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仮面のルイズ-42 - (2009/12/07 (月) 01:38:41) のソース

サー・ヘンリー・ボーウッドは、自らが艦長を務めるアルビオンの旗艦「レキシントン」の弱点を知っていた。 

ついこの間の艤装作業で、この戦艦の内部構造は数カ所の弱点を生み出してしまった。 
『ロイヤル・ソヴリン』と呼ばれていた頃、この戦艦まさに無敵だと言えたのだが、新式の大砲を積み込み、砲弾、炸薬の収納庫を拡張したせいで、この戦艦は内部破壊に弱くなってしまった。 
強くなったのは外に向けられた武装だけなのだ。 

ニューカッスル城から脱出したという噂の『騎士』『鉄仮面』。 
レキシントンに侵入したのがその『騎士』だとしたら、もしそれが噂通りの力を持っているとしたら、この戦艦はあと何分持つだろうか。 
アルビオンの誇る竜騎兵を失った今、レキシントンの内部を守るメイジの数は限られていた。 

そこに伝令の一人が飛び込んできた、伝令は息を切らせながら、悲鳴のような声で報告をした。 
「『騎士』は、風石を狙っております!」 



「KUAAAAAAAA!!」 
ドカン!と、爆発音のような音を立て、火薬庫の扉が吹き飛ばされる。 
ルイズが体当たりで扉ををぶち破ったのだ。 
手当たり次第に壁をぶち壊し、扉を破壊しつつ、ルイズはウェールズから教わった風石庫の場所へと突き進んでいた。 

風石の納められている部屋は火薬庫と同じぐらい丈夫な隔壁に包まれていた。 
だが、吸血鬼の腕力で振るわれたデルフリンガーの前ではほぼ無意味、鉄の扉や壁がバターのように切り裂かれる姿を見て、レキシントンの乗組員達は戦慄した。 

駆けつけてきたメイジ達が、背後からルイズに魔法を繰り出す。 
だが、ルイズは自身に飛来する水、風、炎の固まりをデルフリンガーで打ち払った。 
熱で溶けかけた鉄の仮面越しに、声を野太く変声させて、ルイズが叫ぶ。 
「死にたくなければ失せろおッ!」 
殺意と視線と怒声に射竦められ、メイジ達は、デルフリンガーの峰で小石を蹴飛ばすようになぎ払われていった。 
「うおあああああああああああああッ!!!!!」 
叫ぶ。 
ルイズは一心不乱に叫び、火薬庫の扉を破壊し、壁を破壊し、大砲の発射台を破壊する。 

アルビオンは木材資源が豊富であった。 
戦艦にも木材が使われるが、固定化などの魔法で保護されており、魔法や火竜のブレスによって燃やされるということはほとんどあり得ない。 
こと戦艦の事情はトリステインもガリアも同じであり、それを知っているからこそ、固定化のかけられた船体を打ち砕けるほどのカノン砲を使った戦闘に頼ることになるのだ。 

今、レキシントンは、石仮面という名の大砲を船内に持ち込まれているのと同じ状態であった。 

一心不乱にデルフリンガーを振るう、レキシントンの内部を破壊するためだけに振るう。 
人間のことは考えない、人間はなるべく殺したくない。 
吸血鬼の腕力でデルフリンガーを操るルイズ、その姿はまさに化け物だった。 
それなのに内心では、人間を狙って殺さぬよう、船内の破壊に意識を集中させている。 
飛び散った破片で人間がちぎれ飛ぶのは、仕方のない巻き添えなのだと自分に言い訳するために、「死にたくなければ去れ」と叫び続けていた。 

「っぶ ぐ」 
不意に何かが躰を貫いた、一瞬、ルイズの動きが止まる。 
床から生えた何十本もの槍が、ルイズの躰を貫いていた、土系統のメイジが練金したものだと容易に想像できる。 
動きの止まったルイズを焼き尽くさんとして火球が襲いかかる。 
だがルイズは躰に突き刺さった槍をものともせずデルフリンガーを振るう、火球はデルフリンガーに吸い込まれて消滅した。
ルイズが動くたびに、槍がルイズの体に穴を空けて肉を裂いていく、心臓や首にも槍が突き刺さり、血があたりにまき散らされた。
だが、その傷は片っ端から再生されていく、体を引き裂かれたアメーバが元の形に戻るように、傷口が塞がっていく。

