ウイニング・ラン




題名:ウイニング・ラン
原題:Darkest Fear (2000)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:中津悠
発行:ハヤカワ文庫HM 2002.4.30 初版
価格:¥980


 スポーツ・エージェント、マイロン・ボライターのシリーズ最終翻訳済み作品7作目である本書についに辿り着いてしまった。この先4作までは本国では既刊となっているのだが、和訳作品はこれで、現在のところ最後となる。それも23年前のことだから、この後の作品は埋もれ、忘れ去られてしまうだろうか? と思いきや、2024年に本シリーズの新作(タイトル未定)が用意されているらしい、とはWikipedia情報である。これを機に残るマイロン・シリーズ作品も全部翻訳して頂けると嬉しいのだけれどなあ。うるうる。

 ともあれ、四半世紀も遅れて読んでいるへぼ読者のぼくとしては、これら古い作品たちも現在に近く感じられるままなので、何だかすべてまとめて手元にどんどん作品が届いてくるようなイメージなので、とても充実している。これを機に未訳シリーズ作品も日本の書店用にきちんと翻訳して並べてもらえると嬉しいなあ、と、そう、今こそわがままを言える機会だ。さ、新旧コーベン・ファンよ、集結せよ。と一番新米の読者のくせに生意気を言って失礼!

 さて本書であるが、文句なしのシリーズ・ベスト作品である。どの作品もかなりのつわもの揃いというハイレベルな物語ばかりなので最新作がいつもベスト、ということを巻末で北上次郎氏が書いている。最後に邦訳された本書がぼくは最も心が捕えられてしまった力作であるように感じたので、その通りなのだろう、きっと。本書の読みどころは、主人公であるマイロンの人生を過去から何もかも変えてしまいそうな出来事が、本書のスタートから驚きびっくりでいきなり語られ始めるところにある。お、これはシリーズのエポックに違いない。そんなびっくり箱的スタート地点からぼくらはページを繰る手が止まらなくなる。ううむ。

 マイロンは、言い年齢になっても両親と同居するなど、とても家族を大切にしているのは、既にご存じの通り。しかし、本書では、マイロン実家ではなく、別の次元で闇に眠ってきたもう一つの家族乃至親子の秘密が、本書の爆弾であり地雷となる。昔の恋。置き土産。マイロンというシリーズ主人公の、過去や未来に繋がる家系の真実が冒頭から明らかになり、マイロンとともに読者も揺るがされる。そしてその幽かに繋がっていた血の未来が、現在は途轍もない危機に瀕している。そんな自分ごとの事件がマイロンにいきなり直球ストレートで投じられ、シリーズ中、最も避けられぬ探偵活動を余儀なくされるというのが本書のスタートシーンなのだ。

 『元恋人のエミリーは、病気の息子を助けてほしいと懇願した。「子どもの父親はあなたなの」。死の淵に立たされた我が子を救うべく、消えたドナーを追うマイロンは、やがて・・・』カバー裏の記述はこう語る。

 本人も知らぬままに生まれていた息子が難病で命の危機に瀕する中、唯一骨髄バンクでヒットした提供者の行方がわからなくなってしまったと、元の恋人に告げられたマイロンは、驚愕と同様と懐疑の中で、想像もしなかった息子の存在を知り、彼を生かすための渾身の捜査を強いられる。冒頭から最後までただただ本気の緊張と行動が続く。最初から押し迫った状況が、マイロンの胸を(つまり読者の胸をも)締め付けるのだが、行方不明となった提供者の闇を知るにつれ、泥沼の悪意が見えてくる。物語は異様な方向に逸れてゆく。

 シリーズ中最も闇の深い作品であるように思う。そしてシリーズ中最もマイロン自身に問題が迫ってゆく物語でもある。家族の物語。時間的にもあまりにも長いスパンの物語。血の物語。この最終章をもって翻訳が打ち切られているという状況が理解できないのは、果たしてぼくだけであろうか? この後のマイロンのシリーズをも読みたい。三度くらい書けば翻訳が上梓されることもあるだろうか? 読みたい。読みたい。読みたい。さて、どうだろうか? 皆さんも是非ご唱和あれ!

(2023.12.20)
最終更新:2023年12月20日 15:06