暗殺の冬
題名:暗殺の冬
原題:Brinn Mig En Sol (2021)
著者:クリストフェル・カールソン Christoffer Carlsson
訳者:棚橋志行
発行:文春文庫 2026.5.10 初版 2026.6.25 3刷
価格:¥1,300
タイトルから想像するアクションやスパイや陰謀ものではない。全くそうではない。スウェーデンの山間の田舎町に暮らす一握りの人々と、そこに経過してゆく歳月に埋もれてしまいそうな、気の遠くなるような時間の向こうに過ぎ去ろうとする一連の殺人事件を描いたものだ。
驚くのは最初に、小説家が帰郷し(2019年)、古い事件のことを語り出そうとする序章に始まるのだが、本編に入ると一気に時が1986年に巻き戻されることだ。オロフ・パルメ首相暗殺のあった年であり、この村で起こってゆく連続殺人事件の発端ともなった時期でもある。
舞台となるのはハルムスタッドという人口7万の町。マップで調べると山の間を流れる川の流れが海に注ぎ込む場所と言った土地である。小説中には海はほぼ出てこないので、山間の暗い町といった印象を受ける。
この小説の奇抜なところは物語の構成である。上に記したハルムスタッドの町を一歩も出ないこの作品は、基本的にはミステリーであるのだが、序章とエンディングを作者の手記で挟み込んだ連続殺人事件と、それに関わった人々と顛末とを、これらの事件または捜査に関わった人物たちを通して語らせる作品でもある。
なので犯人宛てのミステリーというより、捜査する側の警察官たちの何代にも渡る人生ドラマとして読める。独特な章分けは西暦年で行われ、発端となるのが1986年、続いて1988年、1991年、2019年と物語は大きくジャンプし、主な関係者たちを老いさせ、一部は加齢により亡くなってゆき、一部残ったものだけの世界となって現代に至る。なおかつ序章と終章は、作家自身が登場して括る、というとても奇妙な構造になった作品なのである。
いわゆる文学性の高いミステリーなのだが、個性的なキャラクターがの叙述を、作者の一人称でサンドイッチする構造、と際立った個性が光る作品でもある。文学性が高い作品であるように見えるが、作者は40歳そこそこの若手でありながらスウェーデンでは十分な評価を得ている作家であるようだ。本書は初めての和訳作品であるが、三部作の中間作品ということらしい。
時間と歳月による人の心の移ろいを、舞台劇のように観察する作者と彼の眼から見た序章と終章が作品をまるで古く永い事件のようにファイリングする。翻訳され一ヶ月で再々増刷となっているようで、他の未訳作品の本邦での登場も期待したいと思う。
風土に生きる人々と、そこに眠る犯罪。そして生活や自然の描写。タイトルは『暗殺の冬』だが、狙撃などの暗殺とはかなり遠くにある物語と理解されたい。
最後に。ストーリー中よく目撃され、何かのサインのように見えるハクセキレイだが、序章では幸運の鳥と言われるのだが、作中人物にとって逆のサインのように捉えられているところが興味深い。ハクセキレイは、ぼく自身にとってもなじみ深い鳥である。野山を歩いていると、道案内役であるかのように、人の足もと前方をちょんちょんと跳ねてゆく野鳥である。北海道に多いが、Wikipediaによると近年は東日本全般で観られるそうである。
(2026.7.23)
最終更新:2026年07月23日 12:15