熱砂の果て





題名:熱砂の果て
原題:Off The Grid (2016)
著者:C・J・ボックス C.J.Box
訳者:野口百合子
発行:創元推理文庫 2023.6.16 初版
価格:¥1,300


 前作では、病院のベッドに身を横たえていたネイト・ロマノウスキーが、本作では熱砂の砂漠で銃を構えて登場する。迫りくる敵。空を旋回するネイトの鷹たち。砂塵を巻き上げて迫る脅威。そんな緊迫したシーンにスタートする本書は、全編この手のアクション満載の読み逃せない一作だ。本作ではネイトと本編主人公であるジョー・ピケットとのそれぞれのドラマが、ラスト近くで交錯する。言わば、二つの冒険小説を楽しめるばかりか、それらの合体するラストシーンの豪華さを味わうことができるのだ。

 ぼくは、インターネットが普及する前に、パソコン通信Nifty-Serveで冒険小説&ハードボイルドフォーラムのSysop(SystemOperatorの略です)をやっていた。当時は内藤珍著『読まずに死ねるか』の時代で、まさしく書店の軒先には世界の冒険小説が並んでいた。マクリーン、フォーサイス、カッスラー、ラドラム、ヒギンズ、マレル、バグリィ、クィネルetc.etc...スパイ・戦争などのスケール感のある冒険小説ばかりではなく、ハードボイルド系の小世界的ではあるが心にぐっと響いてくる冒険小説作家も台頭する。D・フランシス、ライアル、ウィンズロウ、ロス・トーマス等々。しかしいつしか、冒険小説もハードボイルドも鳴りを潜め、地下に潜る。冒険小説のそうした長い暗闇の時代を越えて、このジャンルの正統派後継者として男の生き様や孤独や戦いを描くのがあまりに上手いのが本シリーズのC・J・ボックスである。

 そしてそのことを証明して見せるのがこの驚くべき新作であると思う。タイトルとなる熱砂の果てに起こるものは何であるのか? 熱砂の果てからやってくる敵はどういう者たちなのか? もはやダブル主人公とも言えるジョーとネイトの物語は、それぞれに並走して語られる。二人の運命はどこでクロスするのか? 熱砂の果てに本当に起ころうとしていることは、何であるのか?

 読み始めから、読者は本シリーズの魔力に酔わされることだろう。ネイトの現在が描かれる。死の床から蘇ったネイトは不意の謎の男たちの訪問を受ける。世界規模のディジタル・テロを狙う勢力があり、それに対抗する国家的秘密組織があり、後者の側がネイトを訪れたのだそうだが、彼らは胡散臭い政治の世界からの使者であり、ネイトは彼らの要請を受けるでもなくこの国(USA)に起ころうとしている危機の真偽を確認する必要性に駆られ、砂漠へと旅立つ。ネイトの家族である猛禽たちとともに。

 一方で、本シリーズの主人公である森林監視官ジョー・ピケットは、退任が迫るルーロン知事の依頼で行方不明のネイトの捜索に取り掛かる。砂漠の異なる方向から、ネイトとジョーは熱砂の果てに待ち受ける謎めいた場所にそれぞれのトレイルを描いてゆくのだ。それらはどう見ても一筋縄ではゆかないトレイルであり、その果てには凶悪なグループが待ち受けているというのだ。

 これだけでも十分冒険小説的要素は満載なのだが、ジョーのシリーズは家族の物語でもある。もちろんこのきな臭い荒野に向かう二人の先に家族の一員が巻き込まれているなんて全く知らない。敵は何ものなのか? 味方に見えるネイトへの依頼人たちもどうも胡散臭い。情報戦と肉弾戦の二重の戦いが待ち受ける荒野に、二人のストレンジャーのトレイルと硝煙が遺される。

 西部劇というより、もはや戦争に近い砂漠の闘いでありながら、家族再生の物語を組み入れるという、いつもながらのポロック魔術にのめり込むこと必至のアクション大作である。

(2023.08.06)
最終更新:2023年08月06日 10:03