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仮面のルイズ-14 - (2013/05/25 (土) 15:28:54) のソース
「あれは何十年前じゃったかのう、ある村に立ち寄ったとき、昼飯を食べた後、森の奥を散策していたんじゃ、そこでワシは一人の少女に出会ってのぉ」 オールド・オスマンは、シエスタの曾祖母と会った時の話を始めた。 マルトーとロングビルの二人は固唾を飲んで、それを聞く。 「ひっ…ぐすっ…」 「む? 誰かおるのか」 魔法薬の材料を探しがてら、森の奥まで入り込んだオールド・オスマンの耳に、何者かの声が聞こえた。 少女の声にも聞こえたが、こんな森の奥で泣き声が聞こえてくるなど尋常なことではない。 オールド・オスマンは杖を片手に握りしめながら、声のする方に近づいていった。 「ひうっ…あ…たすけて…たすけて」 声の主はあっけなく見つかる。 森の奥に小さな岩山があり、そこには野草が咲き乱れていた。 マジックアイテムの材料になりそうな物も多いが、岩山はそれなりの高さがあり、フライやレビテーションを使わなければ野草には届かない。 その岩山の下に、15~17歳ほどの少女が倒れていたのだ。 近くにはバスケットが落ちていて、中には野草が入っている。 おそらく山菜や野草を摘みに着たのだろう、オールド・オスマンはその娘に近づくと、怪我の様子を見た。 「おうおう、お嬢さん、この崖を登ろうとしたのかね、無茶をするのう…」 「あ……き、貴族様…」 弱々しく返事をする少女の足は、崩れた岩に挟まれていた。 「どれどれ、外してやろう、ちょっと待ちなさい」 オールド・オスマンはレビテーションを詠唱すると、少女の足に乗っていた岩を浮かせて移動した。 「あうっ!」 「すまんの、ちょっと痛いのは我慢しておくれ」 そう言って少女の怪我を見る、足は圧迫だけでなく内出血で酷く腫れており、どう見ても歩ける様子ではない。 少女の顔は土気色に近い、オールド・オスマンは怪我の程度が酷いと見たが、念のためディティクト・マジックで周囲を調べ、改めて話しかけた。 「この近くの村の娘か?よければ、どこの村なのか教えて欲しいんじゃがのう」 「わ、わたし、タルブ村から、来たんです」 「タルブ村?ちょっと遠いのう」 杖を振り、レビテーションを唱えて少女を浮かせて運ぶ。 オールド・オスマンは少女から三歩離れて歩いていた、これは用心のためだ。 森で注意しなければいけないのは、オーク鬼、トロル鬼、野犬類と相場は決まっている。 しかしそれらは人間の生活圏内にはあまり入ろうとしない、知能がそれなりに高く、臆病さも彼らは持っているのだ。 だが、まれに、ごくごく希に人間の天敵とでも言うべき相手が存在する。 『吸血鬼』である。 岩山で出来た日陰から少女を運び出そうとしたその時、茂みの中から低いうめき声が聞こえてきた。 オールド・オスマンが目を向けると、平均的な人間よりも少し大きい、トロル鬼の影が茂みの向こうに見えた。 「いかんな、お嬢ちゃん、ちょっと下ろさせてもらうぞ」 「きゃっ!痛っ…」 「すまんのー、念には念を入れんとな」 オールド・オスマンは用心しながらもトロル鬼に向き直る、すると、一足早くトロル鬼がオスマンへと飛びかかってきた。 「!?」 妙だ!と直感した。 トロル鬼にしては動作が俊敏すぎる! 茂み越しには確認できなかったが、体つきはともかく、顔や毛の特徴は人間に近いように見えたのだ。 「グアアアアアアアアアアアア!」 叫び声を上げながら飛びかかってくるものが、オーク鬼でもトロル鬼でも獣でもないと判断したオールド・オスマンは、慌てて呪文を詠唱して中に浮き、攻撃を避けた。 人間とは思えない腕力で振り下ろされた棍棒が、オスマンが一瞬前まで立っていた地面をえぐった。 「あの娘は吸血鬼じゃったか!」 先ほどのがグールだと判断したオスマンの背中に冷たいものが走る、思わずフライを唱えて空中に逃げたが、木々の枝は深く生い茂っている。 オスマンに飛びかかった人間は、グールとしての本性を剥き出しにしたためか、木々の隙間から漏れる日光に当たり顔や頭が焼け付いていた。 しかし、あの少女が居ない。 危険だと本能が告げたが、そのときは既に遅かった。 