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ゼロの奇妙な白蛇 第十話 前編 - (2007/08/18 (土) 00:27:20) のソース
翌朝、犯行現場である宝物庫の前に呼び出されたルイズは、丁度、教師達が醜い罪の擦り付け合いをしている最中に辿り着いた。 やれ宿直やら、責任やら、衛兵やら、とりあえず自分の所に火の粉が掛からないよう必死過ぎるその姿に、吐き気を堪えるのに精一杯だった。 さっさと自室に戻って、フーケを追う準備でもしたい所だが、呼び出された手前、そういう訳にもいかない。 仕方なく、なるべく教師の会話に耳を傾けないようにしていると、蒼髪の少女の姿が目に留まった。 「あんたも呼び出されたんだ」 「目撃者」 隣に立ち止まったタバサの簡潔な言葉に、ルイズは特に何の感慨も抱かなかった。 普通なら、素っ気無い対応に腹でも立てるところなのだが、昨晩、共通の敵に対して共闘した事で、破滅的であった関係に僅かだが上方修正が加わった為、タバサの必要最低限しか話さない対応も、そういう個性であると捉える事が出来るようになったのである。 それに――― 「そうそう……とりあえず、コレはあんたに預けておくわ」 そう言って、ルイズは制服のポケットから、一枚のDISCを取り出した。 昨日と同じ、そのDISCを受け取ったタバサは、傍目からでも強張ったのが見て取れる。 ルイズは、タバサの表情に、ニタリと哂ったが、すぐにこの頃、板についてきたポーカーフェイスに戻り、タバサへ言葉を続ける。 「何も、すぐに使えるようになれとは言わないわ。 だけど、昨日のあの力……使えれば便利だと思わない?」 昨日、自室に戻った後、ルイズはDISCを自分の頭に差し込んでみたが、案の定、吹っ飛ばされた。 ホワイトスネイク曰く、DISCのスタンドを扱えるようになるには、適正が第一条件であり、第二条件が、スタンドを制御する為の精神力であると言う。 ルイズは、その二つ共が欠落している為、DISCから弾かれ、タバサは、二つの内の前者、適正がある為にDISCから弾かれずに済んだのだが、スタンドを制御する為の精神力が足りなく、暴走と言う結果になったらしい。 つまり、精神力だけを補えば、暴走をせず、使いこなせるスタンド使いになれる可能性が、タバサにはあるのだ。 無論、今の所はDISCから弾かれているルイズも、適正は無いが、適性を補う程の精神力があれば扱えない事も無い。 事実、感情の高ぶりによって爆発的に増大した精神力で、一瞬だが、ルイズはDISCのスタンドを、その支配下に置いていた。 だが、持続的にその精神力を発揮出来るかと言われれば、ルイズは顔を顰めるだろう。 人の精神は、無尽蔵であるが、無限では無い。 一度に引っ張り出せる力の量には限りがあり、今だ成長段階にあるルイズがDISCのスタンドを完璧に使いこなせるように精神力の限界を上げるとしたら、後3年程度は必要になるだろう。 ホワイトスネイクから、この考察を聞いた時、3年と言う年月にルイズは、げんなりしたが、ある意味、決心がついた。 適正は、精神力よりも必要性が高い位置にある。 要するに、適正がすでにあるタバサは、ルイズよりも遥かに短い年月でDISCのスタンドを我が物として扱う事が出来るようになるのだ。 適材適所。 今、使えないモノが自分の手元にあるよりは、すぐに使えるようになる者の手元に置いておいた方が、よほど建設的であろう。 ルイズは、そう考えて、タバサにDISCを預けたのだった。 タバサはルイズの言葉をどう受け取ったのか、DISCを自分のポケットに仕舞うと 「努力する」 ルイズの目を真っ直ぐに見つめて、そう呟く。 やる気に満ちた目に、ルイズは上機嫌で、フフンと口ずさんだ。 