一人のメイジが叫ぶ。
「ばけも  の!」
叫びきらぬうちにメイジの体は一刀両断された。
「わあああ!」「ひいっ」「あああああああ!!」
ルイズは力づくでデルフリンガーを振るい、船の隔壁ごと人間を破壊していった。


 


アンリエッタとウェールズが空を見上げる。 
ラ・ロシェール上空で停泊していたレキシントンの艦砲射撃が止み、高度が落ちてきたのだ。 
周囲に停泊する戦艦も艦砲射撃が止めている、おそらくレキシントンを巻き添えにするのを恐れているのだろう。 

「お二人をお守りしろ!」「右翼は突撃体制に入れ!」「タルブ方……」 

檄を飛ばす将軍達の声が聞こえなくなる、魔法衛士隊がアンリエッタとウェールズを囲み、筒状の風の障壁を繰り上げているせいだ。 
その中央にはグリフォンにのったアンリエッタとウェールズがいる、二人は杖を掲げ、呪文を詠唱し、周囲に竜巻を巻き起こした。 

この竜巻はただの風ではない、むしろ台風とも呼べるものであった。 
アンリエッタが呪文を唱え、周囲の空気中から集められる限りの水分を集めていく。 
ウェールズがそれに重ねて詠唱し、アンリエッタが集めた水分混じりの空気に竜巻状の動きを与えていった。 

竜ではない、東方の『龍』を思わせる水の竜巻が、二人の周りをうねり始めた。 
アンリエッタの『水』『水』『水』。 
ウェールズの『風』『風』『風』。 

トライアングル同士といえど、魔法を重ね合わせるほど息が合うことはほとんど無い。 
しかし、選ばれし王家の血と、二人の思いがそれを可能にさせている。 
王家のみ許された技術である『ヘクサゴン・スペル』が、今ここに発動していた。 

二人の魔法が互いに干渉しあい、巨大に膨れ上がる、まるで大津波のようなエネルギーを持った竜巻が向きを変えて、居並ぶアルビオンの船を飲み込んでいった。 

荒れ狂う。 
風の力を借りた水滴が、戦艦の窓や隙間へぶつかり、船体をきしませていく。 
何人もの人間が宙を舞って吹き飛ばされていくのが見える。 
時には弾丸のように、時には巨人の腕のように、竜巻が船を破壊していった。 

「これが王家の技か!」 
地上で、誰かが叫ぶのをマザリーニが聞いていた。 
マザリーニの心にも、希望という名の光明が感じられたが、すぐにそれを意識の外へと排除した。 
全軍の指揮を任せられた以上、今やるべき事は決まっている。 
浮かれている将軍達が油断と慢心を抱かぬよう、注意しなければならない。 
もう一つは、『ヘクサゴン・スペル』を使い、魔力を使い尽くした二人をどうやって守るか。 

先王亡き後、一手に政治を引き受けてきたマザリーニ枢機卿。 
そんな彼だからこそ、冷静にこの戦況を見ていられたのかもしれない。 


ヘクサゴン・スペルが艦隊を飲み込む直前、レキシントンから飛び出した影があった。 
レキシントンの砲座を、デルフリンガーで無理矢理広げたルイズが、トリステイン軍の方角とは逆方向に飛び出していたのだ。 
「WWRYYYYYYYY!」 
叫び声をあげつつ、きりもみ状態になって地上へと落下するルイズを、吸血竜が空中でキャッチした。 
ドスン!と音を立てて、吸血竜の背中でキャッチされたが、人間なら五体がバラバラになっていてもおかしくない衝撃だった。 
「グルルル……ゴアッ」 
「く…あんたも酷くやられたわね」 
よろよろと立ち上がりつつ、吸血竜の背中を見たルイズが呟く。 
翼は3枚しか残されておらず、残った翼も穴だらけでボロボロになっている。 
胴体にも穴を穿たれた跡や、切り裂かれた跡が残っている、吸血鬼化した生物でなければ既に死んでいただろう。 

