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ゼロの兄貴-40 - (2008/10/24 (金) 08:19:59) のソース

夏ッ!ムカつかずにいられないッ!この暑さに荒れているクソッ!! 
どこぞの吸血鬼一歩手前の英国貴族のような出だしだが、ここヴァリエール家領地も夏である。 
それだけならまぁどうという事はないが、この前まで科学世界で居た方にはエアコンというものがないこの世界の夏は少々堪えてた。 
魔法学院も夏季休暇があるということでルイズあたりが戻ってくるかもしれんとちと警戒していたのだが、どうやら戻ってはこれなくなったらしい。 
ターゲットであるクロムウェルの事もそれとなく調べてみたが、現在のアルビオンの皇帝という事だけだった。 
「できるなら能力…いや、属性か。そっちも知っておきてーな」 
相手は一般ピーポーではなく、少なくとも魔法を使うメイジだ。 
グレイトフル・デッドの汎用性が恐ろしく低いだけに、対象の属性を知っておくにこした事は無い。 
火ならディ・モールトベネ。土や水ならまだしも、風の場合本体が射程外で遍在を相手にするとなると相性最悪だ。 
水と土も苦手な部類に入るだろうがフーケの件を見る限りそんなに離れて操作する事はできないだろうと見ている。 
氷の事は必要最低限の連中しか知らないだろうから、大丈夫だとは思うしなんとでもなる。 
要は、直すら効かない遍在を持つ風が一番ヤバい。 
己のスタンドの能力と弱点を把握する。スタンド使いにとって必須ともいえる事の一つだ。 
気付かれないように射程に入ればいいのだが 
皇帝と名乗っている以上気付かれずにそこまで接近できるかどうか怪しいものがあるし、どんな魔法があるか分かったもんではないのだ。 
「たく…スタンドより厄介なとこがあんな、魔法ってのはよ」 
もちろん、能力的に突出しているスタンドも十二分に驚異的だが、魔法の汎用性の高さはスタンドの比ではない。 
スタンドなら、大抵は一能力のため能力を見た時に対応策を練れない事もないが、魔法は範囲が広すぎて対応が追いつかない。 
能力者以外に能力を付与するマジックアイテムなどもある以上、行き当たりばったりでどうにかなるものではないと認識させられる事になっていた。 
トリステインの情勢に関しての情報ならある程度流れてくるが、さすがにクロムウェルの事は入ってこない。 
仕方ねーな、と思いつつ仕事をしつつ情報を仕入れていたが…姉さん事件です。

そう…エレオノール姉様ご婚約解消という超一大事が発生したッ! 
なんでも、婚約者のバーガンディ伯爵との間で 
「(解消届けに)印を押させるなァーーーーーー!」 
「いいや、限界だッ!押すねッ!!今だッ!」 

という感じで婚約が解消になったらしい。 
まぁこの元ギャングにとっては非常にどうでもいい事でもあったし、あの性格じゃあそりゃそうだろ。 
という具合だったので特に気にしていないが、周りは戦々恐々といった感じで婚約という言葉はあっという間にタブーとなっていた。 
面はいいのに、性格がアレ。 
なんとなく、どこぞの殺人鬼を彷彿とさせるものがある。 
「このわたしとの婚約を解消するなんて、どうしてなのかしら!…聞いてるの?カトレア!」 
「え、ええ。どうしてでしょうか姉様」 
さすがのカトレアもこの剣幕には押されている。泣く子も黙るとはこの事だろう。 
だが、泣く子すら老化させ無理矢理黙らせるこの元ギャングは遠慮が無かった。 
一応、表の職に就いているからには仕事仲間ができる。 
そして、当然ながらエレオノール様ご婚約解消というネタは、その中で密かに話される事になる。 
「おい…知ってるか?エレオノール様のご婚約が解消されたそうだ」 
「あのバーガンディ伯爵が『もう限界』って言ったらしい…」 
そんな話が使用人達の中で密かに話されているが、えてしてそういう物は本人に聞かれているものである。 
(使用人がそんな口を利くなんてどうしてくれようかしらね!) 
廊下の曲がり角から今にもゴ ゴ ゴ ゴ ゴという音が鳴らんばかりに殺気立っているのは話題の人物エレオノール姉様だ。 
鞭片手に、今にも飛び出さんばかりだったが、それはできなかった。 