「では、捜索隊を編成する。我と思う者は、杖を掲げよ」 タバサとルイズがDISCについて話している中、教師達の会話は、何処をどう転んだのか、フーケを捕まえ、盗まれた『破壊の杖』と言う代物を取り返すまでに進んでいた。 勿論、ルイズは捜索隊に志願する為に杖を掲げる。 回りから、生徒では頼りないだとか、『ゼロ』に何がとか聞こえてきたが、あえて全てを無視する。 「君は生徒なんだ、ミス・ヴァリエール。危険な事は教師に任せなさい!」 「なら聞きますが、ミスタ・コルベール。 30メイルもあり、宝物庫の壁も叩き壊したゴーレムと戦う覚悟がある方が、この場に他におりますでしょうか?」 本気で身を案じているのか、苦しげな表情で言葉を掛けてきたコルベールに対して、ルイズは問答無用と言わんばかりに返答する。 ルイズの口から出た言葉に、他の教師達はお互いの顔を見合わせるばかりで、誰一人杖を掲げる者は居なかった。 フーケを討伐すれば確かに名は挙がるが、基本的に皆、命が惜しいのだ。 自分以外、誰一人杖を掲げない光景に、ルイズは不満げに鼻を鳴らした。 教師とは、生徒を正しく導き、そして危険から守る為の人材だ。 それが、例え自分から志願したとは言え、危険に晒されようとしている教え子と同行しようとする者が一人も居ないとはこの学園も長くは無いなと、ルイズは思ったが、口には出さなかった。 「しかしなぁ、ミス・ヴァリエール……流石に君一人と言う訳には……」 困ったように一人はマズいと告げるオスマンの言葉に、ルイズの隣の少女が、その杖を掲げた。 「ミス・タバサ!! 君もなのか!?」 疲弊したかのようなコルベールの声に、タバサは掲げた杖を、無言でより高く掲げなおす。 「どういうつもり?」 「私にも責任の一旦がある」 タバサの言葉に、なるほどと呟いたルイズは、宝物庫に集まった教師を一度、じろりと見回した後に、 タバサを伴って、さっさとその場から立ち去ってしまった。 あわてて、フーケの居場所を知らせてくれたミス・ロングビルに道案内を頼んで、二人の後を追うように指示するオスマンだが、その顔は幾分、不安によって曇っていた。 「さぁ、どんどん食べてくださいね、サイトさん」 「お……おぉぉぉぉ!!」 朝の仕込みで忙しい厨房の片隅で、シエスタの朗らかな笑顔を見ながら、才人は目の前の豪勢な料理に叫び声を上げていた。 才人の様子に、厨房で働いている人々は本当に楽しそうに笑っている。 本来ならば、平民が貴族の屋敷に乗り込み、尚且つ、自分の意見を通すなど天地が逆さになってもありえないのだが、才人は、そのありえない事を仕出かし、シエスタを救い出してきたのだ。 噂好きのメイド達は、貴族に見初められた恋人を救い出した平民に狂喜乱舞し、料理人達は、才人の男らしい行動に、心の底から感心していた。 実際は、モット伯を再起不能に追い込んだのはルイズとホワイトスネイクであり、シエスタを救い出したのも、恋愛感情では無く、恩人の身を案じた為であるのだが、それは言わぬが花だろう。 ともあれ、厨房の面々が自分の為に、朝の仕込みの合間を縫って作ってくれた料理を食べる才人と甲斐甲斐しく給仕をしながら料理を頬張る才人を見ているシエスタは幸せオーラを振り撒いており、何人たりとも近づけない雰囲気を醸し出していた。 が―――――― 「―――ちょっと、探したわよ」 桃色のチェシャ猫は、その雰囲気を真っ向から打ち壊し、誰も近づけないはずの二人の至近距離まで近づいたのだった。 「ふぁっ! ふぁいづ!?」 ルイズと叫びたかったのだろうが、口の中に料理が詰め込まれている才人は、正しい発音が出来ず、あたふたと聞き苦しい言葉を発し続ける。 「食べてる最中は喋らないでよ、汚いわね」 そんな才人を、ルイズは嗜めると、当然と言わんばかりに才人の為に用意された料理の席に座る。 