「ワルドはどうしたの?」 
「グルルルル…」 
『遊ばれた、って言ってるぜ』 
デルフリンガーが吸血竜のうめき声を翻訳する。 
「遊ばれた?」 
ワルドの実力は、やはり並大抵ではないと気づき、ルイズは背筋に冷たいものを感じた。 

ヘクサゴン・スペルで、戦艦の錨と、それを繋げていた鎖が吹き飛ばされていく。 
吸血竜はそれを器用にかわしながら、ヘクサゴン・スペルの届かない距離にまで飛んでいった。 
ルイズが後ろを振り向くと、戦艦がいくつも落ちていくのが見えた。 
コントロールを失い斜めになって落ちていくものもあるが、落下速度が遅い。 
風石にまで影響を受けていなかったのか、それともメイジの乗組員が『レビテーション』や『フライ』を用いているのか……。 

(……馬鹿馬鹿しい、戦場で、敵の命を心配してどうするのよ……) 

ルイズは、考えを振り払うように顔を上げた。すると上空に漂う雲の切れ目から、黒い影がこちらへ一直線に向かってくるのが見えた。 

「デルフ!」 
『あいよ!』 
ルイズは慌てながら、その影にデルフリンガーを向けた。 
次の瞬間、デルフリンガーに『エア・ハンマー』がぶち当たった。 
「ワルドッ!」 

上空から飛来した影は、風竜と、それに跨ったワルドだった。 
羽を奪われ、体力を消耗し、飛行能力の衰えた吸血竜では風竜の機動力に敵わない。 
ルイズはデルフリンガーを身構えつつ、腕の中にしまいこんだ杖に意識を向けた。 

「石仮面! 貴様は、貴様はわたしの足かせだッ! 今、ここでッ、それを断ち切ってやる!」 
ワルドが叫びつつ杖を振りかざす、ルイズは自身に降りかかる魔法の刃を警戒し、体勢を低くした。 
『下だ!』 
デルフリンガーが叫ぶと同時に、ルイズの足に吸血竜のたてがみが絡みつき、ルイズの体を固定した。 
「!」 
次の瞬間、翼を畳んだ吸血竜が、長い尾を鞭のように動かして大きく体をうねらせた。 
突然のことに驚きながらも、デルフリンガーを離すまいと必死に耐えるルイズの眼前に、もう一人のワルドが姿を現した。 
「やばっ」 
遍在のワルドが放つエア・スピアーをデルフリンガーで逸らしつつ、自身の体勢を立て直す。 
すかさずルイズはワルドの偏在に、デルフリンガーで斬りかかろうとした。 
「ワルド!」 
ガキン!と音が響く。 
もう一人の遍在が『エア・ニードル』でデルフリンガーを受け止めたのだ。 

「名乗っていなかったかな!私は『閃光』のワルド!貴様の再生能力と腕力は驚嘆に値するが、スピードでは私が上だ!」 

ワルドの言ったことは事実だった、吸血竜が体の内に仕込んだ骨を飛ばしても、長い尾を鞭のように振り回しても、ワルドは風の障壁で防御しつつ風竜を操り回避していく。 
そもそも、ニューカッスルの城で見たワルドの能力が全てだとは限らないのだ。 
軍人として訓練されたスクエアを相手にするのが、どれほど困難なのか、ルイズは身をもって感じていた。 


空中で戦いを繰り広げながら、ちらりとラ・ロシェールの方向を見る。 
既にアンリエッタとウェールズが繰り出したヘクサゴン・スペルは消滅しているが、レキシントンは船体にダメージを受けて高度を著しく下げていた。 
マンティコア隊、グリフォン隊、ドラゴン隊がレキシントンに取り付いているのが見える。 

だが油断はできない、いくつかの戦艦はまだ戦闘を続行しようとして方向を転換している。 
アルビオン軍の地上部隊もある程度は混乱していたが、本陣はまだラ・ロシェールへと攻め込むべく突撃体勢をとっているようだ。 

アンリエッタは無事だろうか? 
ウェールズは無事だろうか? 
アニエスは無事だろうか? 

