難問の多い料理店
題名:難問の多い料理店
作者:結城真一郎
発行:集英社 2024.6.30 初版
価格:¥1,700
コミックと思うような装丁。宮沢賢治の童話をもじったような、しかし興味を惹くタイトル。ぼくは知らない国内作家の本は基本的に読まないのだが、ひょんなきっかけから読むことになったこの本。コミックのような内容ではあるな。最初からリアルさを欠いた奇抜な展開。そう思ったのは、この本の料理店が様々な種類の料理屋の名前でネット展開し、あらゆる料理を一手に引き受けてしまうただ一人のコックによって経営される宅配専門料理店であるからだ。配達は、現代の都会では欠かせない24時間自転車で配達するというウーバーイーツならぬビーバーイーツという架空名義の宅配システムである。
さてそうした仕掛けを用意して都会の隅々に起こる難題解決を引き受けるのが、宅配料理に扮してはいるものの実は、あなたの抱える難問を何でも解決してみせましょう、という裏の稼業なのである。それを短編集という形でまとめているのが本書である。アイディア的には面白いのかなと読み始めると、一作一作は独立した短編作品であり、その都度ビーバーイーツの配達人が変わる。それぞれが短編作品の主人公なのだが、後半になると徐々に、彼らが有機的に繋がってゆく物語にもなってゆく。
一作ずつ問題は解決しすっくりした様相を呈するのだが、実は全体を長編小説としてみることもできるようになっている。
「あかねさんのお弁当」というTVドラマに言及する配達人(短編の主人公の一人である)がいるのだが、案外、この作者はかつての八千草薫主演のドラマ『あかねさんのお弁当』にこの作品のモチーフを得たのかな、と思わないではない。あのドラマは、不良少年たちの更生先として引き受けるお弁当屋を軸に、日替わり主人公みたいな不良少年たちが自分を見直ししっかり更生してゆくというドラマだったのだが、本書もまたウーバーイーツという不安定な職業に身を投じる男女たちの現在を、短編ミステリーという形に重ねて、なおかついくつも短編小説が有機的に結びついて万華鏡的に味わうことができる。いわゆる連作短編の持つ醍醐味をしっかりと活用しているのだ。
そういう意味では短編のスタートとなる第一作から最後までの間に長い起承転結を設定して作られた構成の面白さが本書の魅力と言えるかもしれない。各作品だけでも愉しむことができるが、それらが関係し合い作品世界の全体像が徐々に変異して見えるという化学反応が本書一冊の面白さなのだろう。
すべての短編に登場するのはこの料理店から離れずひとところで、ただひたすらオーダーを受け、料理を作り続ける謎めいたコックという主人公だけである。ウーバーイーツの配達人たちである語り手の物語を繋いでゆくと、この胡散臭いがスーパーな料理人がすべての中心軸にいるとわかる。ひとつひとつはTVドラマのような味わいだが、全部を俯瞰すると、次元の異なる一冊というミステリーが味わえる。そんな構造を持った一冊である。なので、途中で投げ出すと元も子もない。一話完結のTVドラマを最後まで見ると思いがけないラストが待っている。そんなイメージで本書を捉えると、きっと本書の構造の面白さを納得して頂けるのではないだろうか。
(2024.10.02)
最終更新:2024年10月02日 14:51