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仮面のルイズ-63 - (2011/05/10 (火) 17:33:58) のソース
「テファ、こっちのお芋はいくつ剥けばいいの?」 「籠の中に入っている芋、全部よ」 「解ったわ」 ルイズ達がウエストウッド村に到着した翌日、ティファニア達の住む孤児院で、ルイズ達がティファニア達の仕事を手伝っていた。 朝、子供達とマチルダは野菜を収穫しに出かけ、ワルドは薪を集めると言って森に入っている。 ルイズはと言うと、孤児院の台所で野菜を刻んでいた。 つい先日まで勤めていた『魅惑の妖精亭』に比べると、かなり小さいが、そこにはティファニアとマチルダの思い出が詰まっていると聞いていた、石畳と釜戸はマチルダがテファに合わせて練金したものらしい。 魅惑の妖精亭で働いていたルイズは、台所が手狭に感じられたが、同時にその小ささに安心感を感じていた。 大きな台所といえば、魔法学院の厨房に一度だけ入ったことがある、吸血鬼になって間もない頃、包帯を貸してくれたシエスタの姿を見かけたので、声をかけに入ったのだ。 適当に挨拶を交わしただけなので、特に何を言ったかは覚えていない。 あの魔法学院の厨房は、今思うととても大きかった、働いている料理人の数もかなりのもの、オールド・オスマンが何処かから引き抜いたという料理長は、料理だけでなく人を使うのも上手かったらしい。 また魅惑の妖精亭の厨房は、注文を受けてから素早く料理を出せるように、保存食の置き場や調味料の置き場に工夫が凝らされていた。 ワルドが『遍在を四人出せるな』と冗談交じりに呟いていたので、あそこは四人程度が理想的な人数だったのだろう。 ここ、ウエストウッド村の孤児院は違う、本当に小さな釜戸と、申し訳程度の棚しか作られていない。 しかし、すべてがティファニアのために作られ、調節されている、この台所から感じられる不思議な安心感は他には無い。 マチルダは、ティファニアと二人で台所に立つつもりだったのだろうか?そう考えると、ルイズの胸に暖かいものが感じられた。 「ごめんなさい、お客さまなのに、手伝って貰っちゃって」 「そんなこと無いわよ、お世話になってるんだから、これぐらい手伝わないと」 ルイズが微笑むと、ティファニアも笑みを返した。 しばらくして芋の皮むきが終わると、ティファニアの指示に従って鍋の中に放り込む。 薪の燃える音と、沸騰した水の音…そして孤児院で暮らす子供の声だけが聞こえてきた。 しばらく火加減を調節していると、不意にティファニアがルイズの側に寄ってきた。 「石仮面さん。…あの、ちょっと聞きたいことがあるの。あんまりこんな事を聞いちゃいけないって、解ってるんだけど」 「どうしたの?」 「アルビオンとトリステインって、戦争してるのよね。 それって、わたしのせい?」 「え」 胸の前で両手を合わせ、申し訳なさそうな瞳でルイズを見るティファニア。 その仕草はとてもいじらしくて、見ているこっちの方が申し訳なくなるような気がした。 「ティファニアのせいじゃないわよ、何でいきなり、そんなことを聞いてきたの?」 「だって、私の魔法、とんでもないものだって石仮面さんが言ってたから……」 ルイズは「ああ」と呟いて納得した、ティファニアはウェールズを除いて唯一、アルビオン王家の血筋を継承する存在であり、しかも伝説とまで言われた虚無の使い手なのだ。 「確かに貴方の魔法は、ハルケギニアでは伝説とまで言われるものだけど、この戦争とは関係ないわよ」 「そうなの?」 「そうよ、………」 むしろ関係があるのは私の方だ、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。 マチルダ達が野菜を取ってから戻ると、それを受け取って調理を続ける、丁度お昼になる頃にワルドが戻り、料理も出来上がった。 