「”枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕をつかみたまえ”」 少女の声で先住魔法が唱えられる、すると瞬く間に周囲から枝が伸び、オスマンを拘束する。 そしてグールは俊敏さを活かして木に駆け上がり、オスマンの持っていた杖を奪った。 「むぐっ、な、吸血鬼がこんな時間に!まだ太陽が昇っておるんじゃぞ!」 「ふふ、用心深いメイジ様も、これには気づかなかったみたいね…」 声のする方を向くと、先ほどの少女が岩山の影に立っていた。 足の怪我は偽装だったと見えて、まったく平気な様子だが、顔色は相変わらず土気色をしたままだ。 少女は無言でグールを指さす。 グールの肉体は人間のものだが、グールとなった以上その肉体は日光に弱くなっているはずだ、しかし奇妙なことに木漏れ日に焼かれているのは頭だけで、その他の部分には特に変化はない。 「用心深いんだね、普通のメイジなら私を見て、すぐに油断するのに…ディティクトマジックまで使ったのには驚いたよ」 「……貴様、日陰にいても吸血鬼なら焼け付くほどの太陽光じゃろう、なぜ動ける?」 「人間は、残酷な同族(人間)に、”ヒトの皮を被った悪魔”って言うんでしょ、フフ、その通りかもしれないね」 少女は自分の顔を左右から押さえると、その皮をつまんで伸ばした。 皮は不自然なほど左右に伸び、唇の下からもう一つの唇が出てくるのも確認できた。 「こやつ…!ならばそのグールも、トロルの皮を被っているという事か、なんという…」 「どう、私、けっこう頭良いでしょう?」 オールド・オスマンも思わず舌打ちした、吸血鬼は狡猾だと聞いていたが、まさか昼間に、こんな手段で人間を『狩る』とは思わなかったからだ。 吸血鬼が再度呪文を唱え、今度はオスマンの身体をゆっくりと地面に下ろす。 グールがオスマンの身体をまさぐり、予備の杖を持っていないかどうか確認すると、吸血鬼がオスマンの首に手をかけた。 「光栄に思うわ、貴方、しわの深さからは考えられないほど精力的なのね、こんなメイジ様の血を吸えるなんて…」 そう言いながら吸血鬼は口を開け、牙を見せた。 「光栄に思いなさい」 突如、森の奥から、別の声が聞こえた。 「誰!?」 吸血鬼が驚いて声のした方を向くと、水滴が目に入った。 ”バチッ”という音がして、吸血鬼の眼球は砕け、まるで石をハンマーで砕いたような音が響いた。 「GUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!ああああ!あああ!…っ殺せえええええ!」 吸血鬼がグールに指示を下す、グールは頭からぶすぶすと煙を出しながら、声のした方に向かって飛び込んだ。 樹木の枝による拘束が緩んだので、オスマンも声をした方向を見る。 するとそこには一人の美しい女性が居た。 若葉の茂る木の枝を使って、グールの身体を撫でつつすり抜けると、その女性はこちらに向き直った。 「まるで動物ね」 女性は一言呟き、腰にぶら下げていた水筒から木の枝に水を振り掛けた。 …奇妙なことに、そのとき水滴は一滴も地面に落ちていなかった気がする。 そしてその枝をオールド・オスマンの足下に投げた。 突然の事に驚いていたオールド・オスマンだったが、女性の背後でグールが立ち上がったのを見て、思わず「危ない!」と叫んだ。 だが、グールは女性の方を向き直るどころか、ビシッ、ピシッと、音を立てて身体が砕け散り、その破片は霧散して気化した。 「な…何だよ…何なんだよ…」 吸血鬼もあまりの事に驚いたのか、既に逃げ腰になっている。 先ほど目に受けた水滴がよほど効いたのか、顔を手で押さえながら苦しそうにうめく。 グールを倒した女性が呟く。 「今度は演技じゃないのね」 「”枝よ!伸びし森の枝……」 吸血鬼が慌てて先住魔法を唱えようとした所で、先ほど投げられた枝が爆発した。 バァン!という破裂音とともに、枝に付着していた水がはじけ飛び、オスマンの服と、吸血鬼を濡らした。 「なっ、こんなっ、ああ、あああああ!ああああああアアアァァァアァaaaaa…!」 オスマンの目にはハッキリと映っていた。 吸血鬼の身体に付着した水滴は、まるで太陽の光のように輝いていたのだ。 ほんの一瞬の輝きだが、吸血鬼を相手にするにはそれで十分だった。 吸血鬼は、身体の上に被った皮膚を残して、ボロボロと崩れ去っていった。 「光栄に思いなさい、本当の太陽に焼かれて死ねるのを」 [[To Be Continued →>仮面のルイズ-15]]