野外上映会の殺人




題名:野外上映会の殺人
原題:Death Under The Stars (2021)
著者:C・A・ラーマー C.A.Larmer
訳者:高橋恭美子
発行:創元推理文庫 2023.10.20 初版
価格:¥1,360


 野外上映会という言葉からは幼児の頃の記憶が沢山蘇る。ぼくは小学生の途中から開発の進みつつある埼玉の団地で暮らしていて、その団地の中には公園があった。かなり広大なイメージがあるがそれは子供の眼を通してであったから、今そこにゆくとえっと思うほど狭く感じられるだろう。そもそも昭和30年代の建物群がそのまま残っているかどうか。

 そんな団地住まいでとても楽しいイベントの一つがこの野外上映会だった。無料で映画を一本楽しめる夜のイベントである。見た記憶があるのは、『大竜巻』という時代映画だが、正式名称は今調べると『士魂魔道 大龍巻』(東宝1964年公開)。これは子供にもなかなか面白い特撮映画で、かなりのオールスターキャストだったから、リンクを貼っておきます。他に覚えているのは幼児向けのディズニーアニメなど。広場いっぱいに茣蓙を敷いて、ぼくらはその時だけ空中に張られた巨大スクリーンで野外映画を楽しんだのである。

 椎名誠『風にころがる映画もあった』というエッセイでは、台風か何かがやってきて、上映中にスクリーンが外れて風に転がってしまった顛末が書かれていて、楽しかった。アメリカでは駐車場形式の映画上映を楽しむシーンなどが当たり前にあったので(コッポラの『アウトサイダー』だっけ?)、小手指にある同形式の映画施設は『ぴあ』にも上映スケジュールが載っておりそれなりに話題になっていた。今思えば一度くらい。行っておけばよかった。

 さて前段が長くなったが、本書は野外上映会を殺人の舞台にした物語。アガサ・クリスティーへのオマージュのシリーズで、なおかつコージー・ミステリーというふれこみの<マーダー・ミステリ・ブッククラブ>シリーズ第三作であるから、殺人現場で上映されていたのは『地中海殺人事件』(原作は『白昼の悪魔』)。野外上映会という不可能に近い現場で、カップルで来ていたうち女性一人だけが殺害されていたという、かなり不可能に近い事件が今回の目玉である。

 オーストラリアではこうした上映会が今も当たり前に開かれているようで、夏の星空イベントとしてみんなが楽しんでいる様子が描かれる。でもそこに沸き起こった不可能殺人。我らがミステリ・ブッククラブの個性的面々がその裏を探るうちに、殺人に至りそうな暗い要素がいくつか見えてくるのだが、ミスリードあり、ブッククラブメンバー間の摩擦あり、などコージーならではのレギュラー要素たっぷりの面白みが味わえる。

 ミステリーの中身にも手を抜かないのがこの作家の特徴で、スリリングで手に汗握るそして暗い様相のミステリに疲れた心を少し和らげてあげるときには、このシリーズとワニ町シリーズがおススメです。もちろん気分が沈んだり、難しいことをあまり考えず、明るい殺人事件(?)に向かい合いたいときにはなかなか宜しい読み物であると思う。仕掛けもしっかり組まれているし、レギュラーメンバーたちの個性、その楽しさも含めて、ぼくは精神的特効薬として本シリーズを手に取っている。現代の暗さをふっとばして、このクラブメンバーには頑張って頂きたい。次作では4名もの新メンバー登場とか。

 さてぼくの中でのクリスティは、エラリー・クリーン同様に古典であり、必読書であります。中学生くらいの時かな、学校の図書館で借りた件の古典ミステリーを一日一冊読んでいた日々、というのはある意味病気でしょうか? 卓球部で厳しいトレーニングに堪え(20人の新人中6人しか残らなかった)ながら本の虫でもあったあの頃。今でもあまり変わっていないのだけれど(汗)。

(2024.1.6)
最終更新:2024年01月06日 13:41