座席は才人の分しか用意されてない為に、才人から席を奪ったのは言うまでも無い。 「平民の癖に随分と豪勢なものを食べてるのね」 嫌味でも何でも無くただなんとなく口に出した言葉に、厨房の働き手達は一様に顔を顰めたが、ルイズはその事を特に気にした様子は無かった。 「何か御用なんですか?」 今だに口の中に物がある才人に変わって問い掛けたシエスタの言葉に、ローストビーフをフォークで突き刺しながら、ルイズは用件を告げる。 「サイト、今すぐに正門に来なさい。私の護衛としての初仕事よ」 簡潔にそう述べると、それだけで説明は終わりと、ルイズはローストビーフを口に運ぶ。肉厚のあるビーフは、咀嚼する度に肉汁と旨みを口内に広がらせ、一度食べれば病みつきになる事、間違いなしなまでに料理として完成度が高かった。 ルイズの傲慢とも取れる態度に、才人は溜め息を吐いてから、食べかけていた料理を一摘みする。 「行儀が悪いから止めなさい」 いや、お前がそこに座っているからだろ、と才人は言いたかったが、シエスタを救って貰う時の借りがある訳だし、強く言う事は出来ない。 とりあえず、破天荒を地で行くルイズの行動に目尻を吊り上げているシエスタと調理場の人々に一言謝ると、才人は部屋に置いてあるデルフを取りに調理場を後にする。 哀愁漂うその背中を見ながら、ルイズは絶妙な味付けの料理に舌鼓を打っていた。 タバサは自室で、フーケ討伐の為の準備を整えていた。 準備と言っても、何時も彼女と共にある大きな杖と彼女のトレードマークである眼鏡を布で拭いているだけなのだが、そこにはある種の気迫に満ち溢れていた。 「きゅいきゅい!!」 窓の外で、タバサの使い魔である風竜が、珍しく傍目から見てもやる気に溢れているタバサに驚きの鳴き声を上げているが、それすら、今のタバサの耳には入ってこない。 拭き終わった眼鏡を掛け、ぴかぴかに光る杖を右手に持ったタバサは、『雪風』の名に相応しく、ひんやりとした闘気を身に纏い、力強く、一歩を踏み出した。 「あら? タバサじゃない、こんな時間にどうしたの?」 一歩目から波乱に満ちていた訳だが。 「それで付いて来た訳?」 「不覚」 ぽりぽりと頭を掻くルイズとタバサの視線の先には、 赤髪の少女が、黒髪の使用人の少年と何事かを話している光景があった。 タバサが自室から正門の馬車へと移動する時、偶然廊下を歩いていたキュルケと鉢合わせしてしまい、あれよあれよと言う間に付いてくると言う方向で話が纏まってしまった。 勿論、タバサは危険だと反対したのだが、逆にそんな危険な所に友達を送り出すだけなんて出来ないと言われると、 もうキュルケのペースで話が進んでいってしまう。 結局、キュルケの同行を断り続ける事が出来なかったタバサは、仕方なく一緒に馬車へ移動してきたのだ。 「キュルケが強引なのは、今に始まった事じゃないけど……今回は、ね」 ルイズの言葉に、タバサは頷く。 二人とも、掛け替えの無い親友であるキュルケが危険な目に遭うのが、心配なのだが、当の本人は二人の苦悩を知ってか知らずか、馬車の席の中で、一番座り心地が良さそうな場所にさっさと陣取っていた。 「おーい、そろそろ出発するぞー!」 手綱を握った黒髪の使用人の声に、ルイズとタバサは杖を握る手の力を無意識に強めながら、馬車に乗り込んだ。 「それにしても……泥棒退治なんかする気になったわねぇ」 道中の暇潰しか、キュルケがタバサとルイズに訊ねるように言葉を呟くが、二人とも、フーケと戦う時の戦術を話に夢中になっており、キュルケの言葉に返答しない。 本来なら、ここでカチンとくるはずのキュルケであったが、二人の真剣な表情に文句を飲み込む。 