昼食は子供達と一緒に食べることになった、ティファニアの誘いをルイズ達が受けたのだが、それは予想以上ににぎやかで、楽しいひとときだった。 15人がテーブルを囲み、野菜と芋を煮込んだスープを食べている中、5歳ぐらいの金髪の少年がお椀を手に持って、テファの顔をじっと見つめ 「テファ姉ちゃん、おかわりしてもいい?」 と、スープのお代わりをねだっていた。 「よく食べるねえ、みんなの分も考えて食べなさいよ」 マチルダがいなすと、ティファニアがあらあらと言葉を続けた。。 「大丈夫。おかわりはまだあるわよ、今日はちょっと沢山食べても大丈夫だからね」 「「「はーい!」」」 木製のお椀を差し出す子供達を見て、ルイズがクスッと笑みを漏らした。 「本当に、にぎやかなのね」 子供達に囲まれた食卓というのも、ルイズにとっては初体験であった、ルイズが貴族のままであれば、こういった食事の機会など一生巡ってこなかったかもしれない。 「騒がしくてごめんなさいね、ほらみんな、ちゃんと行儀よく食べなきゃ駄目よ」 ティファニアがお代わりをよそりつつ、子供達を注意する、その様子を見て今度はマチルダが笑みを零した。 「ティファニアもいつの間にか、一人前だね」 「そんなこと無いわ。私、マチルダ姉さんから教えてくれたテーブルマナーとか、よく覚えてないもの」 「そう?」 「うん」 ティファニアもまた、マチルダに笑みを返している。 きっとこの二人だけの思い出があるのだろう、マチルダの優しい笑みはルイズが初めて見る笑顔だった。 「おじちゃんはお代わりしないの?」 子供の一人がワルドを指さして呟く、するとワルドは子供の指先を見て、右を見て、左を見て、ついに自分に行き当たってしまった。 「…あ、ああ。一杯で十分だよ」 「遠慮しないで食べたらどうだい、おじさん。みんなもそう思うだろ?」 マチルダがニヤニヤと蛇のような笑みを見せ、おじさん、の部分だけ強調する。 それを聞いたワルドは頬をピクピクと痙攣させつつ、無理矢理笑顔を作り出し、子供達に向かってこう言い返した。 「ハ、ハハハ。マチルダおばさんにもスープのおかわりを勧めたらどうだい」 「……!」 不意に、カチャカチャという食器の音が止まった。 子供達は何かを感じ取ったのか、ある者は器をテーブルに置き、ある者はスプーンを口に運んだポーズで止まっている。 おかしな雰囲気に気付いたルイズがマチルダの顔を見ると、口の端はイビツにつり上がって不気味な笑みを見せているのに、目はそれとは正反対に大きく見開かれていた。 ちらり、と横目でティファニアを見ると、ティファニアもおろおろと狼狽えるような視線でワルドとマチルダを交互に見ている。 マチルダに視線を戻すと、いつの間にか手には長さ25サントほどの細身の杖が握られていた、練金でワルドを圧死させるつもりだろうか。 次の瞬間には『針串刺しの刑だッ!』と叫びながらワルドを蜂の巣にしてしまうかもしれない、痴話げんかは勝手にしてくれればいいが、子供やティファニア、そして自分が巻き込まれるのは避けたかった。 この殺気を薄れさせるにはどうしたら良いか、その方法は意外と簡単に思いつくことができた。 「奥さんに向かって“おばさん”なんて、酷いじゃない。ねえティファニア」 「「!?」」 ルイズの唐突な発言に、ワルドとマチルダが慌てて視線をルイズに向けた。 ティファニアは咄嗟のことで返答に困ったのか「え?えっ?」と困惑の目でルイズを見たが、すぐに気を取り直してマチルダとワルドを交互に見つめた。 「え……そうだったんだ。だからマチルダ姉さん、ワルドさんを一緒に連れて帰ってきたのね」 「ななななな何言ってんだいテファ!あたしがどうしてこんな似合わない口ひげと!」 「なっ、何だと!父上に習ったこの口髭をバカにするか!」 