「プレストンはなんでだと思う?」 
ちなみにプレストンはポルトガル語で生ハムの意味し、カトレア以外はこれで通してある。 
「オレが知るか。まぁあの性格じゃあな。そりゃ三十路にテンパイ掛かって婚約解消されもすんだろ。自業自得だ」 
「…結構言うな」 
ストレート。そりゃもうド真ん中160キロの直球だ。 
エレオノール姉様、現在リーダー:リゾット・ネエロと同じ28歳。 
この世界において23歳であるロングビルことフーケですら行き遅れと呼ばれているのだ。 
ハッキリ言えば超ヤバイ。 
影で婚約話をされていた事はあったが、あくまで遠慮しがちというか、タブー扱いされていた。 
だが、本人を目にしてではないが、ここまで思いっきり言われたのは初めてだ。 
男勝りな性格のエレオノール姉様とはいえ…いや男勝りだからこそ今まで言われたことの無いストレートな精神的攻撃というのはキツイものである。 

「ふふ…三十路…三十路ね…」 
ルイズが見たら、己が目を疑う事間違いなしのような力ない声でそこからエレオノールが離れていくが 
見る者が見れば再起不能(リタイヤ)という文字が見えていたであろうかという様子だった。 

「エレオノール姉様、元気がなかったけど、何かご存知?」 
「さぁな。婚約解消の事じゃあねーのか?」 
「…そうかしら?それだけじゃないような気がするの」 
第7回『動物達と本を読む会』主催:カトレア 参加者:プロシュート兄貴with動物 
が開催されている中での会話だったが、原因となる本人はエレオノールが居たことを知らないのでこの返答だ。

精神的に大ダメージを受けた者が居るヴァリエール家から離れ、こちらルイズと才人。 
夏季休暇と言う事で、実家に戻る予定だったが、中止になった。 
アンリエッタから身分を隠しての情報収集任務を依頼され、それを受け休暇返上で働く事になったのだが… 
一名様が、『震えるぞハート!燃え尽きるほどヒート!刻むぜ!山吹色の波紋疾走(サンライトイエローオーバードライブ)!』 
と叫ばんばかりに悶えている。 
理由は、何時もの制服とは違う服を着たルイズにあるのだろう。 
「なんで、わたしが軍服なんて着なくちゃならないのよ…」 
「バカ言うなッ!確かにこっちでは水兵服かもしれませンッ! 
  だがッ!俺の世界ではァーーー女の子はそれを着て学校に通うッ!セーラー服はァァァアア世界一ィィィィイイイイ」 
ビシッ!とポーズを決めているが、常人が見ればドン引きである。 
興奮しつつ、水兵服を買ったはいいものの正直持て余していたのだが 
身分を隠しての任務だという事で裁縫が得意なシエスタに至急仕立て直して頂いた。 
ちょっとこわばった表情で、これを渡されたシエスタも引いてはいたが、ルイズの身分を隠すためと言われ納得したようで快く引き受けてくれた。 
それで完成した一品をルイズに渡したのだが、元が軍服であるだけに不満そうだったが、アンリエッタの任務という事で装備している。 

本物。平賀才人の趣味全開だったが、その本物ですら予想の斜め上をいくものが二つあった。 
ルイズが大体何時も着ているニーソックスと桃色がかったブロンドの髪のギャップだけは、この本物も予想外だった。 
「…グッド!」 
親指を立て怪しく呟く。 
今のこの本物なら、屍生人の一匹ぐらい余裕で倒せる。そのぐらいの何かが吹き出ていた。 
ルイズも服そのものには不満そうではあったが、わざわざ買った物を仕立て直してくれた事と、この前の『守る』発言により、まぁ悪い気はしていない。 
そんな感じでトリスタニアに向かう事になったのだが、そのルイズを怪しく見送る一つの影がそこにあった。 
「けけ、けしからんねぇ…まったくおたくけしからんッ!」 
『風上』のマルコリヌル。彼の中で何かが目覚めた瞬間だった。

