屍衣にポケットはない



題名:屍衣にポケットはない
原題:No Pockets In A Shroud (1937)
著者:ホレス・マッコイ Horace McCoy -[[
訳者:田口俊樹
発行:新潮文庫 2024.2.1 初版
価格:¥750


 新潮文庫が《海外名作発掘 Hidden Masterpieces》シリーズとして銘打った作品群をぼくはできるだけ追いかけているのだが、最新作の本書は久々の当たりだった。自分が生まれる前どころか第二次世界大戦も未だ始まっていない時期、つまり二つの大戦に挟まれた時代に、こんなに熱くなれる作品が生み出されていたなんて全然知らなかった。

 暗い大戦にまたも突入してゆく闇の時代、真実を求めるという立場で一日一日を必死に生きる新聞発行人の姿を描く熱い小説がここにあったのだ。新聞記者と言っても、現代社会で見られるのほほんとした姿からは程遠い、命知らずとも言えるべらんめえ性格の主人公マイク・ドーランは、口も行動も達者で無鉄砲なモテ男である。ほぼ彼の魅力と暗澹たる世情のコントラストで進められてゆく物語なのだが、脇役陣も凄く良い。主人公に口でも生き様でも負けない女性スタッフ・マイラとの丁々発止のやり取りだけでもスリリングこの上ない。

 なお、主人公が劇団に所属していたり、いとも簡単に新聞社をクビになり、これまたいとも安易に新聞社を自力で立ち上げてしまうという無謀な決意も、はらはらひやひやの読み応えである。数々のキャラクターを登場させ街の雰囲気を活写させながらノンストップのぎりぎりなストーリーを語り続けてゆくこの作者、一世紀近い時を遡って作品が復活するだけあって、それこそ只者ではない。

 作者が最も書きたかったのはおそらく主人公ドーランの生き様であり、彼の熱い日々だったのだろう。性と暴力。差別と戦争。貧困と滅び。そんな悲喜こもごもの時代と社会を描きながら、地方紙というビジネスに生きる者たちの危険と冒険とを、張りつめた鋼のような文体で繋いでゆくこの作品に、今出会えてよかったとしみじみ思う。

 ノワールの範疇に入る作品だと思う。何よりも時代の悪が幾層にも描かれており、その中で貧困と資産家や政治家との格差がいやというほど叫ばれている小説である。それでいて何とも気持ちのよい主人公のまっしぐらさがぼくらの心を引っ張り続ける。今さらながらよくぞ訳してくれました、復活させてくれました。いつもながらの名訳、田口俊樹氏にまたも大感謝である!

(2024.2.21) 
最終更新:2024年02月21日 21:31