「ちちうぇ? はっ、あんた母さん母さん言ってただけじゃなく、ファザコンでもあるのかい!いいかいテファ、こんな奴とは何でもないんだよ?」 少し早口で、ティファニアに言い聞かせるマチルダだったが、マチルダにとっての不運は『母さん』という単語にあった。 「でも、マチルダ姉さんもおばさま(マチルダの母)と同じ髪型よね。そっか、二人ともお父様お母様が大好きなのね」 「ちょちょちょっと!ティファぁぁぁあ!あんたいいかげんに…ってルイズ!あんた何笑ってるんだい!」 クックック、と噛み殺しきれない笑い声が漏れたルイズに、皆の視線が集中した。 「そうだルイズ!君は何を考えて居るんだ、こんな粗野な女を奥さんなどと!」 「粗野だってぇ!?その言葉そっくりそのまま返してやるよ裏切り者!」 ギッ、とワルドとマチルダがにらみ合った所で、ルイズの隣に座っていた女の子がルイズの袖を引っ張った。 それに気付いたルイズは、きょとんとした顔で自分の顔を見つめる、銀髪の女の子に顔を近づけた。 「どうしたの?」 「おねえちゃん、うらぎりものって、なに?」 「それはね、あの人一度レコン……他の人に浮気したのよ。だめなお父さんよね」 「えー。だめなおとうさんなんだー」 「さ、そんなことより早く食べちゃいましょ、夫婦喧嘩は仲が良い証拠だから」 「うん!」 「「夫婦じゃないッ!!!」」 マチルダとワルドの叫びは、これでもかと言うほど息が合っていたらしい。 「悪夢だ…」 「悪夢よ…」 「二人とも何突っ伏してるの」 夜。 孤児院の子供達が眠った頃、孤児院の一室でルイズ、ワルド、マチルダの三人が集まっていた。 あの後、マチルダは『お母さん』と呼ばれ、ワルドは『お父さん』と呼ばれ、怒るに怒れない状態で食事が終わった。 ティファニアにルイズの名が知られてしまったが、この際仕方がない、『ルイズ』というのは昔の名だと教えておいた。 机に突っ伏しているマチルダとワルドの二人は、頭を抱えるような形で両手を後頭部で組んでいる、ルイズはその様子を見て思わず『やっぱりお似合いじゃない』と思い、ほくそ笑みながら二人を見ていた。 「ほら気を取り直して、ワルド、薪拾いの成果は?」 ワルドはむくりと身体を起こし、ふぅとため息をつく、懐から一枚の紙を取り出してテーブルに広げると、ある一カ所を指さした。 「ここがウエストウッド村、僕たちの居る場所だ。この街がサウスゴータ、そしてこっちがロサイスだ」 テーブルの上に広げられた紙は、アルビオンの地図だった。ワルドは朝の薪拾いの時点で、遍在を各方面に飛ばしていたのだ。 「ルイズが以前見た時は、サウスゴータは洗脳されていたそうだな。今日見てきた限りでは洗脳されているとは思えなかったが、都市の規模に比べて活気がなさ過ぎる、かなりの人数が徴兵されたか、労働力として連れ去られたらしい」 「ったく、胸くそ悪いね」 マチルダが吐き捨てるように言うと、ルイズも無言で歯を噛みしめた。 「それで、一つ気が付いたんだが…竜騎兵が四六時中飛び回っていたんだ、アルビオンの竜騎兵はタルブ戦でほとんど失われたはず、だが今日だけでも、風竜一頭に火竜四頭を目撃した。 街道沿いに向かった遍在と、サウスゴータに向かった遍在が同じ風竜を見ている、これはおそらく住民を監視しているのだろう。 そして他の火竜だが、竜騎兵を戦闘に無人の竜が三匹従っていた、しかも幼いように見える。 おそらく火竜山脈か…どこかで羽を休めている火竜を見つけ、戦力にしようとしたんだろう、幼い竜でも戦力としては十分だからな」 ワルドが言葉を句切ると、ルイズが地図の上を凝視した。 そこにはワルドの遍在が調査した、風竜の飛行ルート、ならびに関所とも言うべき臨時ゲートの位置が記載されている。 「今、遍在は…三体、位置は微妙ね。ニューカッスルには近づけそう?」 「無理だな。