暴風雪



題名:暴風雪
原題:The Disappeared (2018)
著者:C・J・ボックス C.J.Box
訳者:野口百合子
発行:創元推理文庫 2025.4.30 初版
価格:¥1,360


 実は二三か月の読書ブランクというものをこの歳になって相当久々に経験した。おそらく10代半ば頃以来の本なし状態を体験したのではないだろうか。原因は何かわからないが、最近はライブハウス出演が重なるなどして、読書というある種の緊張状態が保てなくなっていたのではないかという気がする。しかしこのままでは流され、脳が呆けてしまいそうだという危機感を少なからず感じて、意図的に本書に取り組んだ。実は本書は半ばまで読んでから停滞状態となっていたので、読書再開を決意して改めて最初のページから読みなおした。ものの数日で読み終える。しかしそのためには読書の時間というものを敢えて意図的に作る必要があった。

 救いはあった。本書はシリーズものであるゆえに主人公のジョー・ピケットや彼の家族たち、凄腕の相棒ネイト・ロマノウスキなどのレギュラー陣がふたたび僕の元に戻るまでにさしたる努力は必要としない。ジョーの娘たちは作を追う毎に育って行き、今回は中でもしっかり者の長女シェリダンが活躍する。彼女は今回ジョーが追うことになった失踪事件の舞台となるサラトガの高級リゾート牧場で働いていたのだ。

 山岳地帯に突然出現する風力発電や、ずれて来たかに見える法権力の闇などを背景に、ジョーは現地で利権の背後に見える権力の横暴や悪意の気配を感じ取ってゆく。いなくなってしまった猟区管理官、失踪した女性客、新しく着任した州知事やいかにも怪しいその補佐官など、悪意が見え隠れする政治構造や経済背景のもと、一騎のカウボーイの如くジョーは事件の核心に迫ってゆくのだが、雪に覆われた山岳地帯を取り巻く孤立と、政治の壁、取り上げられつつある猟区管理官という仕事そのものまでが予断を許さないという最悪の状況に追い込まれる。

 しかし辺境であるからこそ、閉ざされた雪のリゾート牧場とその周辺に展開する悪と犯罪への追及を断たれることなく、ジョーは自由に動き、シェリダンやネイトが彼の二の腕の役を買って出る。大小さまざまの悪党たちが物語の各所に登場してくるのだが、徐々に背景の巨大な権力構造が見えてくるにつれ、物語はスケールアップし、ジョーとネイトの闘いは暗中模索の状況を打開してゆく。

 荒野のディック・フランシスと言われた本シリーズの魅力は、悪党が本当に悪党であること、それにも増して主人公たちが不屈であることの正統派の対立構造にあると言える。現代の経済と自然の対立を背景に、単身立ち向かう猟区管理官の姿をこれまでも追ってきた読者でありながら、もたらされる犯罪が様変わりして真の悪が見えにくくなっていること、さらに権力に踊らされる小悪党たちの卑劣な動きとその愚かさが徹底して空しいことなどなど、人間悲喜劇の綾が風雪の荒野に描かれる、またも本書はシリーズの安定を感じさせるパワフルな一作である。

(2025.10.01)
最終更新:2025年10月01日 14:32