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狂信者は諦めない 番外-1 - (2008/02/29 (金) 09:13:04) のソース
思い出すのは、あの懐かしい日々。 大した苦労も無ければ、悩みも大したことは無かった。 あの日、トリステイン魔法学園は上を下への馬鹿騒ぎだった。 神聖なる使い魔召喚の儀式、そこで予想だにしなかった事態が生じたのだ。 まずヴァリエール公爵家が三女、ルイズが女を召喚し、次に道楽者のマリコルヌが男(後に女と分かる)を召喚した。 続いて香水のモンモランシーが女を召喚すると、最後にタバサ、後のガリア女王シャルロット・オルレアンは帽子の大男を召喚した。 これまでに例の無い異常事態に、誰もがなす術を持たなかった。 全てはルイズから始まった。 その場にいた全ての人間が、後にそう言った。 それどころか、トリステインの公式文書にまでそう記されている。 彼女がそれに関して何を思ったかは定かでない。 後世、竜に例えられたほどの烈女もこの時16歳。 余りの出来事に、ただ呆然としていた。 トリステイン史に残る大事件からふた月余り。 学園多少は落ち着きを取り戻していた。 雪風タバサは、今日も本を読んでいた。 傍らには奇妙な格好をした男が一人、同じように本を読んでいる。 男の名は空条承太郎。 タバサは自分が召喚したこの男を、どう評価すれば良いか迷っていた。 見えない力を操る奇妙な使い魔。 人の話を聞いた上で自分の思ったようにする。 確かにフーケの一件では目覚しい働きを見せた。 しかし、あの「ギトーオラオラ事件」と「学園長オラオラ事件」。 あの時は耳を疑ったものだ。 どうもオスマンは徐倫に何かしでかしたらしいが。 しかし、学園長はともかく、ギトーの件は何があったのだろう。 まあ、こうやって本を読ませておけば暴れることも減るだろう。 タバサはそう考える。 それに、多少扱い辛くともそう問題はない。 彼のスタンドとやらは、極めて強力だった。 自分は遠くから、彼は近くから。 必要に応じて間合いを選ぶことも出来る。 仕掛けるタイミングさえ間違わなければ、負けることはあるまい。 己の目的も、存外早く果せるかもしれない。 復讐の予感に胸が躍る。 それに、と学友へ目をやった。 あれよりはマシだ。 ナルシソ・アナスイ。 承太郎も他人の言うことに従わない方だが、[[アナスイ]]はそもそも話を聞いているのかどうか。 おまけに加減というものを知らない。 あの「ワルド分解事件」を思い起こせば―――― と、そこまででタバサは考えるのをやめた。 今はただ、子爵の冥福を祈りたい。 昼食の後の気だるい時間。 キュルケはタバサと承太郎を眺めながら欠伸を漏らしていた。 (親子みたいよねえ) などと考えている。 (わたしとだーりんがいっしょになったら・・・・・・たばさがむすめで・・・・・・じょりーんが・・・・・・もう、だめ、ねむい) 商魂逞しいゲルマニアっ娘のキュルケは、このところ承太郎からいくつもの商売のアイデアを得ていた。 もっとも、それに打ち込み過ぎたせいで睡眠時間は削られる一方。 授業でも常に居眠りしている始末だ。 「はふ、タバサぁ、わたしへやでねてるわぁ。代へんよろしくねぇ」 タバサへ一声掛けて、立ち上がった。 承太郎へ声を掛けるのも忘れない。 「だぁりん、またおはなし、きかせてねぇ~」 ふらつきながら食堂を出て行く。 それをタバサと承太郎が呆れたように見遣った。 「きゅる、きゅる」 食堂を出たキュルケに、使い魔が嬉しそうに近寄った。 サラマンダー。 尾の炎が示す通り、火竜山脈の生まれである。 真に誇るべき、堂々たる使い魔といえよう。 だが、 「なあんか、わたしだけハズレを引いたような・・・・・・」 「きゅる・・・・・・」 「うそよ、うそ」 笑み崩れたキュルケは、使い魔ですら引きつけられるほどに美しい。 悪戯っぽく、子供じみて、しかしこの上なく優しい。 酔っ払ったように歩く主人の後を、フレイムはゆっくり追いかけた。 「アナスイ。・・・ちょっと、アナスイ!」 タバサの同情を受けたモンモランシーは今日もべそをかいていた。 この二月、彼女の使い魔は主をそっちのけでルイズ・ヴァリエールの使い魔にひっついていた。 最初は怒った、それはもう怒った。 しかし、次第に不安になり少し前まではすっかり落ち込んでいた。 無視されているというよりは目に入っていない。 まるで空気のように扱われていた。 それがとても悲しいことなのだということを、モンモランシーは初めて知った。 「ちょっと、アナスイ。 呼んでるわよ」 「ゼロのルイズ」の使い魔がこう言うことで初めて振り向いて貰えるのだ。 自分は一体何なのか。 「ああ、分かってる。 分かってるよ、徐倫」 今日はいつもより一層酷かった。 口ばかりで、顔面は使い魔、徐倫のほうを向いて動かない。 涙が零れそうになってしまう。 「ヘイ、アナスイ! お前いいかげんにしろよ。 この子泣いてんじゃねーか」 「エルメェスぅ・・・・・・」 マリコルヌの使い魔、エルメェスに助け舟を出されるのにも慣れた。 エルメェスは強い。 強いから、優しい。 モンモランシーは涙を拭いた。 彼女が女性だと知ったときは驚いたものだが。 もしも時代が違ったなら、一城一勢の頭領になっていたかもしれない。 そのくらいの器はありそうだった。 「なに騒いでんのよ。煩くてしょうがないわ」 それまでケーキに夢中だったルイズが言った。 