プライド高く、目の前で行われた犯行を止められなかった事に対して、それなりに責任と怒りを感じているルイズはともかくとして。 普段物静かなタバサですら、何時も手にしている本を手放し、熱心に議論を交わしているのだ。 止めるのは野暮と言うものだろう。 「二人とも、随分とやる気に満ちてるみたいですね、ミス・ロングビル」 「………………」 「ミス?」 キュルケの言葉に気付かず、ロングビルは、対フーケについて話し合うルイズとタバサを、鷹のように鋭い目付きで見詰めていた。 「どうかされたんですか、ミス?」 「―――いえ、なんでもありませんよ、ミス・ツェルプストー」 再度の言葉に、ようやく返答するロングビルだが、やはり視線は二人に固定され、キュルケの方へと振り向こうともしない。 そこに何か、薄ら寒い感覚を感じたキュルケだったが、結局、ロングビルに話しかけるのも止め、道の凸凹に上下する馬車の揺れに身を任した。 フーケが潜伏していると情報があった小屋は、深い森の中にあり、 森の入り口まで来た五人は、目立つ馬車から降り、徒歩でその場所に辿り着いた。 森の中の開けた場所の中心にある小屋を、ギリギリ視界に入れられる地点で立ち止まった五人は、ルイズとタバサが道中立てた作戦を聞かされる。 一先ず、偵察役兼制圧役を小屋に突入させ、それでフーケを捕まえられれば良し。 捕まえられなければ、待機メンバー全員で各々の最大の火力を、小屋を出てきたフーケにぶつけると言う、今ある戦力で出来る最大限の作戦であった。 突入役には、才人、ホワイトスネイクが担当し、 待機メンバーは、ルイズ、タバサ、キュルケ、ミス・ロングビルである。 「あの、ミス・ヴァリエール。貴方の使い魔が突入役に入っていますが……一体何処に?」 突入メンバーにホワイトスネイクの名があるのに、その場に居ない事を疑問に思ったロングビルがルイズに訊ねると、彼女は右手を上げてそれに答えた。 「私ナラバ、ココニ居ル」 ルイズの右手が合図だったのか、ホワイトスネイクがルイズのすぐ傍に具現すると、ロングビルは思わず一歩後ろに下がってしまう。 ホワイトスネイクに慣れていないキュルケも同様である。 「サイトとホワイトスネイクは合図があるまで、小屋のすぐ傍で待機して」 「合図はどうするんだよ?」 「私が直接ホワイトスネイクに出すから、あんたはあいつの指示に従って」 ルイズの言葉に、才人は、溜め息を吐きながら頷くと鞘からデルフを抜く。 「あ~、ひさびさに外出たよ。あのメイド、きっちり鞘に入れやがって、喋れやしねぇじゃねえか」 ぶつくさと文句を吐くデルフを、片手で軽くノックをして黙らせてから、才人は静かに小屋に近づいていく。無論、後ろからホワイトスネイクも続く。 「タバサ、例の物は準備出来てる?」 小屋の窓から死角になる位置に到着し、合図を待つ才人とホワイトスネイクを見ながらルイズが問うと、タバサは僅かに首を動かし、鬱蒼と茂る森の木々の間にある空を指差した。 その返答に満足げにルイズは頷くと、キュルケとロングビルに杖を構えるように促し、自らもまた杖を小屋の方へと向ける。 それぞれが詠唱を終えるのを確認し、ルイズはホワイトスネイクへ合図を送るように指示を出す。 命令を受けたホワイトスネイクは、三本立てて指を才人に見えるようにすると、それを一本ずつ減らしていく。 3 2 1 0! 指が全て畳まれると同時に、才人とホワイトスネイクは小屋の中へと突入する。 才人とホワイトスネイクは意外性により相手の動きを止める為、わざわざ壁にデルフで穴を開け、その中から進入した。 中に入った瞬間、小屋全体へ視線を巡らす才人とホワイトスネイクだが、小屋の中には人っ子一人居ない。 「もぬけの空って……やつか」 「ドウヤラ、ソノヨウダナ。隠レル場所モ在リハシナイ」 警戒を解く才人とホワイトスネイクは、ルイズ達へ中には誰も居ない事を報告し、そのまま小屋の中の探索に入る。 