悪魔が唾棄する街
題名:悪魔が唾棄する街
原題:Bobby March Will Live Forever (2020)
著者:
アラン・パークス Alan Parks
訳者:吉野弘人
発行:ハヤカワ文庫HM 2024.3.25 初版
価格:¥1,680
1970年代のスコットランド、グラスゴーを舞台にした警察小説シリーズ第三作。本シリーズはノミネートされながらも受賞を逃してきたようだが、本作でついにエドガー賞優秀ペーパーバック賞を射止めたとのこと。シリーズのファンとしてはかなり気に入って読んでいるだけに嬉しいことこの上ない。また素晴らしいスピードで翻訳を進めてくれている吉野弘人氏にも感謝しかない。
70年代中期のグラスゴーの混乱、その中で起きる捜査のでたらめさ、犯罪の暗黒っぷり、など小説の舞台としては文句なしのシチュエーションを切り抜いて見せてくれるこの作家の目の付けどころにも感嘆するしかないのだが、何と言ってもジェイムズ・エルロイを思わせるような警察小説という形での暗黒史をシリーズでぐいぐいと切り開いて見せてくれる作家の筆の冴えには驚嘆を感じざるを得ない。
本作では前二作とがらりと状況が転換している。まず上司のマレー警部が任を解かれ休暇中であること。もう一人、これも超重要人物である暗黒街のドンの一人にして主人公ハリー・マッコイ刑事の孤児時代からの幼馴染であるスティービー・クーパーが体調を崩し寝たきり状態になっていることである。本作のほとんどでシリーズ一の強面が退場しているというのも寂しい限りだが、その分、独力で苦労する主人公の喘ぎ声が全編に響き渡るっているのはそれはそれで別の味わい。マレーの不在も重ねれば、マッコイはいつも以上に孤独に見える。その代わり強烈な悪役キャラ部長刑事レイバーンという胡散臭さたっぷりの登場とあいなるから、さらにビターは効いているという具合だ。
さて以上のマッコイにとっては踏んだり蹴ったりの状況のなか、ロック・スターであり本書タイトルを飾ってもいるボビー・マーチが殺害される。またマレーの姪が同じ時期に失踪。さらに銀行強盗事件と、実は本書はマッコイが複数事件を同時に解決しなければならないモジュラー型ミステリーと言える。ただでさえばたばたする小説シリーズであるのに、本作はさらに忙しい限りのマッコイが見られる。そして酒と美女に酩酊する一匹狼刑事の正義でありながらけっこうダーティなマイペースぶりも楽しめるところだ。
そして強烈な脇役連も。相棒のワッティーは強権刑事レイバーンに連れ出されて影が薄い本作だが、女性陣は負けていない。検屍長フィリス・ギルロイ、写真家ミラ、新聞記者メアリー・ウェブスター、バーテンダーのアイリスと元妻アンジェラ。よくも食えない美女たちがこうも並んだものである。
またこの作品でのエポックは、アイルランドに渡るシーンだろう。エイドリアン・マッキンティのアイルランド警察シリーズは1981年に幕開けのシリーズであるがその時期でもIRAによる爆弾テロに警戒する主人公刑事の姿が描かれているから、1973年を舞台にした本シリーズではアイルランドはさらに激化したテロの時代だろう。
ジャック・ヒギンズの描いた
テロリストたちが大いに暗躍していた時代だろう。そこに乗り込むマッコイはやはり予想通りの危険に曝される。
などなど犯罪と暴力と謀略てんこ盛りの時代と街とを、あくまで自分のペースで孤軍奮闘してゆく食わせ者主人公ハリー・マッコイのデンジャラスな日々を読み、たっぷりと効かせたビターな作品を味わって頂きたく思う。
(2024.05.02)
最終更新:2024年05月02日 18:22