視線は承太郎の皿に釘付けになっている。 どうするべきか、はっきりと言うべきか? いやいやそれはない。 食い意地が張っていると見られるのは・・・・・・それは構わない。 しかし、これ以上食べると後で後悔することになるかもしれない。 「ところでさ、父さん。それ、食べないの?」 しまった! この果断さが徐倫の強さだ、ルイズは歯噛みする。 自分は一歩及ばなかった。 承太郎は答えない。 何も言わず、ケーキの皿を滑らせた。 それを自分の前に引き寄せた徐倫は、幸せそうな顔で言った。 「ルイズ、半分食べない?」 「徐倫、愛してるわ」 答えるルイズ。 すでにフォークを構えていた。 「わたしもよ、ルイズ」 笑いを含んだ声は、しかし強烈な反応を呼んだ。 「な、そんな、徐倫!?」 アナスイがうろたえて言った。 こいつ、マジで焦ってやがる。 そう胸の内で毒づきながら、モンモランシーが突然声を上げた。 「そんな、ルイズ。わたしとのことは遊びだったの」 またやってやがる。 エルメェスは欠伸を噛み殺していた。 何が楽しいんだかな、と思っている。 このところ、モンモランシーは随分と打たれ強くなった。 何があっても、楽しみを見つければ一瞬で立ち直る。 「馬鹿ね、そんなはずないでしょ。わたしには貴女だけ・・・・・・」 脳が茹っているような会話。 それを聞きつけて、それまで友人と談笑していたギーシュが割って入った。 「おお、モンモランシー! 女の子同士だなんて、一体君はどうしてしまったんだい!?」 なんと言うべきか、実に芝居臭い。 それに比べて、モンモランシーの演技は巧みだった。 「・・・・・・ごめんなさい、ギーシュ。わたし、わたし、もう・・・・・・」 顔を伏せ、涙すら流してみせる。 この三人は最近、このような小芝居に凝っていた。 ルイズ達だけではない。 学園のそこかしこで、同じような光景が見られた。 三人の所為で。 いや、元を辿れば徐倫に行き着くのかもしれない。 ワルドの裏切り。 ウェールズの死。 落ち込んでいたルイズ達を励まそうと、徐倫ががんばったのが良くなかった。 今では徐倫をそっちのけで、遊んでいることが多い。 なにしろアナスイがこれに必ず引っかかるものだから、日頃の鬱憤が晴れるらしい。 ギーシュもはじめは引っかかっていたのだが、このところはモンモランシーと共に楽しんでいた。 禁断設定の背徳感が良いのだとか。 その一方で、アナスイは不貞腐れていた。 徐倫の膝に顔を埋めながら、慰められている。 ところでこのアナスイ、どうにも迂闊なところがあって、今も徐倫が笑いを噛み殺しているのに気付かない。 承太郎が不愉快そうにしていることに、気付いたものはいなかった。 彼はキュルケとのことを、娘にちくちくとつつかれているのだ。 自分に矛先が向かないよう、気配を殺していた。 さて、ルイズ達が遊んでいるころ、学園の教師達が一堂に会していた。 「ああ、それでは会議を始めるとするかの」 議長を務めるオールド・オスマンが低い声で告げた。 皆うんざりしているのが顔に表れていた。 オスマンも同じ気持だった。 議題は学園の風紀の紊乱について。 生徒達、特に女子生徒が同性間での恋愛に耽っているということだが。 本来ならば一笑してそれっきり、といった議題ではある。 複数の貴族の働きかけがなければ、こんなことにもならなかったろう。 事情はこうだった。 とある生徒、これを仮にLとする。 発端はLともう一人の生徒・・・・・・Mでいいだろう。 この両者が召喚した使い魔が全ての原因だった。 この使い魔達が、同性にも関わらずいちゃいちゃと。 それをみたLとMが、これを真似して遊んでいたのが学園中へ広まってしまった、ということらしい。 まあ、殆どの人間はLやMと同様にふざけているだけのようなのだが、中には本気になってしまった者がいる。 それはどうでもいい。 オスマンは思う。 まあ、確かに好ましいことではないのかもしれないが、目くじらたてることもないだろうに。 問題は余計な告げ口をした人間がいた、ということだ。 そのせいで王城はちょっとした騒ぎだとか。 (このような状況で、暇な奴らよ) 馬鹿馬鹿しい気分は募る一方だった。 一方で、目の前の教師達のことも気に入らなかった。 いつもそうなのだが、盛んに発言するのはコルベールくらいなもので、後の者はみな嫌味か責任逃れくらいしか言わない。 どいつもこいつも、とオスマンは思う。 熱意が足りない。 突然、いつかの承太郎の言葉が蘇った。 「国家にとって、教育というものは割の良い商売のようなものだ。金を掛けただけ、手を掛けただけ利益がある」 国が教育に力を入れる。 育った人材が国を潤す。 そうして得たものを再び教育へ投資し、さらに、さらに。 そうなのだ。 トリステインは小国だ。 だからこそ、少ない人間を鍛え上げ、磨き上げなければならない。 そうしなければ、他国に対抗できない。 これは国家の競争力に関わる問題なのだ。 これまで抱えてきた難問が解けていくような心地だった。 これからは忙しくなるだろう。 これまでの日々が恋しくなるかもしれない。 しかし、彼はもう決めたのだった。 後世、オールド・オスマンは偉大なメイジとして名を残すこととなる。 彼の名を冠した都市が一つ、大学が二つ。 胸像は百を超え、彼を扱った書籍に至っては千を越すだろう。 そんな彼について、必ず語られることが二つある。 一つはその好色さであり、一つは彼が手がけた数々の教育改革だった。