エア・カッターで脇腹を貫かれ、その傷口にウインド・ブレイクを放たれ、体が上下にちぎれそうになりながらも、考えは止まらない。 
『気を散らしすぎだ!』 
デルフリンガーがルイズを叱責する。 
「…っ ……!!」 
ルイズは返事もせず、ただひたすらワルドとその遍在の猛攻を防いでいた。 
返事をしないわけではない、返事ができないほどに、ワルドが強いのだ。 

「おおあああああッ!」 
ワルドの遍在が雄叫びを上げながら飛来する、慌ててデルフリンガーでなぎ払おうとしたが、それをエア・ニードルで受け止められてしまった。 
そして遍有は、ずぶり、と自身の体にデルフリンガーを突き刺しつつ、エア・ニードルを振りかざしてルイズに迫った。 

エア・ニードルがルイズの左腕を払うと、螺旋状になった魔力の渦が、ルイズの左腕と仮面を巻き込んで破壊する。 
遍在は次の瞬間にかき消えたが…ルイズの体には大きなダメージが残されていた。 


腹部は大きく抉られ、内蔵はいくつか吹き飛ばされ、左腕はほとんど切断され垂れ下がっている。 
血が足りない。 
吸血鬼のボディが限界に近づいていた。 

エア・ニードルで抉られた仮面がゆがみ、視界が塞がれる。 
焼け付いて皮膚に癒着したを仮面を、ベリベリと音を立てて引きはがすと、かろうじて繋がった左腕でそれを投げた。 

「フン!」 
ワルドは軽く杖を振り、風を巻き起こして仮面をはねのけた。 


ケロイド状になった顔が再生されていく、血を失い頬がこけてはいるが、その顔はワルドの記憶にある『ルイズ』の姿に酷似していた。 
仮面の中に封じられていた髪の毛は、戦いの中で染料が落ち、元の桃色がかかったブロンドへと戻っていた。 

「やはりか、石仮面よ! その顔だ、その顔が俺の決意を鈍らせる…!」 
「………」 

ワルドが、風竜の上でルイズを睨み付ける。 
その視線を受けて、ルイズはある策を思いついた。 
「私を見て、裏切りの決意が鈍るとでも言うの!」 
「裏切りの決意か! 何とでも言うがいいさ!」 

「私が婚約者に似ていると言ったわ!裏切るような人が、なぜあの時そんな話をしたのよ!」 
「そうだ!貴様は似すぎている!」 

風竜の上から、ワルドが絞るように叫んだ。 

「私が母の教えに背いたとき母は死んだ! 
 レコン・キスタの誘いを受けたときもルイズが死んだ! 
 もはやトリステインに執着はないと思った時に貴様が現れたのだ! 
 これが始祖ブリミルの導きならば、私が裏切ることを見越して残酷な運命を課したのか!?」 

「ルイズの顔をして俺の前に立ちはだかる貴様こそが、立ち向かうべき運命の象徴だ!跡形もなく消し飛ばしてやるッ!」 


杖の先端がルイズに向けられる。 
ルイズはすかさず鉄製の肩当てを外して、ワルドに投げつけた。 
風の障壁を作り、それを防ごうとしたワルドは、凄まじい勢いで投げられたはずの肩当てが、風の障壁に干渉せず通り抜けたのを見て驚いた。 
「な!?」 
その肩当ては、風竜の体を貫通して、ワルドの背後へと飛んでいく。 
しかし不思議なことに、風竜の体には傷一つ付いていなかっった。 
「幻か!?」 

そして次の瞬間、ワルドの左胸に、どこからか投げられた金属片が衝突した。 
「ぐぶっ」 
ボキボキと嫌な音を立てて、ワルドの体がきしむ。 
衝撃に耐えきれず、跨っていた風竜から体を滑らせて、ワルドの体は地面へと落下していった。 