街道からではとても近づけないし、森の中も難しい、風竜より目の良いグリフォンが配置されている、見つかりそうになって慌てて一体を消したぐらいだ」 「…クロムウェルを直接叩きたいけど、そのためには森の中か…うーん」 ルイズは腕を組んで、地図とにらめっこを開始した。 風竜の機動力、グリフォンの目、これだけでもニューカッスルに接近するのは厳しい。 もしレコン・キスタが、地下の臭いに敏感なジャイアントモールや、風の臭いに敏感な狼、夜の気配の察知にやたら敏感なバグベアーなどの使い魔達を配置していたら、ますます接近は難しくなる。 「……サウスゴータで情報を集めましょう。明日の朝出発するわよ。マチルダはここに残って、テファにものしもの事が無いよう備えて」 「元からそのつもりさ、クロムウェルを暗殺するのには手を貸せないよ、相手が大きすぎるからね」 あっけらかんとした態度でマチルダが答えるが、決して軽い気持ちで言っている訳ではなかった。 「…守りは、攻撃の五倍の兵力が必要…だったっけね。あたし一人でどこまでできるか解らないよ。捕まってもせいぜいゲロすんじゃないよ」 「解ってるわ。ティファニアを守ってあげてね」 ルイズの言葉を聞いて、マチルダは笑みを浮かべた。そしておもむろに立ち上がると、部屋を出て自分の部屋に帰っていった、マチルダの部屋はティファニアと同室で、今日は久しぶりに一緒に寝るらしい。 「…なあ、ルイズ」 「何?」 マチルダが出て行った後、静かになった部屋の中で、ワルドが口を開いた。 「君も人を踊らせるのが上手くなったな、まあ、子供達の前で魔法合戦を繰り広げずに済んだが…」 「ああ、お昼の事ね。マチルダの殺気ったら凄かったもの。あとでテファに聞いたら、おばちゃんって言われてゴーレムでお仕置きしたこともあるんですって」 「子供相手に容赦がないな」 「ええ、まったくね。 ……ワルド、貴方は部屋で寝ていて、今夜は私、見張りをするわ」 「君が見張りを?いや、僕がやるよ」 「だめよ、貴方には遍在をいくつも使わせてるんだから、ちゃんと体力を回復させてよね」 そう言うとルイズは、壁に立てかけていたデルフリンガーとローブを掴み、窓から外へと飛び出していった。 『……』 カチャ、と音が鳴る。 ルイズは孤児院の屋根の上に乗り、デルフリンガーを枕代わりにして、仰向けに寝そべっていた。 デルフリンガーの金属部分が月光に反射し、目立ってしまうのは困るので、デルフリンガーにはローブが巻き付けられ金属部分が覆い隠されている。 『……』 再度、カチャリと音が鳴る。 「何か言いたいことでもあるの」 ルイズが呟くと、デルフリンガーが鍔を小さく鳴らして、小声で呟いた。 『何か言いたいことがあるのは、そっちじゃねえのか』 「…………」 ルイズは図星を疲れたのか、息を止めて黙ってしまった。 たっぷり一分間の沈黙の後、ふぅと大きなため息をついて呼吸を再開し、身体を横に向けた。 眼前には、デルフリンガーの鍔があった、ルイズはそこに顔を近づけ、囁く。 「人間は、人間と結ばれるべき、そう思うでしょ」 『まあ同種族ってのが健全ではあるなあ』 「吸血鬼に惹かれる人間なんて、あってはならないの、それが愛情であっても、憧れであっても」 『おめえ、寂しがり屋のくせに、よくそんなことが言えるな』 「前にも言ったでしょ、私が欲しいのは友達よ。私を、対等に扱ってくれる、友達」 『じゃあ何か、ワルドがおめえを上に見てるから、わざと意地悪な冗談を言ってやったってことかい』 「……うん」 『難儀だな』 「でもね、意地悪じゃないの、二人は、決して仲が悪いとは思えないの。ワルドさまは自分で自分の未来を閉ざそうとしてる。私、初恋の人を、巻き添えにしたくない……」 『……』 「今回の任務だって、ワルドさまを連れて行くの、怖かったの……もし、もしこの任務でワルド様が死んだら、私のせいよ。わたしは必要なら、あの人に死んで来いと命令しなきゃならないの……」 『嬢ちゃん、おめえ、優しすぎるよ』 月が雲に隠れ、辺りが暗くなった。 