そんな感じで徒歩で向かうこと二日。トリスタニアに着き手形を現金に変えたりで歩き回っていたが 
貴族とは見られていないが目立っているっちゃあ目立っていた。 
「…余計目立ってる気がするんだけど」 
「当然だ。俺の世界の魅惑の魔法が掛かってる」 
「あんたの世界って魔法無いんじゃなかったっけ?」 
歩きながら腕を組み己が考案したコーディネイトを見て満足気に頷く本物。 
なお、サイズが少し大きめなのも当然この本物の指示だ。 
だが、そんな二人に迫る大きい人影が一つ。 
「あら~~ルイズちゃんじゃないの久しぶりね。そのお洋服も『魅惑』の魔法がかけられてるのね。んん~~トレビア~~ン」 
そのごつい男の声と女言葉に反応した才人が思わず振り向いて息を呑んだ。 
(た…太陽の光の中に…うぉお…なんてこった…い…いけねぇ…!大変な事に…!絶対にまずい!) 
そう…後ろに居たのは、太陽光をバックに『キュィイイイン』という音を出さんばかりに究極生物のようなポージングを決めている人物ッ! 
その輝きに一瞬だが才人も美しいと感じてしまった程だ。 
『究極の生命体(アルティメット・シイング)スカロンの誕生だーーーーーーーー!』 
もう今にも「フン」とか言いそうではあったが、興味深そうに二人を見ている。 
「あ…えと…スカロンさん…」 
「…ルイズ…お前の知り合いなのか?」 
「…うん…ちょっとね…」 
このオカマとルイズが知り合いという事にマジにぶっ飛びかけたが、先代絡みである事を聞いて一応納得した。 
「それでルイズちゃんは、そんな素敵なお洋服を着てなにやってるのかしら? 
  あらやだ!ここで立ち話ってのもなんだし、とりあえずうちの店にいらっしゃい」 
そう言うと、腰を振りながらスカロンが歩く。 
それを見て、さっき見た美しさを幻覚かなにかだと自分に言い聞かせながら付いていくのだがルイズはあまり乗り気ではない。 
が、馬を使わずに歩きでこのクソ暑い中歩いてやってきたのだ。 
乗り気以前に休みたいと言う事で体は勝手にスカロンと同じ方向に歩き出していた。

首都の通りを歩くフードとマントで姿形を隠して彷徨うように歩く一つの人影。 
その正体はご存知エレオノール姉様だ。 
珍しくと言うか、ここに来て人生初めて本気で凹んでいる。 
休日に特にトリスタニアに用があるわけではなかったが、まぁその、なんだ。 
歩きたかったというか、しばらく婚約という言葉すら聞きたくなかったのでふらついている。 
今のとこ実家にも戻る気にはなれないでいたので、現状この有様だ。 
要は荒れているのである。 
そんな感じで通りを彷徨っていると、ごついオカマの後を歩くルイズを見つけた。 
「ちびルイズじゃない。あの子ったら何やってるのよ」 
ルイズを見付けたら見付けたで、何だか無性にムカついてきた。 
病弱なカトレアに当たる事もできなかったし、あの場であの使用人に当たると余計傷口広げそうだったので凹むだけだったのだが 
ルイズという格好の標的を見付けた。まぁ早い話八つ当たりだ。 

それで後を追ったのだが、入っていた所は宿屋兼酒場の『魅惑の妖精亭』である。 
もちろん、主な客層は平民であり、貴族も来るっちゃあ来るが、大衆Lvの物件だ。 
「名門ラ・ヴァリエール家の三女が、あんな場所に入っていって…ホントにあの子は…何考えてるのかしら」 
半分呆れ、半分怒りが混じった声だが、とりあえずどうしたもんかと悩む。 
ルイズ以上にプライドが高いこのエレオノールにとって、この手の場所に進んで入りたいものではないからだ。 

「ちびルイズ…ただじゃあおきませんからね」 
小一時間ほど迷っていたが、ルイズをつねりあげるという感情が勝利し、どうやら中に入る事にしたようだ。 
「いらっしゃいませ~~~あら!こちらおはつ?わたしは店長のスカロン。 
   まあ綺麗!なんてトレビアン!店の女の子がかすんじゃうわ!今日は是非とも楽しんでくださいまし!」 
対応してきたのはピッチリとした革のスーツのキモい店長だったが、最後の方で褒められたっぽい事は分かったので良しとしておく。 
「さっき、ここに入っていった桃色の髪の子を呼んでくださる?」 
「あら!さっそくのご氏名?ただ今お呼びいたしますのでこちらのお席にどうぞ」

席に案内され店内の様子を見回すが、一般的に見てもきわどいというLvの服装の女の子達が働いている。 
まさかとは思ったが、しばらくしているとその予感が的中する事になる。 
「……ご、ご指名、ありがとうございます」 
初指名という事で、ひきつった笑顔を必死に見せやってきたのは白いキャミソールを着込んだルイズだ。 
生涯初の接客という事で、この有様なのだが、肝心の客はフードを被り何も言わず何か妙なオーラを出していた。 
注文を聞こうと近付いた時、思いっきり手を掴まれた時は流石のルイズも血の気が引いた。 
「げげげ、下郎!あああ、あんたわたしを誰だと思ってんの?」 
その迫力は本来なら相手はたじろいでもいいものだったが…生憎相手が悪かった。 
「誰…?誰ですって?いいでしょう教えて差し上げますわ」 
ルイズが放ったものより数段上の迫力があり、なにより思いっきり聞いた事のある声に逆にルイズがたじろいだ。 
「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール…誇り高きラ・ヴァリーエル家の三女… 
  それがこんなところで…なにやってるのかしら…?ちびルイズーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」 
「あいだ!ほわだ!でえざば(姉様)!どぼじでごんばどごろに(どうしてこんな所に)!」 
「どうして?それはこっちが聞きたいわ!おちび!」 
「ほでにば!ほでにばわげが~~~!(これには!これにはわけが~~~!)」 
眉を吊り上げてルイズの頬をつねりあげる。叫んだのは『ちびルイズ』のくだりからだったがさすがに何事かとスカロンが飛び出てきた。 
「あらあらあらあらぁ~~~お客様、うちの店はそういうプレイは」 
プレイ云々以前の問題なのだが、当然それで収まるエレオノール姉様ではない。 
もちろん、事を荒立てて『ラ・ヴァリエール公爵家の三女』が 
こんなとこで一時といえど働いていたなどという事を知られるわけにはいかないので奥で話を付ける事になった。

