アットウィキロゴ

凶悪の浜



題名:凶悪の浜
原題:The Barbarous Coast (1956)
作者:ロス・マクドナルド Ross Macdnald
訳者:田口俊樹訳
発行:創元推理文庫 2026.4.30 初版
価格:¥1,200


 ハードボイルド御三家のうち、ハメットとチャンドラーは全作読んでいるのだが、「ロスマク」については何故かほとんど手をつけぬまま70歳まで歳を食ってしまった。既読なのは『象牙色の嘲笑』のみ。一つには「ロスマク」は作品数が多く、それを全部読む決心がなかなかできなかったのと、いまいち周囲で取り上げられる回数が少なかったからだ。作品数が多いと、ある意味売れ行きとしては不利であるということはあるかもしれない。などという屁理屈を作ることはできるかもしれないが、それも込みでぼく自身のサボタージュであったとしか言いようがないだろう。

 今回この作品を手に取ったのは、ぼくの好きな翻訳家・田口俊樹による新訳であることから。小鷹訳も好きなのだが、田口さんの現代的で柔らかいタッチの翻訳が自分としては親しみやすいのである。

 読もうと思った理由にはもう一つある。何と本書は、ぼくの誕生した年に本国で刊行された作品であるということだ。こじつけのようだけれど、人は他人からはどうでもよいというような理由でモノを選びそれを手に取るものなのだ。

 本書を読んでみて、まず現代と変わらぬスリルとサスペンスに満ちた面白さと、一人称ハードボイルドらしく使命感と矜持を握り締めた私立探偵リュー・アーチャーの生き様や身のこなしなどにとても強い好感をぼくは得た。

 さすがにハードボイルド創始者御三家の一角を成す作家だけあって、レトリックや会話のセンスなどは、物語の安定した五線譜に乗せてリズムや音階を叩き出しているかに見える。そして安心の田口俊樹訳。現代的で柔らかい翻訳文でこれを読むことのできる幸せ! 新訳がなければ出会うことがなかったかもしれない本の蘇生!

 アメリカ西海岸のリッチな一団。高飛び込みというスポーツから芸能界への転身を夢見ることによって決定される女性の運命、そこに絡む人々の運命が導いたかに見える殺人事件。

 その絡まりに絡まり合った真相の謎を各人へのインタビューによって紐解いてゆく私立探偵の捜査能力と矜持。ハードボイルドの御三家と評されるのも納得のゆく展開を、快く味わうことのできた古典新訳。

 個人的には、この機会にロス・マクの探偵リュー・アーチャーとの交流をより深めてゆこうかと考えている。本書の発行年から70年も経ってしまった古い人間による、新たな読書目標として。

(2026.10.12)
最終更新:2026年10月12日 13:56