題名:霜の降りる前に(上/下)
原題:Innan Frosten (2002)
著者:ヘニング・マンケル Henning Mankell
訳者:柳沢由実子
発行:創元推理文庫 2016.01.22 初版
価格:各¥1,100
ヘニング・マンケルはスウェーデンを代表する作家であり、作品は世界中で翻訳され、Netfrixでドラマ化され、お茶の間でも観ることのできるシリーズでもある。ちなみにドラマ化されたシリーズも見応えがあるようだ。
しかしこの作家の文章は味があり、他の海外ミステリー作品とは一線を画す何かがある。それはおそらくバランダーを描きながら彼の一生を自らの人生の時間に重ねて画いてゆくもう一つの物語を仮想追体験しているような書き方と思えるからだ。
本人とヴァランダーとの間の距離がどのくらいあるのかわからないが、ヴァランダーは長所ばかりの刑事ではなく、むしろ怒りっぽく不愛想で人間的にはどうなのかと思われる部分が多々ある。
それでいて難事件を毎作毎に独特の勘で解決してゆくところが個性的で、なおかつ北欧と言う馴染みの薄い風土と相まって独特の世界を表現しているのである。
さて本書はヴァランダー・シリーズの後期作品であり、このすぐ後に作家自身、死と向き合うことになる。そのリアルな部分は、彼自身によって綴られた日記のようなエッセイ集『流砂』で読み取ることができる(エッセイ集であるが、自分の人生を振り返ったかのような深い味わいに満ちた一冊である)。
この作品の主人公は、父の後を継いで警察官になろうという就任数日前の娘リンダであるからだ。娘リンダの眼から見たヴァランダーは、扱いにくく威張りくさった親父のように見える。しかしながら改めて彼の最後に近い姿を客観的に読み取ることのできる一冊でもある。おそらくは視点を変えた作者の死とも向かい合うかたちでの、リンダは再生であり、継いでゆく者としての命であり、そのために与えられた若さと情熱の象徴であるように思えてならない。
リンダから観るとわがままで話のわからない頑固おやじの父親ヴァランダーなのだが、捜査の面では頼り甲斐のある大先輩刑事であるわけだから、その構図、リンダの目線で全編描かれた本書は、シリーズ中でも重要なアクセントである。
ヴァランダー・シリーズの、良い読者とは決して言えないぼく自身であるが、この作家が凡百のミステリー作家ではなく人間観察のプロフェッショナルであり、文学性の高さでも世界の指折り作家であることを読む度に感じざるを得ない。
スウェーデンの秋、霜の降りる前の季節に降り立って、ヴァランダーを娘リンダの目線で是非とも味わって頂きたい。
(2026.7.14)
最終更新:2026年07月14日 17:30