「似てると思ってたけどルイズちゃんのお姉さんだったのねぇ。姉妹揃ってトレビア~~~ンだわ」 
身をくねらせるスカロンをシカトしてエレオノールの説教会が隅っこで開催されている。 
「で?こんなところで『ルイズちゃん』は帰郷もせずに何をやってるの?」 
口調こそ穏やかだが、迫力はものっそい。ある意味一番怖い問われ方だ。 
「あ、あう…姫様から直々に任務を受けて…だから身分を隠しているんです…」 
「姫様?…陛下の事ね」 
任務内容も秘密にしておきたいとこだったが、何も言わないで居ると余計悪化しそうってか悪化するので正直に言う事にした。 
スカロンに関しては、前着た時に貴族だと知られていたのだが、気にしないしバラしもしないと言う事だ。 
まだ疑っているようだったエレオノールにアンリエッタの許可証を見せると、ようやくルイズがアンリエッタ直属の女官であるという事を認めたようだ。 
だが、いかに勅命とはいえラ・ヴァリエール家の娘が、こんな場所で働くという事は認められない。 
まして『烈風』カリンが知ったら、この辺り周辺『カッター・トルネード』である。 
「ちびルイズ。その任務は他の者に任せて、あなたはラ・ヴァリエールの領地に戻りなさい」 
「いくら姉様でも、それは聞けないわ。陛下はわたしを必要としてくれているの。だから、今は戻れないの!」 
その態度にエレオノールが驚いた。ルイズがこう逆らってくる事など、これが初めてだからだ。 

ちなみにアンリエッタから出された手形で変えた金貨は結構あり 
わざわざ働かなくとも、情報は集められただろうが、やはり生の情報は直接関わった方が手に入りやすい。 
服装は恥ずかしかったが、任務のためということでこらえている。 
宿の質についてはちとアレだったが、安物の宿じゃよく眠れないなどと言えば 
先代なら『この腑抜け野朗がッ!』と言われ説教されるだろうと思い諦めていた。 
なんだかんだでそれなりに成長はしているようである。

もちろんエレオノールはそんなこと知ったこっちゃあない。 
そこで、ルイズが話題を変えようとある事を言ったのだが…当然タブーのアレだ 
「そ、そういえば姉様。ご婚約おめでとうございます」 
瞬間、グィィっとつねりあげられる。痛そうってか痛い。 
「ふみゃ!いだい!あう!」 
「婚約は解消よ!か・い・し・ょ・う!」 
「な、なにゆえにっ!」 
「さあ?バーガンディ伯爵様に聞いて頂戴!なんでも『いいや、限界だッ!』だそうよ!とにかく!あなたは領地に戻ってなさい!」 
空気の読めないルイズのおかげで、見事に本来の目的を思い出しルイズをさらに強くつねりあげる。 

しかし、元ギャングにより多少なりとも成長したルイズだ。ただ黙ってつねられているだけではない。 
「ふぇ…で、でも、もう昔のわたしじゃないの!絶対に戻らないんだから!」 
「…ルイズ、あなた自分が何を言ってるのか分かってるの?」 
「わたしだって、もう姉様につねられてるだけじゃないの!姉様だって、そんなだから…こ、婚約を解消されるんだわ」 
最後の方は小声だったが、しっかりとエレオノールの耳に届く。 
普通ならさらに怒りを呼ぶのだが、この前ストレートに言われていた事があるだけに、ものっそい効いた。 
『かはぁ』と息が漏れ一気に凹む。それはもう普段からだと考えられない程に。 
「ね…姉様…?」 
言ったほうもこれには予想外で、ちょっと慌てている。 
だが、少しするとゆっくりとエレオノールが顔を上げた。 
「フゥ~~~…」 
顔を上げながら、ゆっくりと息を吐くエレオノールを見て、ルイズがマジにヤバイと感じた。 
こう、10年ぐらい修羅場をくぐり抜けたかのような目をしている。 
(こ、この目は!あの時のプロシュートの目と同じ!) 
殺る気だ。姉様は本気で殺りに来る気だと感じ取り後悔した。