「GOAAAAAAAAAAA!!」 
目の前に見えているはずの吸血竜とは、別の場所から聞こえてきた雄叫びに、風竜がたじろいだ。 
次の瞬間、眼下に広がる森林と、空の景色が裂け、その隙間から現れた吸血竜が風竜の首に噛みつく。 
ベキベキと不快な音を立てて風竜の首の骨が破壊され、突き立てられた牙から血が奪われる。 

鳴き声一つあげることなく、からからに干からびた風竜が、ワルドの後を追うように地面へと落下していった。 


「げ、ほっ」 
『大丈夫かよ』 
ルイズは吸血竜の上で膝をついた。 
「あっ、足が…た、立てない。ず、頭痛が、する…吐き気も…」 
悪寒に襲われて、ブルブルと体を振るわせるルイズに、吸血竜は風竜から吸い取った血を吹きかけた。 
「あり、がと、う……うう、あ、オエエエエッ!」 
喉の奥からこみ上げてる嘔吐感が、ルイズの全身を振るわせた。 
胃の中に何か残っているわけでもない、それどころか、先ほど細切れに吹き飛ばされた内臓も再生しきってはいない。 
全身を襲う不快感の理由は、先ほど使った『イリュージョン』と、肉体的な疲労の両方だろう。 

さきほど肩当てと一緒に引きちぎったベルトが、胸の前でだらんと垂れる。 
デルフリンガーは、胸当ての隙間からルイズの胸を見る、するとそこには、唇と同じような形の裂け目が作られていた。 
『おでれーたよ、こんな詠唱見たことねえ。無理しすぎだ』 
「あ、っ、あたしだって、できるとおもってなかったわよ」 

ルイズは体組織の再生能力をコントロールして、胸に口をもう一つ作り出したのだ。 
右腕に隠していた杖を、ワルドから見えないように掌に露出させて握りしめる。 
そして相手にわざと顔を見せつつ、もう一つの口でイリュージョンを詠唱。 
翼を何枚も取り込み、異形の竜となった吸血竜からヒントを得たのだが、ルイズにとっては一か八かの賭と同じだった。 

魔法の使いすぎで気絶しそうになりながらも、ルイズはワルドを退けることに成功し、安堵のため息をもらした。 


『おい、ありゃなんだ?』 
どうやって戦線に戻ろうかと考えていると、デルフリンガーが何かに気が付き、声を上げた。 
「…?」 
ルイズが顔を上げると、輸送船と思わしき一隻の船が、ラ・ロシェールに向かっているのが見えた。 
既にレキシントンをはじめとするアルビオンの戦列間は戦闘行動を止め、ラ・ロシェール付近の地面に落ちていたが、その船だけは何かが違った。 

何かが引っかかる。何かが。何かが… 



『上層部からの命令で腑に落ちないことはなかった?』 
『あった』 
『それを答えなさい』 
『しょ、食料を積み込まなかったのが、2隻ある、食料の代わりに火薬と脱出廷を多く積んだ』 




「まずい!」 
デルフリンガーと、吸血竜の鬣を強く握りなおして、ルイズが叫んだ。 
『どうしたよ!』 
「食料を積み込まなかった船は二隻よ!そのうち一つは自作自演で使われた!」 
『じゃあ残る一隻は』 
「あの輸送船よ!」 

吸血竜が必死に羽ばたくが、すでに輸送船は落下を開始していた。 
仮に火の秘薬が積み込まれているとしたら、ラ・ロシェールに衝突した場合ただでは済まない。 
トリステイン軍は、ラ・ロシェールを本陣として布陣しているはずだ、そこに火の秘薬を満載した船が落ちたら…… 

「間に合わない」 
ワルドとの戦いで傷つい吸血竜は、思うように速度を出せず、苦しそうに飛んでいた。 
このままでは間に合わない。 
ここまで来たのに、こんな土壇場でアンリエッタとウェールズを失うわけにはいかない。 
失うわけには、いかないのだ。 


「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンサクサ」 

杖を掲げ、ルイズが詠唱する。 
何よりもルイズの体に合うリズム、懐かしさを感じるリズム。 
ルイズの神経はとぎすまされ、風の音も、何の雑音も聞こえなくなっていった。 

