トゥルー・クライム・ストーリー




題名:トゥルー・クライム・ストーリー
原題:True Crime Story (2021)
著者:ジョセフ・ノックス Josepf Knox
訳者:池田真紀子
発行:新潮文庫 2023.9.1 初版
価格:¥1,150


 驚愕の結末でシリーズ三部作を終えたJ・ノックスの次なる弾(たま)が楽しみだったが、その要求にしっかり応えてくれたようなノックスらしい一作。何と、驚愕の結末の次は、驚愕の構成と来たのである。何しろすべてがインタビューとメール往還のみで成り立ったアンチ小説とでも言いたくなるくらいの奇妙な体験を、読者は体感することになる。ノックス弾、またやってくれたな、という苦笑と共に、少し慣れない読書時間がのろのろと始まる。

 最初に本書を手に取った読者はその分厚さに気圧されるかもしれないが、じつは口語体で多くの人物に事件の周辺を語らせることから始まるこの物語の読み解き方は前衛的でありながら、実は現代という複層したメディアに対し、開いてその活字を読む本という形でのある意味でのチャレンジであるようにも窺え、若い作者ならではの意欲を感じさせもして、どこか頼もしい気がする。

 この形式であれ、多くの事件関係者のインタビューを読んでいる間に、何が起こっているのか、その虚実が読者には次第に判明してくる。登場する人物たちのキャラクターや事件の背景も徐々に浮き上がってくる。本当に徐々に。切れ切れのインタビューの合間には、取材者と本作の作家ジョセフ・ノックスその人との間に交換されるメールの文面も挟まれる。怪しげな黒塗りの削除はまるで読者を嘲笑うような、読者への挑戦のような。ノックス、また奇術的な作品を作ってくれたではないか。

 次々と現れる女子学生失踪事件の関係者。女子学生の両親も凄く怪しいし、父親の異常性が、本作はサイコなのか? それともこれもまた作者の仕掛けたミスリードなのか? といった疑念を読者に生じさせながら、事件の裏に広がる闇へと向かう読者側の好奇心を嫌でも掻き立てる。口語体のインタビューの合間に新聞記事や、暴露写真などが挿入される。

 ほぼ半分を読み進むと関係者たちの個性や、失踪事件の本人である女子学生ゾーイ、彼女がいた奇妙な学生寮という名の魔窟の存在が明確になってゆく。しかし行方不明の真相に辿り着くまでは二転三転がある。インタビューの間に多くの登場人物たちの人間関係図にも変化が起こり、より真実らしい証言が増えてくる後半部は、関係者系図をより拡大させたりと、ページを繰る手が止まらなくなる。ノックスは本書に登場し、事件に関わりながら、新たな殺人事件にも直接的に関係を始める。

 どこまでが作品でどこまでが作者の真実なのか、そんな曖昧さでリアルとフィクションの境界線を曖昧にしながら、世界が膨らみと広がりを見せつつ、事件は終息へ。そして多くの人間関係図もやがては明確になってゆく。

 本書で味わえるのは、まさに異次元の読書体験。リアルとフィクションの危うい境界線を綱渡り的に辿るなかなかに貴重な読書体験なのであった。最近は、ホリー・ジャクソンのピッパ三部作のようにメディアや現代テクニックを用いた捜査手段や表現種類が急激に広がりを見せている。そんな時代を早期に感じて作り上げられたその一つが本書なのかもしれない。新たな読書体験と楽しみ方を本作で是非ご体感頂きたく思う。

(2023.11.6)
最終更新:2023年11月06日 17:08