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使い魔は手に入れたい Le Theatre du Grand Guignol-3 - (2007/09/15 (土) 18:07:42) のソース

「着いたよ」 
男は屋敷の庭に車を止めると、居もしない人間に喋りかけながら車を降りる。 
「ここが僕の家だよ。渋めの『数奇屋住宅』さ…」 
そう言いながら助手席の方へ回る。そして品よく助手席のドアを開ける。 
男はほんの数瞬の間、そのままの格好でなにかを待っていたが突然助手席に目を向ける。 
「どうした?何を恥ずかしがっている?初めて男の家に誘われたのが恥ずかしいのかい?」 
どうやら男は女性に話しかけているようだ。しかし、助手席には誰の姿も見えない。 
男はそんなことを気にする様子もないまま、助手席の方へ手を差し出す。 
まるで女性をエスコートするかのように。 
「フフフ…。誰も見てやしないよ。さ…、足元に気をつけて……」 
そう言うと突然助手席から手が伸び、男の差し出していた手の上に乗せられた。 
なんだと!?一体どうなってやがる!? 
助手席には誰もいなかったはずなのに!? 
「この週末は……、楽しく過ごそうじゃあないか……」 
男は優しく助手席に話しかける。そして…… 
「2人っきりで……」 
男は笑った。それはただの微笑だったが、今が幸せだと感じている笑みだった。 
その笑みを見た私は、自分もああやって笑っていたのかもしれない、とそんな場違いなことを思っていた。 
気持ち悪さと懐かしさが胸中をせめぎあっている最中、なぜそんなことを思ったのかは解らない。もしかしたらこの気持ち悪さと懐かしさが関係あるのか? 
私がそう思っていると舞台の上に新しい変化が起きた。 
「なんかたれましたよ……」 
男がそういいながら屈みこみ、ポケットからハンカチを取り出す。 
「お行儀の悪い人だ」 
そして手元で何かを弄くるような動作をすると助手席を擦るようなしぐさをし始める。
「自分できれいにしなさい」 
ポキッ!ボギッ! 
乾燥した枝が折れるような、そして生乾きの枝を無理やり折るような、そんな音が聞こえてくる。 
その音が合図だったかのように、男が動きを止める。 
「君の名前は何だったか思い出せないが……、まあいい。よくできたね。きれいに拭き取れたよ…」 
そう言うと立ち上がり車から離れる。 
その手には、 
「さてと……、夕食も一緒に作ろうか?」 
その手には……! 
「君の得意料理は何だい?」 
男の手には、バッグを手にぶら下げた女の手首が握られていた! 
やっと頭の中で話しが一本に繋がる。あの男が車の中で喋っていた不気味な独り言は! 
さっき持っていたあの手に話しかけていのだ! 
まるで生きているかのように!まるで恋人のように! 
狂ってる…… 
男の見た目やその雰囲気に何のおかしさも感じられないため、それはことさら不気味に、異質に、異常に感じられた。 
男が玄関を開き、中に入った瞬間に、舞台は真っ暗になった。 
と、思った瞬間またすぐに明るくなる。すると舞台は驚くほど変わっていた。 
さっきまであの男の家の敷地内だったはずなのに、今度はどこかの会社の一室のような場所になっていたのだ。 
そこにはさっきの男と見知らぬ女がいた。 
おそらく、さっき思った通り今舞台は会社なのだろう。ということは二人は会社員ことか。 
男と女はその一室で向き合っている。 
「今日の夜……、食事でも一緒にどうかな」 
「えっ」 
どうやら女を食事に誘っているらしい。
おかしい。私の『勘』がこの男がそんなことをする男ではないと告げている。 
それに、さっきの光景を見たら、『勘』なんて働かなくてもこんなことをするはずないと思うに決まっている。 
「昨日なかなかうまい料理を出す店を見つけてね。迷惑かい?」 
「いいえ!ちっとも!!吉良さんから誘ってもらえるなんて思わなくて」 
……吉良だと? 
今、吉良と言ったのか?そんなまさか…… 
何かの聞き間違いに決まっている! 
その思いとは裏腹に、口の中が異様に渇き舌が引っ付く。咽喉も急に渇いてきた。 
「それじゃあ会社の駐車場で待ち合わせしようか。そこから私の車に乗っていこう」 
「はい!」 
そこで再び舞台は暗くなった。そして先ほどと同じようにすぐに明るくなる。 
舞台はまた変わっていた。あまり人気のなさそうなところに男と女を乗せた車が停まっている。 
何故か今度は車の中の様子が手に取るようにわかった。ここからじゃ車の中なんて見えないのに…… 
「今日は食事連れて行ってもらって、ありがとうございます。とてもおいしかったです」 
「いいんだ。僕も君みたいなきれいな人と食事できて楽しかったよ」 
男の言葉に女は可愛らしく頬を染め俯く。 
見れば女は若く、こういったことに初心なようだ。 
「美佳さん…だったね。とてもいい名前だ。趣味は何かな?」 
「えっと、お菓子を作ることが子供の頃から好きなんです。今でも続けてるんですよ」 
「へえ、いい趣味だね。君にぴったりだ。この手でクッキーやケーキなんかを作ったりしているんだろう?」 
男は話しかけながら極自然に女の手を握る。
「あっ」 
女ははっと驚いたように顔を上げ男の顔を見詰める。その顔は真っ赤にりんごのように紅い。 
「本当に、きれいな手だ。なめらかでやわらかく、とても暖かい」 
「あ、あの……、吉良さん?」 
女は困惑したような感じで男に話しける。 
しかし男はそれを無視して女の手を撫で回す。 
「君は会社の中でいつもおとなしいかったね。それも非常に好感が持てる。ギャーギャー自分勝手に騒ぐ女とは雲泥の違いだ」 
「吉良さん?あの、どうかしました?少し様子が……」 
女はもはや困惑ではなく明らかに男を気味悪がっていた。 
そして、間違いなく男のことを吉良といっていた。これは偶然か? 
吉良吉影の夢の中の恐怖劇の主人公が『吉良』だなんて…… 
「本当に、美佳さん…、あなたとは気持ちよく付き合えそうだ。心身ともにお世話してもらいたよ。下のお世話までね……」 
「ひっ!」 
女の顔が恐怖に歪む。 
そして女は、男が握っていた左手だけを残し、爆発し粉々に破壊され塵に消えていった。 
私は叫んだ。わけもわからず叫んだ。なにも認めたくないというように叫んだ。しかし咽喉から叫び声は出ることはなかった。

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