夜にその名を呼べば



題名:夜にその名を呼べば
作者:佐々木譲
発行:ハヤカワ・ミステリワールド 1992.3.31 初版
価格:\1,500(本体\1,1,456)

 ベルリンで裏切りに合った商社マンが東ドイツへに失踪後五年を経て、小樽港に戻ってくる。復讐の矢面に立たされた男たちはその日、どう動くのか?

 さて興味は以上の要点であり、面白本と言えるのでまずは読んでもらっていいと思う。しかし、それでもぼくの趣味ではないとだけは言っておきたい。これが佐々木譲だろうか、というのがまずもっての感想。

 というほど実は佐々木譲を読んでいない。『ベルリン飛行指令』『エトロフ発緊急電』『五稜郭残党伝』。これだけだった。しかしこれらどの作品もキャラクターの素晴らしい魅力が存在していた。男を書くのがうまいな、とばかり思っていた。すべてが西部劇に近いな、とまでひそかに思っていた。

 そしてこの本も確かにうまい。誰が読んだって面白い。先が気になるという意味では面白い。それでもぼくはこんなストーリーは趣味ではない、と言いたいのである。本来は【ネタバレ警報】をつけて後半への裏切られた思いをびしびしとぶつけていきたいのだが、多分そんなことは感じる人は感じるはずなので別に敢えて取り上げはするまい。

 ただ佐々木譲はこうした後半部以上に、よりストレートで真正直なストーリーが書けた作家ではなかったろうか、と思いたいのである。だってぼくが上に挙げた三点の作品は、こういうと何だが、どれも大したプロットではなかった。余計な工夫や伏線なんてさほどなかった。そんなもの第一、要らなかった。西部劇では、明日のない男たちが意味のないものに賭けるだけで、こちとら感動しちまうのだよ。佐々木譲はぼくにとっては言わば西部劇作家だったはずなのだ。

 でもこの本は西部劇ではない。きっぱりそう言える。こういうストーリーなら、逢坂剛の方が得手なのじゃないか? 読者って勝手に作家を色分けしているのかもしれない。だから途中経過がこんなに面白くても、結末が気に入らないと、作品全体の色合いすべてが燻んでしまうような気がするのだ。こんなに肚にもたれるような読後感ではなくて、読み終えた後のカタルシスをこそ、ぼくは佐々木譲には敢えて要求したいところ。佐々木譲の文体そのものも、そういう方向をこそ向いているのではないのか?  小手先の技術なら、今日本にいくらでもいる他の作家に任せておけばいいのである。ま、そういうのはぼくは技術とすら思っていないけど(^^;) カラオケと同じで、エコーと妙な小節でごまかしを効かしたその場凌ぎくらいにしか、思っていないけど(^^;)

 こんなに厳しいのは、ひとえに『エトロフ……』以下が素晴らしい作品であるゆえです(;_;)。

(1992.04.04)
最終更新:2007年05月27日 21:02