川崎警察 遠雷雨
題名:川崎警察 遠雷雨
作者:
香納諒一
発行:徳間書店 2026.10.31 初版
価格:¥2,500
ノスタルジックな昭和の時代を背景にした警察小説シリーズの新作が久々に登場。そう、新刊ほやほやの現代の作品なのだが、しかしこの川崎警察シリーズは、昭和の川崎を背景としたノスタルジック刑事小説なのだ。当時のドラマで言えば『特別機動捜査隊』みたいに。『特捜最前線』みたいに。
シリーズ第三作の本書は、4名の射殺と言う派手なバイオレンスで幕を開ける。いわゆる作品を通して緊張をもたらしている暗殺者ものなのだが、それ以上にもちろんこのシリーズということで、昭和のこの時代に材を取ったその意味が物語に魂として込められている。
戦後昭和という時代の舞台設定というには、そこに何らかの意味があるはずで、その期待を本シリーズはこれまでもそして本作も裏切らない。とうに去って行った昭和の時代に生まれ、長く生きて育ってきた自分(そして作者自身も近似値の年齢)は、その長く深い光と闇の時期を肌感覚で覚えており、およそ忘れ難い記憶が今でもあまた呼び覚まされる。
そんな記憶の一つが悪夢のように蘇るとこんな作品になるのかもしれない。<戦後>という言葉が日常的に使われていた時代。戦争を経験したぼくらの両親の世代。そんな時代と川崎という言わば工場と労働者の土地に焦点を当てつつ、謎の殺人者を追う捜査機関のつわものたちを描いた一作。
今ではその真の姿さえ隠れがちな、本当の意味での悪党たち。その周辺に見え隠れする、戦後から息を吹き返してきた悪党たちや、当時戦争被害に踊らされた者たちの、戦後の身の立て方は、それこそ実に様々だったに違いない。例えば本書のように犯罪の影が見え隠れするかたちで、人と人とが
裏切り、恨み、あるいはいとおしむなど、それぞれの未来への矢印に従って、光と影が交差する時代と街とを走り抜けようとしていたに違いない。
ときにはどん底から身を立てた者もいれば、闇の世界に身を投じるしかなかった傷だらけの獣めいた輩も、あまた存在したに違いない。
そんな昭和史に材をとって善悪の魂を重ね描く本書は、川崎警察の捜査官たちを軸にして、戦後犯罪に潜む、戦争との切っても切れぬ繋がりを示唆しつつ、昭和の闇を描き、暴き、裁いてゆく力作となっている。
今のところ、本書で三部作のかたちを成しているが、いずれも優れた作品であるように思う。現代の作家たちがなかなか抉り切れない戦後の闇をどこまでもリアルに描こうと足掻く最後の世代であるかのように、作者のペンは本書でも躍動する。歴史考証を重ねた上での力作と読み取れる努力の塊のような作品である。
昭和後期というあの時代を描くにある意味妥当と思われる世代の作者が、戦争の陰影から相応に遠のいた現代、そこに生きる世代に、今という危機を、ある意味全力でぶつけてみせた観のある本書は相当な力作であると思う。少し前の時代の日本を、犯罪捜査小説という形で振り返りつつ、さらに現代をも照射してみせているこのパワフルな作品に、一人でも多くの若い読者に触れて、知って、そして、読んで頂きたく思う。
(2026.10.24)
最終更新:2026年10月24日 10:03