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ゼロのスネイク-9 - (2007/09/17 (月) 01:15:30) のソース

9話


「お前達は・・・なんだ?」 

ルイズが謹慎処分になってから5日目のこと。
事が始まったのはトリスタニアの裏通り。 
表の世界が居心地悪い、ゴロツキや傭兵たちが集まる場所だ。 
そんな場所で――しかも双月が空高く昇る真夜中に、その男は10人近くの傭兵に取り囲まれていた。 

その男は何とも奇妙ないでたちをしていた。 
頭には緑色の目出し帽、そしてそれにはゴーグルのようなものが留められている。 
その身にはマントを纏っていたが、その下の格好は、見たことも聞いたことも無いような、 
実に説明しがたい服装だった。 
こんな妙ちくりんな格好をしてる人間は、いかにハルケギニア広しといえどもこの男ぐらいしかいまい。 

「へっ・・・スッとぼけたツラしてよく言うぜ」 

そして、男を囲む傭兵たちのうち、一人が口を開いた。 

「オメーが来てからだ・・・。オメーが来てから、上客の依頼は全部オメーの方に集まるようになっちまった。 
 メイジ殺しだかなんだか知らねーが、新参者のクセに生意気なんだよ!」 
「そうだそうだ! ちょっぴり俺らより腕が立つからって出しゃばりやがってよォ~~。 
 テメー誰に許可もらってここで傭兵稼業やってんだァーー!?」 
「新参者は俺たち先輩に気ィ使うってのが筋だろーがッ! 
 そんなことにも頭が回らねーほど、テメーは頭脳がマヌケなのかァー!?」 

つまりこの男に仕事を取られてムシャクシャしてた傭兵たちが闇討ちをかけた、という次第だ。 
なんとケツの穴の小さいことだろうか。 
人数で押して、この男を殺す気でいるのだ。 
だがこの傭兵たち、一つだけ大きな間違いを犯していた。 

「それで・・・オレを・・・どうするつもりだ?」 
「へっ、決まってんだろォ~? テメーはここでブッ殺す! 今まで散々ナメてくれた分、タップリと晴らしてやるぜッ!」 
「・・・そうか。そういえば・・・お前ら・・・オレが実際に・・・戦うとこ・・・見たこと・・・あるか?」 
「ハッ、無ぇーよ。だからどーしたッつーんだこの田吾作がッ!」 

そう。 
この傭兵たちは男がどのように戦うのかを見たことがなかったのだ。 
この男と戦った者がどのようにして敗れるのか、どのようにして死ぬのか、それがこの傭兵たちには全く分かっていなかったのだ。 

「そうか・・・それでは・・・理解できないだろうな」 
「ああん? 何がだ」 
「『スタンド使い』でもないお前たちでは・・・これから何が起きるのか・・・決して理解できまい・・・」 
「『スタンド使い』だぁ~? テメーいきなり何言っt」 

ドシュシュシュッ! 

そこまで言った瞬間だった。 
横柄に喋り散らしていた傭兵と、その周りにいた数名が、一瞬にして全身に風穴を開けられた。 
男が「何も無いように見える空間」から放った「何か」が、彼らを貫いたのだ。 
そしてネズミにかじり散らされたチーズのように、蜂の巣のようになったその傭兵たちは、 
棒切れか何かのように、ばったりと頭から倒れた。 
倒れたとき、彼らは彼らの血でできた水溜りで、ばしゃりと音を立てた。 

「ひ、ひぃっ!」 
「て、てて、テメー! い、一体、何をしやがった!」 

面食らったのは死んだ傭兵たちの反対側、男の後ろ側にいた傭兵たちだ。 

「こ、これでもくらいやがれッ!」 

恐怖に駆られ、傭兵たちのうち一人が、男に後ろから斬りかかる。 
だが男は軽くジャンプしてそれをかわす。 
いや、かわすだけでない。 
ジャンプしたままの勢いで、滑るように空中を移動し、蜘蛛のように壁にピタリと取り付いた。 

「い、今の見たか!」 
「あいつ、飛びやがった! め、メイジでもねえってのに!」 
「て、て、テメーまさか、そいつは先住の・・・」 

一人が発した「先住」という言葉に、その場の傭兵たち全員の血が凍る。 
そして、今更になって彼らは気づいた。 
自分たちが、とてつもなく恐ろしい相手に戦いを挑んでしまったことに。 

「に・・・逃げろッ!」 

誰かが言い出したその言葉に、その場の全員が従った。 
そしてすぐさま、路地に逃げ込もうとする。 
しかし―― 

ドシュシュシュシュッ!! 

再び放たれた何かが、逃げようとした残りの傭兵全員を撃ち貫いた。 
傭兵たちは全身から血を吹いて、走っていた勢いのままに地面に転がり、そのまま動かなくなった。 

全てが終わったとき、あたり一面、血の海だった。 

男は周囲に動くものがいなくなったことを確認すると、ペタペタと音を立てながら、蜘蛛のように壁から降りる。 
そして地面に転がっている傭兵たちがそれで全部だったことを確認したところで―― 

「これはこれは、さすがはメイジ殺しとして名高き者。 
 まったく、実に見事な手腕だこと。見ていて惚れ惚れすることこの上ない」 

女の、艶のある声が響いた。 

男はすぐに声のした方向を見やる。 
するとそこには女が一人だけ、ぽつんと立っていた。 

「今さっき殺した輩と・・・お前は・・・関わりがあるのか?」 

男が女に問いかける。 

「半分は、ね」 

そう、女が答えた瞬間―― 

バギギィッ! 