「んんんん~~~!ダメね~~~!そんな怒った顔してちゃダメ!せっかくのトレビアンが台無しよ?スマイルが大事。ス・マ・イ・ル!」 
そこにズイィィっと二人の間に割り込むのはご存知スカロン。 
ルイズの目には天使に映った程のナイスなタイミングだ。 
身をくねらせながらエレオノールに向き直り、二人がぶっ飛とぶ事を言った。 
「せっかくだから、この際あたなもお店のお仕事体験してみない?ここで素敵な笑顔を身に付ければもっと輝くわよ」 
あのエレオノール姉様が?有り得ない。聞いた瞬間ルイズが思った事がこれだ。 
それは本人も同じで0.5秒で否定している。 
「あら、残念ね。あなたになら、うちの服がとっても似合うと思ってたんだけど」 
似合う。そう聞いてルイズが少し想像して、見てみたいと思い、試しに少し挑発してみる事にした。 
「姉様『には』、笑顔なんて『無理』ですもの。たぶん、バーガンディ伯爵様もそれで…」 
「なな、なんですってぇ~~~~!」 
こうなってくると意地と意地の張り合いである。 
両者とも似たタイプだけにそれは余計加速する事になった。 


「あまり来たくはないんだが…情報源としては、ここが最適だからな…」 
わざわざ、カトレアに用意して貰った竜が馬の変わりをしている馬車を使って来たのだが、来たくないと思う原因は、やはり精神的ダメージ元のスカロンだろう。 
バレるという心配は一切していない。よもや老人に近い男が、同一人物だと思うやつは居ないはずだ。 
こういう事に関しては結構応用が利く能力である。 
一応フードも被っているのでこれで正体を見破れるやつは、余程の捻くれ者か何かだろう。 
店に入ると、スカロンに応対されたが、やはりバレた気配は無い。 
とりあえず、適当なやつに一杯奢ってなんか聞くかと周りを見渡すと思わず吹いた。 
「……なにやってんだよあいつは」 
何故かは知らんがルイズが働いている。老化した姿を知られているだけにちと計算外だ。 
なるべく目深にフードを被り顔を隠すが、さらにアレなモノを見る事になる。 
「……おったまげたな。マジでどうなってやがんだよここは」 
元ギャングも月までぶっ飛びそうになる。それもそのはず、エレオノール姉様もそこに居た。 
ルイズよりひきつった顔をしているが間違いなく本人だろう。

「しかし…なってねーな、ありゃあ」 
しばらく二人を観察していたが、ここで働きトップエースの名を得ていた者から見れば、接客応対ほぼ全てが不可である。 
辛うじてルイズは客とトラブルを起こす一歩手前で踏みとどまっているようだったが 
エレオノールに至っては、なんかもう色々と説教したい。 
客の一人にワインを頭からかけた時なぞマジに出て行こうかと思った程に。 
まぁ酔って手ぇ出そうとした客も悪いのだがいきなりあれは減点だ。 
少しばかり騒ぎになりかけたが、そこは歴戦の店長スカロン。すっ飛んできてフォローを始めている。 
逆に客が可哀想になるぐらいのアレだったが。 
隅っこで見学を言い渡されたエレノールだが、キレないのは生意気にも『ちびルイズ』が挑発してきたせいだろう。 
ルイズはアンリエッタ直々の任務を成し遂げたいという意地。エレオノールはルイズに、ああも言われて黙ってられるかという意地。 
要は、一日限りの姉妹同士の意地と意地のぶつかり合いだ。 

正直、よくやんな。と思い、つまみをかじりながら見ていたが、厨房にも知った顔を見付けた。 
「オレの行く先、勢揃いってわけか?スタンド使いでもあるまいしよ」 
これでキュルケとタバサも居たら、マジにスタンド使いとメイジは引かれ合うという新しい法則を作りそうになるとこだ。 
視線の先にはマンモーニこと才人が店の刺繍の入ったエプロンを付け慣れない手付きで皿を洗っていた。 

「ちょっと!お皿が無いじゃないのよ!」 
「す、すいません!ただいま!」 
「あ~もう、かしてごらん。布で両面を挟んでグィィっと磨くのよ」 
怒鳴っている方にも見覚えはある。信じがたい事だが、スカロンの娘ことジェシカだ。 
正直、これも聞いた時ベイビィ・フェイスが欲しいと思った。 
そうこうしていると、皿が一枚割れる音が厨房から聞こえる。 
「あー!なに割ってるのよ!」 
「娘?あの店長の?」 
「そうよ。ほら、しゃべってるだけじゃなく手も動かす!」 
どうやら、向こうも同じ思いに到達したようである。