普通なら、罠なりなんなり有りそうなのだが、その気配はしない。 「『破壊の杖』ね、仰々しい名前だけど、どんな形か分からないからには探しようが……」 ぼやく才人を尻目に、足で床に置いてある木箱を蹴るホワイトスネイクは、木箱の奇妙な重さに気がついた。 木箱だけを踏み壊すと、木箱よりも一回り小さい長方形の飾りつけられた箱が出てきた。 蹴ってみると、ずしりと重い。 どうやら中に何か入っているらしかった。 「どう、様子は?」 小屋の扉の方向から聞こえてきた声に、才人とホワイトスネイクは探索の手を止めて、扉の方向を見る。 そこには、ルイズとタバサとキュルケの姿があったが、ミス・ロングビルの姿が見当たらなかった。 「一人足りなくねぇか?」 「ミス・ロングビルなら辺りの偵察って言ってたわよ」 歩くだけで埃が舞う小屋に、顔を顰めながらキュルケが答えると、 一人じゃあ危ないから俺も一緒に偵察してくる、と言って、才人が小屋の外へと出て行く。 ちなみに、一人では危ないと考えていたのも事実だが、本音を言うと埃っぽい小屋の中に居たくなかったのだが。 ともあれ、才人が小屋の外へと出て、一人少なくなった小屋の中で、タバサとルイズはホワイトスネイクの足元にある奇妙な箱に気がついた。 明らかに木とは違う材質で作られたその箱に、二人は覚えがあった。 事前に、ロングビルから伝えられた情報によると、確かあのような形の箱に『破壊の杖』が保管されているらしい。 まさかと思いつつ、二人が箱を開けてみると、なるほど、その中には無骨なデザインの細長い筒のようなモノが入っていた。 見ようによっては、確かに杖に見えない事も無い。 「もしかして……これが『破壊の杖』?」 呆けたように呟くキュルケの言葉にルイズとタバサは、じっと『破壊の杖』と思わしき物体を見詰めていた。 もし、仮にこれが『破壊の杖』だとして、どうしてフーケはこんな場所に置いたままにしているのか。 まさか、ここに荷物を置いておいて、自分は何処かで朝食でも食べているとでも? どういう事なのか、ルイズとタバサがお互いの推測を述べようとした時、天を揺るがさんばかりの地響きが周囲に木霊する。 ざわざわと木の葉を揺らす地響きに、ルイズとタバサは下唇を噛み締めた。 「ナルホド……撒キ餌ダッタ訳カ」 「どういう事よ!?」 焦ったようにホワイトスネイクの言葉を問うキュルケに、ルイズは自分達がハメられた事に対する怒りを露にしながら叫んだ。 「つまり、釣られたのよ、私達!!」 叫び声に反応するかのように、ホワイトスネイクはキュルケを抱きかかえ、 老朽化の為か脆くなった壁を突き破り外へと逃げる。 ルイズとタバサは杖を片手に、ホワイトスネイクが開けた穴から、外へと出るのであった。 「くそっ! こいつ、斬っても斬っても、すぐに直りやがって!!」 「すぐに貴族の嬢ちゃん達が来るから、無茶すんなよ、相棒!」 外に出ていた才人は、ちょうどゴーレムが生成される場所に出くわし、なんとか倒そうとしたのだが、幾ら斬っても土同士が結合しあい、どうにもこちらの勝ちが見えてこない。 「こーいうゴーレムが相手の場合は、術者を倒すのが一番なんだがな~」 「居ないもんはしょうがないだろ!!」 30メイルの巨体からは想像も出来ない程に素早く振るわれるゴーレムの拳を、人間とは思えぬ反射神経と運動能力で避ける才人であったが、疲れを感じぬ石人形と人間では、どちらにとってジリ貧の状況なのかは目に見えている。 この状況を打開する一番の方法は、ゴーレムを操っている術者の無力化なのだが、才人の視界内に術者と思わしき人物は存在しなかった。 「もっと良く探せ! こんなにパワーがあるのに、近く居ないはずなんてねぇ!」 