暗闇の中でルイズが呟く。 「わたしは、わたしは、ただのばけものよ」 デルフリンガーは、少女に虚無を授けた原因、始祖ブリミルに悪態を突いてやりたくなった。 自分の身体が人間なら、この少女を抱きしめてやりたいとすら思った。 でも、ブリミルはもういない、デルフリンガーの身体はただの剣。 そして何もかも忘れて眠ることも、剣なる身ではできないので、デルフリンガーは沈黙することしかできなかった。 「かんぱーい!」 「あらあらジェシカったらもうそれで十杯目よ。シエスタちゃんも遠慮せずどんどん飲んでね」 「あ、あの私こんなに食べ切れません…」 時間は少しさかのぼる。 王宮に水の秘薬を献上したカリーヌ・デジレ達は、そのまま魔法学院に立ち寄り、シエスタとモンモランシーを送り届けるはずだった。 しかし、モンモランシーは此度の功績を聞きつけた両親に連れ去られてしまった。 カリーヌはシエスタ一人でも送り届けようとしたが、シエスタはそれを断り、ある場所へ立ち寄ることにした。 ラ・ヴァリエール公爵夫人カリーヌの誘いを断るのは、トリステインの貴族達には考えられぬほどの無礼として写りかねない、しかし生まれついての貴族ではないシエスタには、そんなことは解らなかった。 また、カリーヌ自身もシエスタを咎める気など無く、むしろシエスタを後押しするという立場を取った。 『魅惑の妖精亭』は、カリーヌのような高級貴族に一生縁のない場所ではあるが、それがシエスタの親戚であると言うのなら話は別。 それに魔法学院に来る前には、ジェシカに城下町を案内され、危険から身を遠ざける知恵などを教えて貰っている。 お世話になった親戚に晴れ姿を見て貰いたい、その言葉に、カリーヌは微笑んだ。 「らによー、もう、しゅう゛ぁりえになるならぁ、もっと早くお店に顔出しなさいよぉ」「ジェシカったら飲み過ぎよー、ほらお水」 時間は夜、既にお店は開いており、ジェシカはシエスタを祝うため、仕事を店長のスカロンに任せて、二人っきりでお酒を飲み、料理をつまんでいた。 ジェシカは既に顔を赤くし、目も座っている。 二人がお酒を飲んでいる個室は、住み込みで働いている女の子達のために『魅惑の妖精亭』で準備した部屋であった。 酔っぱらったジェシカの話では、ついこの間お店を止めていった兄妹が、この部屋を使っていたらしい。 「んぐっ、んぐっ…らにこのお水、美味しい…ふわぁ…」 「ほら、もう眠いんでしょ、ジェシカ」 シエスタから渡された水を飲むと、ジェシカの目つきが急に眠そうなものに変わる。 そもそもジェシカが酒に酔うこと自体あまり考えられない、子供の頃からジェシカはお酒の量を知っていた、お店で働く以上必要なスキルかもしれない。 だか今日は、酔っぱらう程祝ってくれている、シエスタはそれが嬉しい反面、やはり申し訳ない気持ちもあった。 波紋入りの水を飲んだジェシカは、すぅ、すぅとそのまま寝息を立ててしまう、シエスタはジェシカの身体を持ち上げるとベッドに寝かせ、そのまま波紋を流した。 二日酔いにでもなったら困るので、身体に負担が残らぬ程度まで、波紋で解毒をする、お酒も毒の一種だと気付いた時はシエスタも苦笑せざるを得なかった。 「ありがと、ジェシカ。わたし頑張るからね」 そう言ってジェシカの身体を横に向ける、万が一寝ながら嘔吐した時、窒息させないためだ。 そっと布団を被せ、シエスタはジェシカの髪の毛を手櫛ですいた、自分と同じ黒髪でも、ジェシカのは若干硬く、そして艶やかに見えた。 「ロイズぅ……また来てよぉ」 「ロイズ?」 ジェシカの寝言が意外だったのか、シエスタは寝ているジェシカに聞き返した、しかしジェシカが返事するはずもない、すぅすぅと寝息を立てている。 「……ロイズ、かぁ」 名前が似ているだけ、たったそれだけのことで、ある人のことが思い出されてしまう。 