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イノセント


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題名:イノセント(上・下)
原題:The Innocent (2005)
著者:ハーラン・コーベン Harlan Coben
訳者:山本やよい
発行:ランダムハウス講談社 2006.03.01 初版
価格:各¥780-

 ハーラン・コーベンほど取っつきの上手い作家は、そうはいない。「彼を殺すことになろうとは、あなたは思ってもいなかった」といえ書き出しに始まるこの作品は、ぼくにとってコーベンの並みいる作品のなかでも、最も難物の迷宮であった。それも難物中の難物。物事は見た目通りではない、というのはどんなミステリーにも多かれ少なかれ言えることとは思うが、この迷宮的作品ほど視点を次々と覆されるプロットはそうはあるまい。

 読者が騙されるということは、作中人物も騙されるということだ。だから作中には騙したり成りすましたりする人物も登場する。それも一人や二人じゃなく、成りすましたり、嘘を言ったり、騙ったり。作中のどこも罠だらけ。最早何を信じて良いのか、誰を頼ってよいのかわからない。そんな思いにぼくらは主人公ともども捕らえられる。

 主人公マット・ハンターは、二十歳の時に誤って喧嘩に巻き込まれ、人を殺してしまう。そのことに引っ張られるストーリーかと思いきや、本筋は刑期を終えて成長しパラリーガルとしてきちんと勤め家族を持ったマットの身に、新たに勃発するミステリアスな人間関係、その渦中で連続してゆく疑惑、暴力、殺人が、視点を変え、真実を危うくし、嘘で騙られる世界のように見えてくる。さながら振るたびに絵柄を変える万華鏡のような小説である。

 マットは、家族を持ち平和な日常を求めていたのだが、愛する妻の正体に疑念を覚えたことからそ過去を究明しようと動き出す。ところが迷宮は深く、妻には衝撃的な過去があり、見たものは見たままではないという人物のオンパレード状態と化してゆく。作品全体が信じ難いものばかりで作られた迷宮となるのだ。

 気になったのが暴力描写の多さ。全体的に残酷であり、この作家を、マイロン・ポライター・シリーズでしか読んでいない方には、まるで異次元の過激さに驚かれることと思う。体調が良くない環境下で読むと疲れる作品であるかもしれない。自分的にはこの大好きな作家の作中では、残念なから一番距離感を感じる一作てあった。トリックを重ね過ぎると、ヒューマニティが薄れる、という気がするのは、きっとぼくだけではないだろう。

(2026.7.9)
最終更新:2026年07月11日 12:45