悪党たちのシチュー
題名:悪党たちのシチュー
原題:Missionary Stew (1983)
作者:
ロス・トーマス Ross Thomas
訳者:松本剛史
発行:新潮文庫 2026.2.1 初版
価格:\1,050
新潮文庫は偉い! ここのところ古いロス・トマ作品をチョイスし翻訳し、流行りの時期が過ぎたとは言え、初訳、しかも文庫での出版という、ファンとしては垂涎ものの本を供給してくれているのだ。古い時代の作家なので今更ロス・トマと言ってもわからない人は多いのかもしれないが、かく言うぼくにとっては海外探偵小説及びハードボイルドを語る上での最高レベルの作家の一人がこのロス・トーマスであり、当然ながらぼくは全作読破しており、前作に愛着を覚えている者の一人である。
ロス・トーマスの全盛期は1980年代(現在70歳のぼくが20~30代の頃)であり、パソコン通信で冒険小説&ハードボイルフォーラムを主宰していた時期に最大級に自信をもっておススメしていた作家の筆頭でもある。MWA最優秀長編賞を獲得した当時の話題作『女刑事の死』以来、邦訳が連続していた時代ということもあるが、何と言っても独特の語り口や、ストーリーテリングの裁き方などに奇妙なユーモアやアイロニーがある上、登場人物の個性が豊か過ぎて好きになってしまうキャラの多さたるや世界トップクラスの筆の冴えとしか言いようがない、等々、褒めちぎり放題の当時の状況であった。
本書はその『女刑事の死』直前の長編作とあって、ロストマらしさがやたらに発現された作品であるように思う。二人主人公作品というのはこの作家の場合全く珍しいことではないのだが、本書ではその二人の個性が際立っており、国際色も豊かで、見えるものが見えたそのままではないという妖しさや、登場人物の背景に立つ家族や関係者たちの存在までもがどこか胡散臭く見えるところなどは非常にこの作家の天才ぶりを見せてくれるものである。
語り口の妙は読み易さというところに繋がるし、見えているものが後に異なる光に投影されると全く別のものに変化してしまうというイリュージョニスト的作風もこの作家独特のものである。軽妙な語り口と猫の眼のように変わる視点と、なによりも我らが主人公たちの(本書でも主人公は二人の性格・境遇の異なる男たち)魅力的な行動力学が読書の推進力である。
ショッキングな冒頭のシーンから、様々な人物の光と影が軽妙に交錯して、ラストのどんでん返しに雪崩れ込むロストマ節をこの時代になってもまだ新作として味わえる奇跡がまさに有難い。新潮社さん、この勢いでどんどん未訳作品を世に出して頂けることを願ってやみませんよ。
(2026.03.06)
最終更新:2026年03月06日 21:05