デルフから檄が飛ぶが、探そうにも目の前のデカブツが放ってくる拳が、才人の余裕を精神的にも肉体的にも奪っていってしまい、それどころでは無い。 「良いか、やっこさんの速さはお前さんの速さには追いついてない!! 落ち着いて対処すらぁ、お前さんに攻撃なんて当たりっこねぇよ!!」 使い手を落ち着かせる為にデルフが声を掛けるが、戦闘行為など数える程しかしていないのに、それだけで落ち着くはずなど無い。 結果、ゴーレムの攻撃に対して無駄な動きが多くなっていく。 「ちっ!」 焦りを含んだ舌打ちに反応するかのように、ゴーレムは左手を繰り出してくる。 それを切り崩す為に逆袈裟に切り上げるが、デルフリンガーが触れる前に、土で構成されているゴーレムの腕がハリネズミのように形を造り変えた。 「相棒!!」 今まで拳と言う避けやすい攻撃しかしてこないと思い込んでいた才人は、突然切り替わったゴーレムの攻撃に反応しきれずに、その身を岩石の針で貫かれ――――――なかった。 「シャアアアアァァァァ!!」 まるで、蛇の鳴き声のようだと、才人は砕かれる岩を目の前にしながらそう思った。 「たくっ、遅すぎるぜ、嬢ちゃん達」 ほっとしたかのような安堵を含みながら、デルフは才人の心の内を代弁するのだった。 「ホワイトスネイク!!」 自らの使い魔の名を叫びルイズの声に、才人は、ハッと我を取り戻し、目の前の股座を潜り、ゴーレムの背後へと回り込む。 ホワイトスネイクと才人の二人に挟み込まれたゴーレムは、集るハエを追い払うように、上半身をグルグルと回し、 前方と後方へ同時に攻撃をするが、先程の攻撃で用心深くなった才人と、元より慢心など有り得ないホワイトスネイクの二人には、1ミリも掠りはしない。 「キュルケ! タバサ! 併せて!」 ルイズ配下の二人によって撹乱しているゴーレムへ攻撃呪文を集中させる三人娘だが、炎で焼かれようが、風で吹き飛ばそうが、水で濡れようが、お構いなしにゴーレムは攻撃を続ける。 「どんだけ頑丈なのよ、あいつ!?」 忌々しそうにキュルケが吐き捨てるが、それでゴーレムの歩みが止まる訳は無い。 すでに、ゴーレムの攻撃対象は、ホワイトスネイクと才人から、メイジである三人へと移行しており、ゴーレムの周囲の二人は足止めの為の行動に切り替えていたが、完全に動きを止める事は出来ていない。 「タバサ! 例のヤツを!!」 有効打を与えられない事に苛立ったようにルイズが叫ぶと、タバサは頷き、空を目上げた。 一見すると何も居ないと思われる蒼穹から、凄まじい速度で何かが地上へと一直線に落ちてくる。 「きゅーーーー!!!」 口に樽を咥えたシルフィード。 傍から見ると間抜けな姿だが、それをしているシルフィードも、させているタバサも大真面目だ。 「今!」 タバサの合図と共に、シルフィードは口から樽を離し、眼下で暴虐の限りを尽くすゴーレムへと投下する。 「ナイス! タバサと、え~と、その、タバサの使い魔!!」 歓声を上げるルイズは、奪ってからすでに一日経ち、随分と身体に馴染んだ『水』の魔法の才能をフルに稼動させ、 一気に樽の中身をゴーレムの身体に浸透させた。 「キュルケ! 最大火力で!!」 「締めを飾ってあげるわ!!」 限界まで込められた魔力により胎動する感覚に、キュルケは笑みを浮かべながらそれを解放する。 火は炎となり、炎は焔となり、ゴーレムに染み込んだ純度の高いアルコールと周囲の酸素、それに魔力を糧とし、煉獄をこの世に再現させる。 ゴーレムは、罪を嘆き、罰を受ける罪人のように、膝を折り地面へと倒れ落ちた。 「……終わったのか?」 キュルケの焔から影響の薄い地帯にまで引いていた才人が、プスプスと炎に包まれているゴーレムに向かってぼそりと呟く。 