「ねえねえ、ルイズとどんな関係なの?貴族なんでしょ?あの娘」 
「首突っ込まない方がいいぞ」 
なるべく低い声で言うが好奇心の塊のジェシカさんには通用しない。 
「んーじゃあ変わりにもう一つ。兄さんとはどんな関係?」 
「…兄さん?誰?」 
「プロシュート兄さんよ。結構前に金が必要だから働かせてくれって、来たのよ」 
「あいつもここで?」 
「うん。最初は、あんたと同じ皿洗いとか、酔ってどうしようもなかったお客の相手やってたけど、妙に手馴れた手付きだったし 
  猫の手も借りたいぐらい忙しかったから給仕してもらったんだけど、兄さんが給仕してから女のお客さんがすっごく増えたのよ」 
マジですか。どんだけー。と思ったようで、半分唖然としながら聞いている。 
「チップレースだって、あのまま辞めなかったら歴代最高記録だしてたわね」 
半分ぐらいは叩き出した酔っ払いが置いていったものだが、まぁ気にしない。 
「兄さんは貴族なんかじゃなかったけど、ルイズや一緒に来てた二人とも知り合いだったみたいだし…どうなの?」 
「…知らねぇ」 
「…ホントに?」 
「知らねぇって」 
「ホントにホント?」 
ズィィっと身を乗り出し、才人に顔と胸を近づける。 
胸元が開いているワンンピースなので才人の視線は、当然というべきかそこに釘付けとなっていた。 

また貴様はアレか。そんなリンゴみたいな大きいのが好きか。 
横目で厨房を見たルイズが見たものは、ジェシカの胸に視線を完全ロックオンしている犬の姿である。 
そういえば、キュルケを筆頭に、あろうことか姫様の胸も観察してたかもしれない。 
そう思うと、ルイズの髪がラブ・デラックスの如く逆巻いた。 
こちとら、我慢してやってるのに犬は一体なにをやってるのかと。 
兄さんことプロシュートだって、汚れ仕事やらされてきたんだから、わたしだって頑張ってみる。って事でやってたのだが 
顔を弛緩させ、胸の谷間をガン見している才人を見て何かがキレた。

「あのヤロー、なにやらかす気だ」 
下手に動けないので観察だけに止めていたのだが、明らかにキレたルイズが厨房に入っていくのを見た。 
ありゃ長くねーな。と思い、視線を外したのだが、扉が開き新しい客の一団が入ってきた。 
ポルポを2~3周り程小さくしたような大きさで、額に薄くなった髪をのっぺりと貼り付けさせている。 
正直、まだコルベールの方が潔い。 
見たところ、下級ながら全員貴族のようだった。 
「これはこれは、チュレンヌ様。ようこそ『魅惑の妖精亭』へ…」 
貴族の一団が入ってきた事に店が静まり返り、あのスカロンがもみ手をせんばかりの勢いで、それに近付いていく。 
「ふむ。おっほん!店は流行っているようだな?店長」 
「いえいえ…とんでもない!今日はたまたまと申すもので…」 
「なに、今日は仕事ではなく客としてやってきたのだ。そのような言い訳などせんでもいい」 
「お言葉ですがチュレンヌ様、本日はこのように、満席となっておりまして…」 
「わたしにはそうは見えないが?」 
それと同時に取り巻きの貴族が一斉に杖を抜くと、それに怯えたほとんどの客は酔いが醒め、一目散に入り口から消えてしまった。 
残っているのは完全に潰れている客と、隅の方に居る数人だろう。 
もちろん、プロシュートも残っている。さすがに、全員出るようなら目立つので出るかと思ったが。 
「ふん、まあいい」 
腹をゆらしながら、空いた真ん中の席に着くと、誰も来ない事にイラついたのか店に難癖を付け始めた。 
「おや!だいぶこの店は儲かっているようだな!このワインはゴーニュのものだし 
   そこの娘の着ている服はガリアの仕立てだ!どうやら今年の課税率を見直さねばならないようだな!」 
取り巻きの貴族もそれに同意している中、厨房の中の三人が何者かと尋ねている。 
「この辺の徴税官を勤めているチュレンヌっていって、管轄区のお店にきてはたかってくるの。 
  嫌なやつなんだけど機嫌を損ねたら、とんでもない税金をかけられてお店が潰れちゃうから、みんな言う事聞いてるの」 
「トリステインの貴族の風上にもおけないわね…!」 
プルプルとルイズが震えている。誇り高きラ・ヴァリエール家三女としては、ああいう手合いは許せないらしい。

