逃げろ逃げろ逃げろ!




題名:逃げろ逃げろ逃げろ!
原題:Run Man Ran (1957)
作者:チェスター・ハイムズ Chester Himes
訳者:田村義信
発行:新潮文庫 2025.04.01 初版
価格:¥800



 いかにも胡散臭いカバー絵。煽情的なタイトル。そして新潮文庫が取り組んでいる有名著者による未訳の名作の復活出版。これらが重なるとどうしてもぼくは、ノワールやハードボイルドの古き良き時代への郷愁やら好奇心がない交ぜになったわけのわからない欲求に突き動かされてしまう。おかげでこの旧作シリーズは積極的に読ませて頂いている。著名作家の掘り出し物が多いのだが、ぼくはこのチェスター・ハイムズは初読。

 未読のこの作家の基礎を抑えようと巻末解説を先に読んで、びっくり! デビューしたのが獄中だったという経歴にままずこけそうになったのだが、さらにフランスに渡ってそちらでフランス語で出版されたというのが本書という(当時の原題はDare-Dare!仏日辞書によれば「大急ぎで」の意味で慣用語となる)。本書は1966年に英訳されたハードカバーを底版とした翻訳作品なのだそうで、まさに出版社や翻訳者のガッツを感じさせるものがあるかと思う。

 内容はいきなり酔っぱらった刑事による銃撃シーン。犠牲者は三人、うち二人は即死、しかも残酷で動機もクレイジーで、人種差別やアルコール中毒が底にある警察官が生き残った一人の青年を追跡するというもの。視点は追われる側に変わって、驚愕の殺戮劇を目撃したことによるショックが激しく、人生が変わってしまったことでサバイバルゲームの渦中に立たされる。

 場所は大都会ニューヨーク。追われたり殺されたりした側は黒人、追うのは警察官でありながら人種差別主義者でアル中(おそらく)の刑事。1950年代の移民溢れるアメリカとその時代の魔都であるニューヨーク。戦後の大都会の暗闇の中で、凶器の刑事と日常を失いつつある黒人青年の間に繰り広げられる追跡と逃走のジャムセッションに何とも引っ張られてしまう都市ノワール。

 登場人物は少ないがいずれも印象に残る個性を持つために、存在感があり、切り替わる視点もハイテンポな語り口の中で重要な効果をもたらしていると思う。あまりに残酷な都会の暴力の中で、生きるエネルギーを発出する若い男女の予測不能な行動と、あくまで狡猾な悪徳刑事の駆け引きが忙しく、あっという間に読み切ってしまうスリルもたっぷりの原初的エンターテインメントである。戦後のニューヨークへのノスタルジーに溢れる本書を読んで、現代のトランプ時代のアメリカと比較してみるのも一興かと思われる。

(2025.10.03)
最終更新:2025年10月03日 20:32