エージェントは二度推理する
ハーラン・コーベンの第一の魅力は、どのページに至っても、どの文章に至っても、とにかく読んでいて楽しいことだ。気の利いた描写力も素晴らしいが、何よりも会話の絶妙さが素晴らしい。セリフが素晴らしいということは、そのセリフの持ち主であるキャラクターたちが、おのおの個性的ということだ。いわゆる<キャラが立っている>。それがこの作家の一番の特徴である、と言っても過言ではあるまい。
最近は独立作品が多いコーベン。ポライター・シリーズの共演者であるウィン(時には主人公を食ってしまうくらいの強烈な個性)を初の主人公とした『WIN』という待望の作品が2022年に邦訳されたときは小躍りして喜んだものだが、マイロン・ポライターのシリーズ(すべて早川文庫で翻訳は中津悠)としては4作の未訳作品を残したまま、第7作『ウィニング・ラン』(2002年邦訳出版)でシリーズ翻訳作品の出版は途切れ、その後はコーベン作品は独立系のものばかりが講談社や小学館から邦訳されることになる。いずれも一癖も二癖もある素敵な作品ばかりではあるが、ぼくらにはシリーズ主人公であるポライターの行方は杳として知らされないままであったのだ。
そして邦訳としては24年ぶりのマイロン・ポライターとの再会機会を本書でぼくらは得ることになった。小説世界は現実世界に沿って時間がそれなりに流れたようだ。マイロンもウィンもどちらも現実世界に沿って年齢を重ねている。
本書は、犯人の側の殺人描写というバイオレンスでいきなりスタートする。フォントを変えた犯人側の描写は作中に挟み込まれるまま、それらの殺人事件に取り組む側であるマイロン・ポライターとウィンの捜査や、二人の絶妙なコンビネーションと個性が光るのはお馴染みの光景。もし、シリーズに初めて接する方であっても、独立した作品として読んで頂いて構わない。そもそも4作未訳のまま連続しない形で昔からの日本語版読者は未来へとタイムスリップしてきたのだから。
登場人物たちはそれなりの時を超えて今の作品内に配置されており、マイロンとウィンの関係も昔のままとは言えないまでも円熟味を増したかたちで犯罪に挑む。
ちと難点がある。登場人物のあまりの多さである。巻頭のキャラクター表のページが擦れるくらい何度も参照しなければならず、それに苦労したのはきっとぼくだけではあるまい。時に、ぼくはキャラクターが複雑に絡まり合う恐怖を避けるために(汗)それぞれの関係図を描き、それを手元に置きながら読むことがあるのだが、今回はそれをサボってしまったがために、何度もページをめくり返す羽目に陥った。最初からそれをすればよかった、と反省しきり。
とは言え、ミステリーとしての骨格があり、複雑な人間関係と意外性のある犯人と、読者を惑わすばかりのあまりに想定外な決着の付け方。すべてがコーベン節と言おうか、エンタメのためなら何でもやる的サービス精神(?)と言おうか(汗)、その辺りは独立作品もそうだが変わってないな、元気だな、と思わせられる一冊であった。
古いこコーベン読者だけでなく、新しいコーベン・ファンにも是非読んで頂きたいし、もしこの
ダブル主人公マイロン&ウィンに興味を持たれた方は古い作品(けっこう入手困難?)たちにも接して頂きたいと願ってうやまないものである。
(2026.6.14)
これを書いている時点では本作の翻訳を手掛けている田口俊樹さんからの本作紹介文もありますので、是非ご一読を! ↓
最終更新:2026年06月14日 11:03