「サァナ……ダガ、トリアエズノ危機ハ去ッタラシイ」 周囲を警戒しつつ、ホワイトスネイクがそう告げると、才人は溜め息を吐きながら、デルフリンガーを握っている手の力を緩める。 「ま~だ、気を緩めるんじゃねぇ。 ゴーレムが倒れただけで術者は、まだ健在なんだぜ」 「んな事言われなくても分かってるよ」 渋々、デルフを握る手にまた力を入れつつ、周囲を見回すとルイズやタバサも油断なく辺りを見回している。 ただ一人、キュルケだけが嬉しそうに自分が燃やしたゴーレムを指差しはしゃいでいた。 「見た、ルイズ!? ねぇ、見た、私の活躍を!!」 自慢げに語るキュルケにルイズは少し迷惑そうだったが、キュルケが居てくれたお陰でゴーレムを燃やす手間が省けたのも確かだ。 「助かったわ、キュルケ。 でも、まだフーケが残ってるから、気を抜かないようにね」 「もう、心配性なのね。 ゴーレムは倒したんだから、残ったフーケなんて牙の無い犬以下じゃない」 ケラケラと笑うキュルケだが、その笑いは、耳を劈く爆音によって掻き消えた。 完全にルイズ達の前に敗れ去ったかのように思えたフーケのゴーレムだが、燃え盛る火炎に包まれながら、芯に当たる箇所は奇跡的にも無事だった。 否、それは奇蹟では無い。 予め、ルイズとタバサが話していた作戦の内容を聞いた“そいつ”はゴーレムの胴体に当たる箇所をアルコールが浸透しない金属で作っていたのだ。 傍目から見ても分からないように、きちんと土を上から被せ、カモフラージュも忘れずに。 案の定、ゴーレムが炎上し、地面へと倒れ伏すと、ルイズ達はゴーレムを倒した事から油断してしまった。 勿論、ルイズ達には油断していると言う認識は無い。無いが、やはり強大な敵を打ち倒した後には、気が緩んでしまうのは仕方ない。 このような荒事に慣れているはずのタバサですら、僅かにだが、戦闘時よりも警戒が鈍っていた。 そして、それこそが“そいつ”の目的だった。 警戒の緩んだ、ルイズ達が取り囲むゴーレム。 今にも燃え尽きようとする四肢の土達に、無事な胴体の金属から魔力と指令が下る。 今すぐに、弾けて四散しろと言う、無慈悲で残酷な自害命令。 意思など無く、命も無い土は、その身を砕き、一斉に周囲360°に飛び散るのだった。 咄嗟に反応できたのは、鈍っているとは言え、様々な経験により研磨された意識を辺りに散りばめていたタバサだった。 ゴーレムが破砕し、燃え盛る岩石が自分を直撃する前になんとか風の防護壁を展開するが、岩石の弾丸はそれを容易く貫通し、タバサの身体を打ち付ける。 致命傷の箇所の防護壁は分厚くしていたお陰か、なんとか即死は免れたが、それでも、右手、腹部、左足に焼け焦げた石が直撃し、ジュウウウと言う肉が焼ける音と、骨の砕ける音が同時にタバサの耳に届く。 ルイズの場合は、もっと深刻だった。 突然の事態に、反応が遅れたキュルケを庇う為に、彼女を抱くような形でキュルケの前に立ったが、その為に詠唱をする時間が無く、凄まじい勢いの石の弾丸をモロに喰らってしまった。 奇跡的に背骨は折れなかったが、その代わりに、右肩の肩甲骨を砕かれ、 完全に右腕の機能が停止してしまい、握っていた杖が手からぽとりと落ちていく。 さらに、石としての硬度を保ったままの小さい粒達が散弾銃のようにルイズの背中を激しく撃ちつける。 ルイズの負傷により、ホワイトスネイクも足元から地面へと倒れ落ち、立ち上がる事すら出来なくなっていた。 「ルイズ、皆!?」 ただ一人、反則的な反射神経と動体視力によって、大きな岩石を避け、小さな石にしか当たらず比較的軽傷な才人が叫ぶが、彼の仲間で、その声に返答する者は居なかった。 ---- [[第九話>ゼロの奇妙な白蛇 第九話]] [[戻る>ゼロの奇妙な白蛇]] [[第十話 後編>ゼロの奇妙な白蛇 第十話 後編]] //第六部,ホワイトスネイク