魔法学院の昼食時、『ありがとう、美味しかったわ』と言ってくれたルイズの姿が、シエスタの脳裏に浮かび上がった。 「まさか、ね」 自嘲気味に呟いて、部屋に備え付けられた鏡台を開き、椅子に座る。 ルイズはもう居ない、居たとしたらそれはもうルイズではない…はずなのだから。 鏡台の引き出しからブラシを取り出す、誰かが使っていたものらしく、ブラシには茶色い毛が絡まっていた。 気のせいか、髪の毛は地面に掘り出されたミミズのように、うねっ、と動いた気がした。 「やだ、私まで酔ったのかな」 そう思ってブラシを置き、顔を両手で挟み込む、深呼吸をして身体と意識を落ち着かせると、もう一度ブラシを掴もうとして……思いとどまった。 「……」 そっと、今度は確かめるように、何か確かめてはいけないものを確かめるように、恐る恐る、波紋の通った手で髪の毛に触れた。 ガチャリと扉の開く音がして、スカロンが振り向く。 倉庫からワインの入った箱を取り出そうと、腰をかがめたところだったので、身体をくねらせるようにしてシエスタを見た。 「スカロンさん」 「あらシエスタちゃん、どうしたの?」 「今日中に帰らなければいけないので、今日はこれで失礼します」 スカロンは残念そうに唇をとがらせ、手を胸の前で組み、くねくねと動きながらシエスタの側に寄った。 「あら、魔法学院は忙しいのね。今日は泊まっていって貰えれば良かったのよ」 「ごめんなさい、どうしても急いで帰らなくちゃならないんです」 「じゃあ馬を手配するわね、少し待ってて」 「大丈夫です、手配して貰えるよう頼んできましたから」 「そっか、じゃあシエスタちゃん、またいつでも遊びに来てね」 「はい。……あの、一つ聞きたいことがあるんです。ジェシカが泥酔しちゃって、ロイズって人の名前を呟いたんですけど…」 スカロンが驚いたのか、目をぱちくりとさせた。 ジェシカがロイズの名を出したことに驚いたのか、それとも泥酔するまで酒を飲んだことに驚いているのかは解らない。 「あら~、あの子ったら、かわいい妹分が出来たみたいで喜んでいたのよね。ロイズちゃんはこの間辞めていったの、ちょっと訳ありで、旅を続けているんですって」 「そうですか…あの、もしかして、その人に火傷の痕はありませんでしたか?」 「ううん。見えるところに火傷は無かったと思うわよ」 シエスタが俯く、なぜかその拳は握りしめられていた。 「……わかりました、ありがとうございます。これはおまじないです」 「おまじない?」 スカロンが聞き返すと同時に、シエスタはスカロンの手を握った。 ぼんやりと身体が輝くと、スカロンの身体は少しずつ軽くなっていく気がした、いや、実際に身体が軽く感じるので、驚いたように自分の身体を見渡した。 「スカロンさん、働き過ぎですよ、いろんな筋肉が凝り固まっていました」 「あらーそうなの、これがシュヴァリエを賜った『技術』なのね?」 「はい。でも人には言わないでくださいね」 「ええ、わかってるわよ」 スカロンがにっこりと微笑むと、シエスタも微笑みを返した。 だがその微笑みの下には、言いようのない罪悪感と困惑が渦巻いていた。 ダダダッ、ダダダッ、と、馬が蹄の音を鳴らして駆けていく。 馬上ではシエスタが、魔法学院の方向を一心不乱に見つめていた、早く到着しろ、早く到着しろと叫ぶかのように、手綱を握る拳が固められていた。 シエスタの左腕には、丸くなったマントが抱えられている。 マントの中には『魅惑の妖精亭』から失敬した、拳が難なく入る程度の瓶が包まれている。 その瓶の中には、ロイズという人物が使っていたであろうブラシが入っている。 ブラシには、染料で茶色く染められた、ピンク色の髪の毛が絡みついていた。 [[To Be Continued→>仮面のルイズ-64]] ---- [[戻る>仮面のルイズ-62]] [[目次へ>仮面のルイズ]]