランドと言えば、ラグナル・ヨナソンがここのところ沢山邦訳されてきたことで注目される。新たな北欧ミステリーの産出国としてその活躍が目立ち始めた国である。

 アイスランド国民は36万人しかいないので、アイスランド語での小説では食ってゆけないそうである、それゆえ、英国のミステリー賞を獲得することで英語に翻訳されるところから小説家としてのスタートを切れることになる。世界への拡散のスタート地点に立つことが何よりも肝心なのだ。おそらく突破すべきは狭き門だと想像される。

 だからこそ日本語にまで翻訳され、そうした紆余曲折をクリアしてまでも、手元に届いれくるアイスランド産ミステリーというのは、相当の価値が見込まれる作品と言える。

 繰り返すがアイスランドの人口は多く見積もっても36万。ぼくの住む北海道で言えば札幌市の人口が195万人。北海道第二の都市である旭川はぎりぎり34万と言えば、アイスランドの過疎度はご理解頂けるかと思う。アイスランドは、フィヨルドの多い海岸沿いに一周することができるようだが、中央山岳部には人が住むことができないようだ。ラグナル・ヨナソン作品ではここを舞台に因縁の物語が語られているが、作中では嫌というほど暴風雪の恐ろしさを感じさせてくれる。

 その代わり、緯度がアラスカ並みなので、本作中ではオーロラが何と言うこともなく観られたりするところは何とも羨ましい。ちなみにぼくはカナダ、ホワイトホース(アラスカと同じ緯度)でオーロラをたっぷり観てきたのでその緯度の大自然度は体感しているけれど。但し春先だったので、小説の登場人物たちに言わせればまだまだ甘いと言われかねない。

 さて本作の舞台はレイキャヴィークから車で北に45分の距離にあるアークラネスという海辺の街。事件などはめったに起こることがないが、珍しいことに灯台の足元の海岸に不審死を遂げた美女の遺体が発見されたことから、昔この地で生き、海難事故をきっかけにバラバラになってしまった漁師一家の記憶が蘇る。村に帰ってきた美女、と古い記憶。

 この作品のヒロインであるエルマもまたレイキャヴィークから里帰りした一人である。彼女は、過去の記憶を発掘しながらこの事件の捜査に取り組もうと他の二人のスタッフとともに足掻く。この街に君臨する権力者ファミリーの過去に届こうとすると、複雑な人間関係図が過去から浮かび上がってくる。

 階段の軋みを聴きながら身を震わせる少女という冒頭のシーンが、作品全体に影を落とす。北欧ミステリーらしい美しき海辺の小村に展開する人間たちのドラマ。スピーディで読みやすく、圧倒される傑作ミステリー。三作までが既に書かれているという。次作の翻訳が待ちどおしい作家の登場である。

(2023.01.18)
最終更新:2023年01月18日 16:05