アメリカン・タブロイド
題名 アメリカン・タブロイド 上/下
原題 American Tabloid (1995)
著者 James Ellroy
訳者 James Ellroy
発行 文芸春秋 1998.2.1 初版
価格 各\2,381
エルロイはやはり人を食っている。次々と視点を変え、文体を変え、作風を変えるんは今に始まったことはではない。しかし『
ホワイト・ジャズ』から、のこのテンポの変化はやはり、これまでの読者を手玉に取ったものとしか言いようがない。
たいていは同じ主題、個のバイオレンスを低調音とした悪のアメリカ史を書いていながら、一作一作の作品のトーンを変えてしまうのは、見事としか言いようがない。この作品では、進行する物語をいくつもの【挿入文書】でサンドイッチしながら、読者の側を素晴らしいテンポで引き込んでゆく表現手法が取られてゆく。
LA四部作が終わるところからのアメリカの次の暗黒史を、三人の黒子たちに追跡させ、それらの背後にジミー・ホッファ、ジョン・エドガー・フーバー、そしてロバート・ケネディというアメリカ現代史のそうそうたるメンバーが蠢いている。中心はあくまでジョン・F・ケネディであるが、ここで描かれるJFKは、通常あまり表現されることのないJFK、ノワールな側からの視点で描かれたJFKである。
かといってこの本は、エルロイ版『JFK』と言った暗殺の謎に迫る正面からの謎解きなのではなく、JFKという祝祭を準備してゆく裏方の壮絶な戦闘史なのである。あくまで書かれることは悪と欲であり、暴力という名のアメリカの論理だ。
自らの母を暴力によって葬られたエルロイが、トラウマのように囚われて離れることのできなかった1950年代が、そのまま繋がってゆく時代、それが1960年代であり、エルロイそのものは、現代と遠く隔たっていたあのLA四部作の時代そのものに、風穴をあけたがっているのかもしれない。1960年代はその風穴から吹き出す鮮血の時代なのだ。
1950年代よりもずっと広く大きな舞台で暴力は拡大し続ける。この後のアメリカ現代史へ続くエルロイの新四部作はJFKに始まり、ニクソンに終わってゆくに違いない。今からエルロイのペンによるウォーターゲートなどを勝手ながら楽しみに推測する喜びまでを我々は与えられたわけなのである。
(1998.06.29)
最終更新:2007年07月08日 16:30