復活の歩み リンカーン弁護士
題名:復活の歩み
リンカーン弁護士 上/下
原題:Resurrection Walk (2023)
著者:マイケル・コナリー Michael Connelly
訳者:古沢嘉通
発行:講談社文庫 2024.09.13 初版
価格:各¥1,000
ハリー・ボッシュはどこへ行くのか? それが、『
正義の弧』のレビューでのぼくの書き出しである。そう、ボッシュは進行する癌によるいくばくもない余命、というリスクを負いながら前作のレネイ・バラードとの共同主人公役で事件の幕引きを終え、読者の前から一度退場したかに見えたのである。しかし、本書では特殊な先端治療を受け未だ生きながらえつつ、本シリーズ主人公ミッキー・ハラーの助手役を引き受け、陰ながら活躍するボッシュの姿をふたたび見ることができる。
ほっと胸を撫で下ろすことができるのだが、本書はリンカーン弁護士のシリーズ。つまりリーガル・サスペンス。法廷ミステリーなのである。今回の肝となるのは、こんなことが現代にあるだろうかと思える類いの、警察官たちによる冤罪の匂いを芬々とさせる事件である。犠牲者の妻であるルシンダ・サンズは、凶器も発見されない中で、警察官の夫を銃殺した罪で何年も服役している。その背景には悪徳警官たちのチームにより仕立て上げられた嘘だらけの犯罪という匂いが色濃く感じられ、ミッキー・ハラーはすべてを調べ直しつつこの事件を法廷に持ち込んでゆく。
一人の女囚の置かれている悲惨な状態を軸に、彼女を冤罪から救い出そうとするリンカーン弁護士ことミッキー・ハラーは、ボッシュの異母弟であり、現在は、ボッシュの元辣腕警察官としての腕を買って、彼を調査員として雇っている。これまではめっぽう腕っぷしの強い調査員であるシスコを抱えていながら、本作ではボッシュを運転手兼調査員として重用し、難物の本件の法廷に、ルシンダの無罪を勝ち取るための戦闘を開始する。
一見ありそうもないような無頼の警察チームによる<私刑>のような警察官の射殺事件と、その結末たる冤罪。殺人容疑で逮捕された被害者の妻は、法廷で有罪を言い渡され、何年も監獄にいるが、どこにも被害者を撃った凶器は見つかっていないことに着目したのがハラーであった。調査をめぐるスリリングな経緯と、法廷を舞台とした一発逆転への道筋の困難な審判を軸に、コナリーならではの明晰でテンポの良いストーリーが進んでゆき、いつも通り、本書から眼が離せなくなる。
法廷に登場する判事、弁護士、証人たちというリーガル・ミステリー特有のやりとりも読みどころだが、真の犯人を絞り込み、追い立てるハンター役のボッシュも役どころぴったりで頼もしい活躍ぶりだ。病んで、老いて、なおその能力の片鱗を読者にもハラーにも見せてくれるボッシュの存在感なくして、ハラーの胸のすくような法廷での戦いっぷりはあり得ない。鉄壁のプロットと、胸に迫るストーリー・テリングと、通底するヒューマニズム。正義の漢たちへの共感を胸に、一気読み必須の、いつもながらの傑作がまた一作、新たに登場した。
(2025.01.15)
最終更新:2025年01月15日 17:56