悪魔はいつもそこに
題名:悪魔はいつもそこに
原題:The Devil All The Time (2011)
著者:ドナルド・レイ・ポロック Donald Ray Pollock
訳者:熊谷千尋
発行:新潮文庫 2024.05.01 初版
価格:¥1,450
この本をどう語っていいのだろう? このくらいどろどろのノワールの真芯を突き、これでもかというくらいに血と暴力と悪を展開する作品はほぼ無いだろうな。そう思うくらい、人間の罪と悪と業とを多彩に揃え切った物語である。ある村を軸に主人公はアーウィンというけっこう不幸な少年としているものの、いくつもの同時並行的ストーリーが、けっこう広範囲にしかもそれぞれが切れ端のようにばらばらと展開するので、複数主人公の複数物語の集積と言っても良いのかもしれない。そしてどれにも共通するのがノワールということ。全体が、滅びの美学で貫徹されている印象を受ける。
Netflixで単発物のドラマが作られているそうであることは今これを書く段になって知った。是非、観なくては! そのため、この得体の知れない作者の作品が原作刊行後十年以上を経て翻訳出版されたのだとわかる。一方で原作を読んだ自分には、この作品が映像化されるのか、とおぞましさに鳥肌が立つ想いでもある。
本書を読んだのは実は五月で、地中海クルーズの旅に出た時に携行していったものである。青く明るい海を航行し、白い家が立ち並ぶ風光明媚な島に上陸したり、青の洞窟にもぐりこんだりするという陽気な旅のさなか、船室での時間が多い旅のさなか、どちらかと言えば集中力を欠いた状態で、この暗く陰惨なアメリカはオハイオ州南部の田舎町で展開される殺人や強姦の連続する陰惨で残酷な物語を読んでいたのだ。
船上にいながら、この古い時代のアメリカ南部の町を横行する殺人鬼や強姦魔たちの犯罪絵図を、犠牲者たちの悲鳴を脳裏に聴きながら体験してゆく読書というのは、ある意味ショッキングであった。これほど残酷なストーリーは読んだことがないと思うし、それが複数犯罪者ばかりか、様々な暗黒イメージを散らばらせている。例えば主人公である少年の父は目撃した太平洋戦争中のソロモン諸島で日本兵に虐殺され十字架に曝された陰惨な死体の話をするが、それは少年にも読者にも強烈なイメージとして作品全体を覆っている。
それぞれの悪魔たちには悪魔なりの運命が迫ってゆき、作品は個々の決着を得て閉じてゆくことになるのだが、すべてが解決するとは言え、一体この作品世界を取り巻く暴力と支配と暗黒のイメージは何だったのだろう? と本書を描いたモチーフの謎に四苦八苦する。作品のイメージは、よくできたいくつものパラレル・ストーリーをまとめたもののようにも見られるが、やはり作者が書きたかったモチーフなどは全くよくわからない。ドラマではその作者がナレーションを勤めているという。他の作品もまったく邦訳されておらず、他に二作ほどしか書かれてはいないと言う。ぼくより一つか二つ上という年齢だそうだ。この謎めいた作品のモチーフが今もってわからない。筆力は凄いのだが、なぜこんな悪だらけの物語が描かれねばならなかったのかが、やはりどうしてもわからなくて、そのこと自体が気持ち悪いまま放り出されているままなのである。
(2024.10.04)
最終更新:2024年10月04日 13:55