狭い裏通りに、悲鳴のような金属音が響いた。 

「やれやれ、落ち着きなさいな。私は連中の不満を利用しただけ。それ以外は連中の意思。 
 別にこうするように指示したわけじゃあないのよ」 

楽しげに言う女の前には、どこから現れたのか、巨大な盾を構える傭兵らしき男が一人。 
この盾が、さっき男が放った『何か』を防ぎ、弾き飛ばしたのだ。 
しかしそれはいいとしても、これほどの重装備の男がこんな狭い路地に突然現れるようなこと。 
そんなことは・・・不可能だ。 

「じゃあ・・・『半分』・・・というのは?」 

盾を持つ傭兵が突然現れたことと、女の目的に対する二つの警戒心を込めて、男が聞き返す。 

「お前の実力を確かめたかったんだよ。噂だけではどうにも信用に欠ける。 
 やはり、実際に戦うところを見なくては・・・とてもとても、使う気にはならなくて」 
「つまりお前は・・・オレを雇いたいのか?」 

怪訝な様子で、男が言う。 

「話が早くて、こちらも本当に助かる。 
 前金が1000エキュー。成功したらさらに1000エキュー。 
 これで仕事を一つ、受けてもらおうかと思ってね」 

女が提示した金額のぶっ飛び具合に、男は眉をひそめた。 
この男、これまでに貴族から依頼を受ける事は何度もあった。 
依頼の内容は主に暗殺。 
そしてその相手は腕の立つメイジである事がまた主だったが、これほどまでにはずんでくれる依頼人はいなかった。 

何か、裏にある。それも、飛び切り危険な裏話が。 
男はすぐさまそう思った。 
しかし、男にこの話を断る気はさらさら無い。 
自分の能力に自信があった事は勿論、 
自分に対して随分ナメた真似をしてくれたこの女の依頼から逃げるのはいささか癪だったからだ。 

「・・・受けよう」 
「交渉成立ね」 

そういって、女はにやりと笑った。 

「ああ、そういえばお前の名前を調べていなかったのを思い出した。 
 また使うことになるかもしれないし、ここで聞いておいたほうが後々都合がいいだろう。 
 それで、お前の名前は?」 

そう聞かれた男は、 

「ラング・ラングラー」 

そう、答えた。


空高く昇った双月を窓から見上げ、ルイズはため息をついた。
自室謹慎は今日で終わりになるというのに、彼女の心は浮かなかった。
七日前、ルイズ自身がホワイトスネイクに対して言った、「二度と出てこないで」という命令。
それがルイズの心に、未だに引っかかっていたのだ。

あの日の夜に夢に出てきた、過去にホワイトスネイクがした事。
それはきっと本当のこと。
だからホワイトスネイクに対して「卑怯者」といったことは、間違ってはいない。
いや、正しいとか間違いとか、そういうことより先に、自分があの所業を許せない。
そしてホワイトスネイクが以前にした事と同じ事を、以前と同じ感覚ですると言うのなら、そんなのは絶対に認めない。

でも、とルイズは思考を移す。
「二度と出てこないで」と言ったのは、よくなかったかもしれない。

あの時、ホワイトスネイクは何か言おうとしていた。
それは自分も、あの時は分かっていた。
分かっていたからこそ、ホワイトスネイクが何か言い訳をしようとしているように見えてしまった。
そう見えてしまった瞬間、体の芯から熱いものが湧き上がってくるような、そんな気分になって、言ってしまったのだ。
そしてそれを言ったとき、卑怯者といわれても全く表情を変えなかったホワイトスネイクが、
ほんの一瞬、何かしらの感情を顔に浮かべたように見えた。
それがこの七日間、ずっと気にかかっていた。

しかしルイズには、自分の方からホワイトスネイクに「出てきなさい」と命令する気にはなれなかった。
それを言ってしまったら、ホワイトスネイクを許すことになってしまうような気がする。
ホワイトスネイクの方も自分が許されたと思うかもしれない。
それに自分の中で許せないと決めているんだから、それをする気にはなれない。

命令だなんてかこつけて、あんな感情任せのことを言ってしまったのは間違いだったかもしれない。
でも、撤回する気にはなれない。

ルイズは自分の本音と生来の意地っ張りとで、心の中で板挟みになっていた。
自分でどうしたらいいのかが、自分で分からないのだ。
なのに今の自分は謹慎中の身。
いや、謹慎中じゃなかったとしても、今の自分の悩みに答えてくれそうな人はこの学園にはいないだろう。
生徒であっても、教師であっても、正しい答えは期待できない。
例え聞く相手がオスマン氏であったとしても同じだ。
ホワイトスネイクを危険視してるあの人には、むしろホワイトスネイクが出てこない今の状態の方がありがたいだろう。