「女王陛下の徴税官に酌をする娘はおらんのか!この店はそれが売りなんじゃないのかね!」 
チュレンヌが喚くが誰も寄ろうとはしない。 
「触るだけ触ってチップ一枚よこさないあんたに、誰が酌なんか。兄さんなら追い出してくれてるんだけどなぁ」 
そこんとこ流石に無理とは思っているが、居ないからこそ、そう愚痴りたくなるものである。 
ジェシカがそう呟くと、ルイズが出ていこうとする。あんなのが名前だけとはいえ、アンリエッタの名を騙っているという事が我慢ならんようだ。 
だが、それより先にチェレンヌに近付く影が一つ。 
「ね、姉様…!?」 
エレオノールがワインが乗ったお盆を持って近付いている。 
顔は微笑んでいるが、こめかみの方がピクピク動いている。 
アレは確実にキレている証拠だ。 
「なんだ?お前は?」 
何も答えずにチュレンヌの前にワインを置く。 
あくまで表面上は微笑を浮かべているのでキレている様子に気付いた様子は無い。 
「なんだ、胸は小さいが…中々の美人ではないか。どれ、このチュレンヌ様が大きさを確かめてやろうじゃないか」 
プッツン 
止めの一撃。チュレンヌ自ら断頭台(ギロチン)の綱を断ち切った。 
「こぉのトリステイン貴族の面汚しがァーーーーーーー!!」 
テーブルに置いたばかりのワインを手に取ると、それをチュレンヌの頭に思いっきり叩き付けたッ! 
「な、何をする貴様!」 
周りの貴族が一斉に杖を抜くが、当然そんな事でひるむ人ではない。 
「まったく…女王陛下の徴税官たる者が、その権威を笠に平民からたかるなどと言語道断ッ!」 
ビシィッ!と腰に手を当て、仁王立ちで宣言する。 
その雰囲気に気圧されそうになるが、ただの平民と思っている貴族達は杖を構えている。

「姉様!」 
「ちびルイズは引っ込んでなさい!」 
エレオノールの前にルイズが出るが、それを引っ込めようとしている。 
もちろん、そんな隙を見逃さなかった貴族達が杖を振り上げたが、それより早く貴族達にワインの瓶が数本投げつけられた。 
「……いい加減にしろ」 
「サイト…」 
エレオノールは『誰?』という感じだったが、それを投げたのは厨房から出てきた才人だ。 
「き、貴様…よくも貴族に向けて…!」 
「貴族?俺の目にはおっさん達は貴族として映ってねぇよ」 
こいつは精神的にも貴族だッ!というわけではないが、少なくともチェレンヌを貴族として扱うなどできはしないのだ。 
「こ、この者達を捕らえろ!死刑だ!死刑にしてやる!」 
「誰が誰を捕まえるって?あいにく俺は、幸か不幸か伝説の力なんていうもんをもらっちまった…」 
そううそぶき、背中に手を回すが、皿洗いしてた身、当然デルフリンガーは無い。 
「ヤッベ…!邪魔だったから伝説を部屋に置いてきちまった…」 
「こいつと、洗濯板娘『達』を捕まえろ!」 
チュレンヌと取り巻きの貴族が杖を振りかぶる。 
「タ、タンマ!」 
もちろん、それで止まらない。 
チュレンヌだけ、別の魔法のようで一足先に才人に向け杖を振り下ろそうとした。 

「にゃ、にゃにぃ!」 
数本歯が折れて、言葉が少しままならないチュレンヌが詠唱を終え、杖を振り下ろしたのだが、腕は何かに掴まれたように動かないでいる。 
腕が動かない原因が分かっている者は、この場でただ一人。 
「グレイトフル・デッド…なんで、オレが一々ケツ拭かなけりゃあなんねーんだよ」 
そうは言うが、チーム一面倒見がいいこの元ギャング。しっかりフォローはしている。 
近距離型ではあるが、腕を伸ばせばそれなりに射程はある。鍛えられていない人間の腕を止めるにはそれでも十分だ。

