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暗黒の瞬間




題名:暗黒の瞬間
原題:Dunkle Momente (2025)
著者:エリーザ・ホーフェン Elisa Hoven
訳者:浅井晶子
発行:東京創元社 2026.2.13 初版
価格:¥2,300


 本書の語り手は60代の女性弁護士エーファ・ヘアベアゲン。本書は、1982年ベルリン生まれなので40代の現役女性弁護士によって書かれた初のミステリ作品集。

 タイトル通りに罪の裏側に見えてくる暗黒面の描き方が半端ではなく、通常のリーガル・ミステリーの範疇に収まらず、どちらかというとリアリズムの凄みのようなものが感じられる。どこまでも残酷、どこまでも非情。人間がどれだけ過酷な罪を犯すことができるか、という限界に迫るシーンが濃密に組み合わされた、ある意味相当にショッキングな一冊である。

 司法の完成度が高そうな国家ドイツを舞台に、弁護士がおそらく自身の経験も踏まえて想定されるケースを、単純ではなく、法の視点、犯罪者の視点、語り手としての客観視点などを入れ替えつつ切り分けて見せたシーンの蓄積のような一冊である。

 罪には多くの形態があり、罪の動機にも、また下される刑罰にもそれぞれのかたちがある、と言わんばかりに10の短編作品(掌編と呼ばれるようなものもあり)が提示される。どれもが日常の中に滑り込んでくる異常な殺意や欲望と、そういう局面に陥る人間たちのドラマを簡潔にしかし客観的かつ残酷に描き切っている。

 司法の専門家が書いたものゆえ、モデルとなる現実がありそうなケースも中にはあるのかもしれないし、作者の類推可能な仮想の事件もあるのかもしれない。いずれにせよ作者等身大の主人公エーファ・ヘアベアゲンの視点で手記のように描かれた作品集であるため、それぞれのモチーフは独立したものでありながら、全編に共通するヒロインの志向はある一貫性を持ち、本書をまとめて見せている。

 司法に携わる者の悩み、人間の罪や人生の選択などなど、いずれも大きな判断を求められたその瞬間の個々の判断、悪意、計略、憤怒その他、人間の弱さとエゴと冷酷さが見え隠れする犯罪というものをテーマに、法の視点から切り取って見せた断面の数々。

 デビュー作としてはかなり完成度も密度も高い作品集として、今後の注目株となりそうな予感を秘めているように思う。今まで読んだことのないタイプの感触と人間観察の深淵。反響が楽しみな一冊である。

(2026.08.08)
最終更新:2026年08月08日 16:45