特捜部Q カールの罪状
特捜部Qの超久しぶりの新作。最初から10作完結と予告されたシリーズでありながら、ここのところ出版そのものにブレーキがかかってなかなか翻訳が日本に届いて来ず、やきもきさせられていたところ、ようやく届いた新作が本書である。これを読み切ると、シリーズ最大の謎である昔の事件の解決編がただ一冊残ることになるのだ。このやきもき感がシリーズ読破を読者に強いていると言っても過言ではない。作者のトリックにむざむざ引っかかっていながら、そのことが嬉しくもあるのが不思議なところだけれども。
終盤に近付いたところで、ローセ、アサドと、話題の中心人物を入れ替えてき第7作・第8作であったが、本書はまだあの謎には一歩も近づかない。むしろ気を持たせたまま、謎の殺人事件をぼくらの前に提示してくるのが本書である。それも現在の事件をきっかけに古い化石のような未解決事件をいくつも掘り起こす作業が本書では待っている。そんなミステリーにはあまりお目にかかったことがないのだが、本書の読みどころは時空間スケールがとても大きいという点に尽きる。
具体的なケースについては語らないつもりなのだが、未解決犯罪専門部署でもある地下に追いやられた問題児ばかりで構成される特捜部Qという前代未聞の部署ならではの犯罪であり、それが単数捜査から複数事件、それもいくつもの、という波乱の展開を見せ始めることによって、やはりこのQシリーズがただものでないことが本書で、またしても明確になってゆく。いや、却って心地よいくらいに新手の警察小説なのである。予測を覆すという意味ではユッシ・エーズラ・オールスンという名前が覚えにくい上に、何とも凄腕過ぎる作家だ。
そして特捜部Qの破天荒さは、いつもながらでユーモラスですらある。暗い事件と残忍な犯罪に挑む彼らの心意気もチームワークの悪さもいつも通りでありながら、その個性がどれも刑事捜査能力に置いて優秀過ぎるゆえに、それぞれが問題児であるという特徴と跳ね返り合って、本シリーズの個性あふれる独自さが際立つというものなのである。
本シリーズは一部、ドラマ化されているのだが、主人公であるチームリーダーのカール・マーク役ニコライ・リー・カースは、ドラマでは少しハンサム過ぎるイメージである。ぼくの頭の中ではジーン・ハックマンみたいな荒くれっぽいイメージ。ローセはドラマも原作通りのイメージで良いな。アサドもまあまあ、である。
さて本書は、未解決事件を掘り起こしてゆくと、奇妙な現象に行き当たるQメンバーたちが、ある規則に気が付いてしまうという仕掛けになっている。とても長い年月に及んで、数年おきに発生している互いに関連のないがそれなりに有名な事件の時間的要素とその組織性。しかしその正確な犯罪システムのようなものが破綻しつつあるかもしれない。何かが壊れ、その真相が見えそうになっている。
シリーズ中でもスケール感のある本書だが、いつもながら特捜部Qの存続に関わりそうな事件でもあり、Q内の人間関係も崩壊一歩手前を疑わせる覚束なさ。事件、いや過去にまで遡る事件群そのものは驚くべき真相を見せ始める。本書の真相は長期にわたって身を隠してきた犯罪者集団と言ってもよいくらいだ。そのスケール感を味わえるのがシリーズ9作目である本書。これまで本シリーズに縁のなかった読者でも引きずり込まれそうなスケールと、少しダウンビートな感さえあるQチームのメンバーたちの落差はいつもながらなので、しっかり楽しんで頂けることと思う。
でも一作目を読むと、必ず次なる十作目まで興味を引きずられる。そんな仕掛けになっているためにまんまと罠にかかったしまったぼくも読者の一人である。仕掛けだらけの玩具箱。そんなシリーズ、さて次なる大団円の十作目。本作ほど待たされなければ幸いである。
(2023.10.03)
最終更新:2023年10月03日 13:33