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氷結の森



題名:氷結の森
作者:熊谷達也
発行:集英社 2007.01.30 初版
価格:\1,900

 仙台在住のこの作者は、独特の土俵で勝負をしている。他の人が書かないこと、書けないこと、そして作者自身が書きたいこと、好きなこと、それを徹底している立場の作家として、ある固定層の読者を掴んで離さないはずである。

 動物小説『ウエンカムイの爪』から、動物ミステリー『漂泊の牙』と始め、最初は日本のシートンを目指すかと思われた。いわゆる戸川幸夫の正統派継承者である。

しかし、作者の視点はその後獣たちを狩る側の狩猟民族に方向を向けた。もちろん『山岳巨人伝』のように戸川幸夫にも<鉄砲撃ち>の小説はある。野生動物を追えば、必ず彼らを刈る者たちにも出くわすのが定めだ、とでも言わんばかりに。

 歴史上森の中で野生動物を狩る者たちが、歴史に捉えられて、動物をではなく人間を撃つ側に回らねばならない悲哀は、戸川幸夫の『山岳巨人伝』も、熊谷達也の『まほろばの疾風』も、そして本書も同じ地平・同じ時間軸にある以上、避けられないことだったのかもしれない。

 そうして狩る者たちの文化の継承者であるマタギという職業の人間たちに、焦点を絞ったのが、この「森」シリーズマタギ三部作であり、その堂々完結篇が、本書『氷結の森』というわけである。

 戸川幸夫の動物小説が往々にして歴史小説の側面も持っていたように、野生動物たちの森を変えてゆくのは、人間たちの社会であり歴史である。本書の主人公、矢一郎は生まれ故郷の阿仁を後にして、今は樺太で、冬は樵、春は鰊漁などをやっている。二度と銃を持たないと誓った、世捨て人のような漂泊者である主人公は、日露戦争出兵により運命を壊された痛みを持つ。

 南樺太から、シベリアのニコラフスクへと冬の結氷した海を犬橇で渡り、ロシア革命の波に巻き込まれるうちに、矢一郎はふたたび銃を取り、狙撃の腕を買われるようになる。内地と遠く離れた厳寒の地で、世界を覆う暗い運命の序曲に弄ばれながらも、マタギで生まれた己の生き様を決して捨てられない苦しみを背負って、駆け抜けてゆく半生は、波乱に満ちたものである。

 過去は次第に露わになるとは言え、謎だらけの主人公の生き様にはぐいぐい惹かれてしまう。彼を取り巻く北方の地に流れ着く男たち、女たちのわけありでありながら逞しい姿も活き活きとしている。主観を交えず淡々と描くその筆致は前作である『邂逅の森』そのままだ。

 山本周五郎作を受賞し、意気軒昂となる作家・熊谷達也のこの独自の作風が生み出したのはさらにスケールアップした魅力的な小説だった。今、日本では失われた冒険小説の核の部分が、確実に込められたヒューマンな活劇作品として、純粋な気持ちで読んでみてもいいだろう。開化後ニッポンの裏面史として独特の興味を持って読んでみてもいいだろう。

 失われた神話的時代の復権を感じさせる、骨太の一編である。

(2007/04/01)
最終更新:2007年04月01日 23:28