P分署捜査班 寒波




題名:P分署捜査班 寒波
原題:Gero (2014)
著者:マウリツィオ・デ・ジョバンニ Maurizio De Giovanni
訳者:直良和美
発行:創元推理文庫 2023.2.17 初版
価格:¥1,100


 87分署シリーズのようなものをイタリアを舞台に描きたい作者と、87分署シリーズのような安定したシリーズを懐かしむ読者との融合、といった気配漂う読書時間が嬉しい、本シリーズ新作である。もっと速いペースで次々と読ませて頂けると有難いのだけれど4年目にして三作目というのは少し間が空き過ぎの印象。せっかく印象に残る個性的刑事たちの集まりなのに、今回のように二年も待たされるとさすがにせっかくの個性も忘れてしまうというもの。

 さて本書では二件の事件が同時に起こり、それぞれの事件に二組の刑事コンビたちが振られるという、刑事ものの王道みたいなスタートなのだが、87分署を思わせるように刑事たちの個性を重視するシリーズなので、事件そのものよりも、群像小説特有の社会派人間ドラマといったところが真の読みどころなのかなと思わせる。個性とはそのためにあるもので、それぞれが活き活きと現実に近い人生の時を過ごさねばならないし、それを本シリーズはしっかり実現させているのだ。そう、元祖87分署シリーズのように。そして読者に彼らは巻を重ねる毎に愛されてゆかねばならないだろう。そしてそれは本書でも上手に良い方向を辿っているように思われる。

 87分署でもニューヨークではなく架空の大都会アイソラを舞台にしているように、イタリアで蘇ったこの警察シリーズも架空の町の架空の分署を舞台としている。87分署との違いは、P分署が、他の警察署で問題になった刑事ばかりが集められたような掃きだめのような場所であるところにある。そして隣接する警察署はこのP分署が自壊してなくなることを端から予想していることだ。

 毎作のようにこの分署が潰されないように、そんな原因を本署に与えないために、問題児とされた個性的な刑事たちが力を合わせて頑張るのである。言わばダメ男ダメ女たちのそれぞれの生き残りを賭けた立ち直りと復活を賭けたドラマとしての側面が大きいところが、正統派であった元ネタの87分署とは異なる部分である。その分だけそれぞれのキャラクターは、より問題や悩みを抱えており、その内なる部分の描写に費やされる作者の志向はかつての87分署とは似て非なるものと言っておきたい。

 さて、本書ではアパートで発見された兄・妹二人の惨殺死体が主たる事件である。一方で父親からの性的暴行が疑われる少女の作文について学校より真偽を確認してほしいというサブ的事件の捜査も進行する。それぞれの捜査に振り分けられた刑事たち。彼らをサポートする署の捜査官たち。虎視眈々と彼らの失策を観察しようとする市警本部や、一作目から副次的に進んでゆく犯罪に手を染める謎の黒い神父。長いシリーズならではの大小の波を継続させながらシリーズは、徐々に加速を加えつつある。

 本当を言えば、毎月一冊くらいずつ読みたいシリーズである。そこまで縮めろとは言わないけれど、是非、ガンガン出してくださいますよう頑張ってください、創元さん! ちなみに87分署シリーズには『熱波』があるので、『寒波』の邦題は大変良かったと思います。

(2023.05.21)
最終更新:2023年05月21日 14:59