続いて、小型のロープが竜巻のように現れ、才人を包み込もうとしたが、その瞬間閃光が起きて貴族達を吹っ飛ばした。 
その閃光が収まるとテーブルの上に仁王立ちになっているのは、ルイズだ。 
『エクスプロージョン』が見事に炸裂したのである。 
貴族達は入り口近くまで吹っ飛び慌てているが、エレオノールは慣れているようで同じく仁王立ちだ。 
どうやら、未だに失敗による『爆発』だと思っているらしい。 
「洗濯板は…ないんじゃない…?なんでそこまで言われなくちゃならないのよ。あろうことか姉様にまで」 
10年間修羅場をくぐり抜けてきたスゴ味と冷静さを感じる目が貴族達をビビらせていたッ! 
逃げ出そうとしているが、それよりもルイズが杖を振る方が早い。 
入り口の前の地面が『エクスプロージョン』で消し飛び、大きな穴ができ、そこに貴族達が落ちていった。 
「な、何者?あなた様達は何者で!どこの高名な使い手のお武家様で!?」 
穴に落ちたチェレンヌを、養豚場の豚を見るような目付きでルイズとエレオノールが睨んできたので、そう尋ねた。 
ものっそいプレッシャーである。 
そして、そのままアンリエッタの許可証を無言で見せ付ける。 
「へへ、陛下の許可証!?」 
「わたしは女王陛下の女官で、由緒正しい家柄を誇るやんごとない家系の三女よ。この方はわたしの姉様。あんたみたいな木っ端役人に名乗る名なんてないわ」 
「しし、失礼しましたァ!ど、どうかそれで命だけは!お願いでございます!」 
チェレンヌが平伏し財布を差し出すと他の貴族もそれに習い、同じようにする。 
涙目のルカも見習いたくなるような上納させっぷりである。

「今日見た事、聞いた事、全部忘れなさい。じゃないと命がいくつあっても足りないわよ」 
「はいっ!誓って!誰にも口外いたしません!」 
もんどりうって逃げていくチェレンヌを見送り、姉妹が颯爽と店の中に戻ると、スカロンを初めとした店の娘たちや、残っていた客から拍手が襲った。 
だが、その中にフードを被った怪しい客は居ない。 
「凄いわ!ルイズちゃん!お姉さんもかっこよかったわぁ~」 
「あの徴税官の顔ったらねぇぜ!」 
「胸がすっとしたわ!最高!」 
客からはチップが飛び交い、スカロンやジェシカ、店の娘達がルイズとエレオノールを取り巻く。 
だが、我に返ったルイズは、恥ずかしげに俯むいている。 
「あ、あの…姉様…ごめんなさい…」 
「ちびルイズ!」 
「は、はひぃ!」 
まず間違いなくつねられる。そう思って反射的に返事したのだが、次のエレオノールの言葉は予想外だった。 
「帰るわ。任務を受けたのなら最後までしっかりやりなさい!」 
「え…それって」 
「父様と母様には、わたしからは言わないであげるけど、バレたら自分でなんとかなさい」 
「あ、ありがとうございます!姉様ぁ~~~」 
プロシュート兄貴とエレオノール姉様、やはりこのあたり同じタイプである。

「ふぁ…」 
軽く欠伸をして、元の服に着替えたエレオノールが通りを歩く。 
アカデミーの仕事がある。戻る時間も考えれば今日は徹夜かと思いながら帰路につこうとしたのだが、声をかけられた。 
「乗っていかれますか?お嬢様」 
「確か、プレストンとか言ってたわね…丁度いいわ。使用人風情が、このわたくしに、あんな無礼な事を言ったんですから覚悟はできて?」 
「ああ、聞いてたのか。悪い」 
エレオノールがそう言うと、口調が何時ものようにになる。 
明らかに雇った方の人間に言う言葉ではないが、さっきの件で色々ムカついているエレオノールは気にした様子は無い。 
「言いたい事はそれだけのようね?」 
ぶっちゃけ言うと、洗濯板と言われた分も加算されている。 
チェレンヌに報いを受けさせるつもりだったが、ルイズに先を越されたので鬱憤が溜まっているのだ。 
お美事なまでの八つ当たりである。 
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ 
とスタンド使い同士の戦いが始まるかの如く空気が震えたが、戦いは起こらなかった。 
「中々似合ってたぜ?『妖精さん』はよォ」 
軽い含み笑いで、何気なくそう言ったが、エレオノールは『かうはぁ!』と息を吐いてその場に崩れ落ちた。 
「み…見られていた…このエレオノール・アルベルティーヌ・ル・ブラン・ド・ラ・ブロワ・ド・ラ・ヴァリエールのあんな姿を使用人に…」 
「心配すんな。誰にも…クク…言わねーからよ」 
一応公言する気はないと言ってはおいたが、聞いちゃいないようで顔を真っ赤にして崩れている。 
多分、この先二度とお目にかかれないであろう姿だ。 
よろよろと立ち上がり後ろの馬車に乗ったが、魂が完全に抜けているようで、ただ指でアカデミーの方角を指差すだけだ。 
この日、エレオノールの頭の上がらない人物リストに『ラ・ヴァリエール公爵』『烈風カリン』に続き『プロシュート兄貴』の名が加えられる事になった。 

エレオノール姉様―精神的にしばらく再起不能 
プロシュート兄貴―燃え尽きたエレオノールを運ぶと、この後寝た。ちなみに、代金は払っていない。食い逃げである。

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