もしここにちい姉さまがいたなら、ちい姉さまなら、きっと一番いい答えを出してくれたのに。
そう思ったのを最後に、ルイズは悩みを振り払うようにぶんぶんと頭を振るとベッドに潜りこんだ。
起きているとずっと悩んだままになってしまいそうに思えたので、ルイズはぎゅっと目をつむった。
そしてそうしているうちに、だんだんと眠くなってきて、いつの間にかルイズは眠ってしまった。

自分に忍び寄る、大きな危険にも気づかずに。


ホワイトスネイクは考えていた。
これから自分はどうするべきなのか、ということを。

自分の現在の主人たるルイズは、自分にこう命令した。
「二度と出てくるな」と。

ホワイトスネイクにとって主人の命令は絶対である。
それがどんな内容であろうと、どんな結果をもたらすものであろうと、
ホワイトスネイクがそれを気にかける事はなかった。
なかったのだが――このような命令を受けるなどという事は、考えたこともなかった。

ルイズの命令は絶対だ。
だから自分は自分を発現してはならない。
だがそれでは、自分はルイズを守れない。

スタンドの存在意義は「主人の傍に立ち、主人の力となり、主人を守ること」。
プッチ神父とともにあり続けた20年間。
その中で、ホワイトスネイクはそう定義していた。

もちろん、それができないスタンドも存在する。
ドラゴンズ・ドリームはその能力故に主人を守れないし、
[[サバイバー]]は主人を守るどころか主人の傍に立つこともできない。
主人を守れないスタンドも存在するのであれば、
それが出来る自分にとっては、なおさら主人を守ることが存在意義であると考えていた。

しかし、それを否定された。
それも守るべき主人に。
そのときの衝撃たるや、20年間、数多くのスタンド使いとの戦いで直面した超常現象にも勝るものだった。
そしてそのときの絶望たるや、ウェザーに追い詰められ、自分が何も出来なくなって、
その果てにプッチ神父がウェザーに命乞いをしたときよりも深いものだった。
自分が自分であることを否定された事は、それだけ大きかったのだ。

ならば自分はどうするべきなのか。
ルイズを守ろうとするのであれば、ルイズの命令に反することになる。
ルイズの命令に従うのであれば、ルイズを守ることができない。
自分が拠って立つべき二つの事実が、互いに互いを阻害している。

ならば――いっそのこと、ルイズから離反するべきか。
幸いルイズとは、どういうわけかダメージの共有が無いのでそれは可能だ。
だがそれは越えてはならない一線だ。
その選択をする事は、自分で自分の存在意義を叩き潰すも同然。
それ以上に馬鹿なことは無い。

であるならば、自分の過去について謝罪の一つでもするべきなのか?
いや、それはする気にはならない。
あれらの行動は全てプッチ神父の命令でやったことだし、それを自分でしたことについても罪悪感は無い。
スタンドがスタンド使いの意思で動くものである以上、自分のしたことには何も問題は無い。
むしろ道徳だの倫理だのに縛られ、最善の行動を選べないことの方が問題だ。

だが、とホワイトスネイクは考え直す。
それはプッチ神父とともにあったときの話だ。
今の主人は小さな桃髪の少女、ルイズ。
プッチ神父とはまるで逆の思考の持ち主だ。
だとするならば、その主人に合わせるのがスタンドとしてあるべき姿なのではないか?
いや、しかし自分はあくまでもプッチ神父の精神が具現化したもの。
むしろ今の自分が、本来自分があるべき姿なのではないだろうか。
だがそうであったとしても・・・。

結局、ホワイトスネイクも主人のルイズ同様、すごく意地っ張りだった。
それゆえに彼もまた、心の中で板挟みになっていた。

主人に大きな危険が忍び寄っている事など、今のホワイトスネイクには察しようもなかった。


ルイズが眠りにつき、ホワイトスネイクが葛藤していた、その数分後、女子寮の一室。
ほんの少し前まで眠っていた一人の少女が、ぱちりと目を開けた。
そしてむくっと起き上がると、ベッドを降り、
その脇に置いてある、少女の身の丈よりも大きい杖を手に取ると、パジャマ姿のままで部屋を出た。
音も立てずに階段を降り、目当てのドアの前まで来ると、そのドアを軽く二回ノックした。
しかし、中からは応答は無い。
仕方ないのでもう一度、二回ノックする。
すると中からぶつぶつ何かを言う声がして、その後にドアが開いた。

「もぉ~~、誰よ? こんな夜中に・・・」

ドアから出てきたのはキュルケだった。

「・・・って、あら、タバサじゃない。どうしたのよ、一体。それにあなた、まだパジャマのままよ?」

タバサと呼ばれた少女は、表情を変えずに答える。

「変」
「変って・・・何が?」
「分からない。けど・・・」
「何かが・・・来てるって事なの?」
「そう」

ルイズは気づかなかった。
ホワイトスネイクも気づけなかった。
しかしこの青髪の少女――タバサには分かった。
「そいつ」がすぐそこに近づいていることが。


To Be Continued...
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