『おい!? おめえの体は……』 

だから、デルフリンガーの声も聞こえない。 

「オス・スーヌ・ウリュ・ル・ラド」 

体の中に生まれてくる力の波は、イリュージョンや忘却の比ではなかった。 

「ベオーズス・ユル・スヴュエル・カノ・オシェラ」 

渦巻く、体の中で波が渦になり、凝縮され、今にも暴れそうになる。。 
力が行き先を求め、今にも暴発しそうな勢いで体の中を荒れ狂う。 

『ジェラ・イサ・ウンジュー・ハガル・ベオークン・イル……』 


ラ・ロシェールへ落ちていく輸送船めがけ、ルイズは杖を振り下ろした。 


アンリエッタは、ウェールズは、マザリーニは、信じられない光景を目の当たりにしていた。 
勝ち戦の雰囲気になり、トリステイン軍の将兵達はうかれていた。 

だが、そこに輸送船が落ちようとしているのを見つけ、トリステイン軍は一時混乱状態に陥りそうになった。 
遠距離ゆえに、またその重量ゆえに、そしてほとんどのメイジが精神力を消費し尽くしていたがために、船を弾くことができなかったのだ。 

ウェールズはルイズからの報告を思い出し、戦慄した。 
二隻の船に積み込まれた火の秘薬、つまりは、自爆を前提にしている船が二隻あったはずなのだ。 
そのうち一隻はトリステイン侵攻の名目を作るために自沈、もう一隻がまさかこんな時に出てくるとは思っていなかった。 
完全に、油断していた。 

だが、絶望に包まれかけたトリステイン軍の上空に、津波のような光の奔流が現れ、すべてを包み込んでいった。 
光が収まった頃、辺りは恐ろしいほどの静寂に包まれていた。 
アンリエッタも、ウェールズも、将兵達もみな呆然と空を見上げていた。 

ラ・ロシェールめがけて落ちようとしていた船が、跡形もなくどこかへと消え去っていたのだから。 

そしてしばらくして、気を取り直した誰かが「トリステイン軍万歳」と叫びはじめた。 
全軍から見れば一滴の水滴でしかなかったその声は、波紋となって広がり、敵味方を全て包み込む。 

後にタルブ戦と呼ばれるこの戦闘は、トリステインの圧倒的な勝利で幕を閉じた。 



一方、その頃… 

「ゴボ グボオオオオオッ」 
ジュウジュウと音がする。 
硫酸でも浴びたかのように体が溶け、骨を露出させた馬が、よろよろと森の中を歩いていた。 
「ブルル…ア………ァ」 
声にならぬ声を上げ、どたん、と音を立てて地面へと横たわる。 
不自然に膨らんだ腹が破け、中から一人の少女が姿を現した。 
艶やかなピンク色の髪の毛が、濡れた肌に張り付き、妖しくも美しい姿だった。 
「…………」 
体の大半が溶けた馬は、残った片目で少女の姿を確認すると、そっと目を閉じた。 
溶けた体がシュウシュウと音を立てて気化し、骨が風化していく。 

それを見ている一人の男がいた。 
グレーの髪の毛と髭をたくわえた精悍な男だが、両足は着地のショックで砕かれ、左腕に着けていた義手も砕けていた。 
這い蹲って少女に近づき、近くに転がっている石を掴む。 
少女の頭ほどもある石を振り上げて、今まさに振り降ろさんとしたとき、少女の目が開かれた。 

少女は夢を見ていた。 
子供の頃、屋敷の庭に作られた小さな池に船を浮かべて、一人でそこに隠れていた。 
いつの間にか小舟には、憧れの子爵様がいて、少女の隣に座っていた。 
母に怒られるたびに、父に怒られるたびに、姉に怒られるたびに、家庭教師に怒られるたびに、少女は憧れの子爵様に助けられていた。 


「……さま」 
少女の呟きが、石を振り下ろそうとしていた手を止めた。 
男は、見当違いの場所に石を投げると、少女の顔をのぞき込んだ。 
「わるどさま」 
少女の手が、ワルドと呼ばれた男の頬に触れる。 

男は、声を上げて泣き崩れた。 


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