黒い絵
題名:黒い絵
著者:原田マハ
発行:講談社 2023/10/30 初版
価格:¥1,700
作家には、既存のレールから離れた作品を書きたいという欲望があるのだろうか? 本書はタイトルの通りノワールである。本書は、著者のカラーである美術ミステリーを基調にしながら、人間の影の側の部分である欲望や暴力、死や暴力などネガティブな側面への、いわゆる異常と呼ばれる志向をテーマに綴られた短編集である。
欲望には様々なものがあるが、そればかりを集めて綴る短編集とは、まさに危険物そのものである。欲望とそれを実行すること。エゴの極致問いも言える暴力とそこへの憧憬。消えてしまいたい。消してしまいたい。殺されてもいい。殺したい。なぶりたい。忍耐ではなく快楽へ。モラルではなくブレーキのない世界へ。暴力へ。そんなものばかりを集めた黒い美術館とさえ思わせる一冊である。
サイコな少女たちのあまりに異常な結末を描く『深海魚』からショッキングなスタート。ゴーギャンの絵のイメージの中で崩壊してゆく女性の日常を描いた『楽園の破片』。室生寺弥勒堂の釈迦如来像を前にして性夢にふける女の時間を描いた『指』。アッシジの連作壁画『聖フランチェスコの生涯』の修復をテーマに衝撃のラストシーンへと招く中編『キアーラ』。溺死する女のイメージをまるで芥川龍之介の文章のような一人称の語り口で不気味に語る『オフィーリア』。ゴッホを主人公にした演劇と、夢と現実の狭間を行き交う幻想的な物語『向日葵奇譚』。
以上が、この明るい作風が多い
原田マハの手から生まれた異様な作品群である。陽と陰のせめぎ合いの中で、どうしても書かざるを得なかった部分であるのか、新境地を闇という方向にも求めたい部分がきっとこの作者にはあるのだろう。しかし読者がこの作家に求めるものは、この作品集にはおそらく何一つないのではないか。強いて言えばほとんどの作品が美術に片足をかけているというところ、であるのかもしれない。人間の陰と陽を覗き込むような、好奇心だけが読ませた一冊、といったところだろうか。
(2023.12.27)
最終更新:2023年12月27日 11:57