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ねことダメなまほうつかい-10 - (2009/04/13 (月) 20:42:47) のソース
アルビオン王国の首都であるロンディニウムのハヴィランド宮殿の奥の部屋で、 ふたりの男性がソファーにもたれてくつろいでいました。 そのお部屋は見た目はあまり豪華ではないのですが、居心地がいいように考えられて造られたお部屋です。 位が低い神官が着る僧衣を着た中年の男性はなにやら難しそうな本を読み、平民が着るような服を着た 若い男性は腕を組んでなにかを思い出そうとしていました。 その若い男性があまりに難しい顔をしているので、中年の男性は読んでいた本を閉じて話しかけました。 「ジュリオ、難しい顔をしてどうしたんだ?心配ごとでもあるのかい?」 「ああ……心配ごとじゃないんだけどね、二年前にきみといっしょにサウスゴータを襲ったじゃないか。 そのときに、きみが生かしておくように言った太守の娘の名前がどうしても思い出せなくてね」 ジュリオと呼ばれた若い男性はたいしたことじゃないと笑いましたが、僧衣を着た男性は なにかを考えるように手を合わせると、真面目な顔でジュリオを見ながらゆっくりと語りかけました。 「ジュリオ、それは啓示だよ」 「啓示だって?だがねクロムウェル、ぼくは神なんて信じていないよ」 「それはわたしとて同じだ、神はこの世に存在してはいない。あるのは運命という名の呪いだけだ。 だが、人は運命に翻弄されるだけではない。極めて稀だが……人は運命を感じ取ることがある。 それが啓示だ。ほとんどの者はそれに気がつかないがね」 そう言ってクロムウェルは今のきみのようにねと笑い、それにつられてジュリオ笑いました。 ふたりはしばらく笑いあっていましたが、突然ジュリオは笑うのをやめて遠くのものを見るように 目を細めると、クロムウェルに向かって言いました。 「クロムウェル、きみが正しかったようだ。ウェールズがこちらに向かってきている。 それからワルド子爵も客をつれて到着した」 「そうか……ならば、出迎えてやらねばならないな」 クロムウェルはジュリオにフードつきのローブを渡すと、それを着るように言います。 ジュリオは少しふしぎに思いましたが、クロムウェルになにか考えがあるのだろうと思って、 それを身につけてから部屋を出ました。 それからふたりが謁見の間に向かって歩いていると、ジュリオが思い出したように言いました。 「そういえば、サウスゴータの娘はなんて名前だったかな?きみはおぼえているのかい?」 「ああ、彼女の名はマチルダ。わたしたちを天国へと運ぶ階段のひとつだよ」 ジュリオはマチルダの名前を思い出して、のどに刺さっていたさかなのほねが取れたような スッキリした顔で廊下を歩きます。 そんなジュリオの顔を見てクロムウェルはほほ笑み、指にはめた琥珀色の指輪をさわって 感触を確かめると、ジュリオの後ろについて歩きました。 ワルド子爵とマチルダは謁見の間であたまを下げながら、クロムウェルを待っていました。 マチルダのこころはメラメラと復讐の炎に燃えています。 苦しいこと、辛いことがたくさんありましたが、ようやくここまで来たのです。 マチルダは今か今かとクロムウェルを待ちわびました。 ですから、謁見の間に兵士がいないことに気づいていません。 ワルド子爵はそのことに気がついていましたが、ここまで来て引き返すことはできません。 それに、もし罠だったとしても、マチルダを命をかけて守ろうと自分に誓っていましたし、 それができるだけの自信もありました。 そうしていると、扉が開いてカツカツと足音がふたつ謁見の間にひびきました。 混乱していろいろなことがあたまの中で渦を巻いているマチルダには、なにも答えられません。 ですが、ワルド子爵はクロムウェルが言っていることを理解してしまいました。 それはとても信じられないおぞましいことです。 しかし、ワルド子爵の考えている通りだとすれば、どうして王家に忠誠を誓う有力な貴族たちが レコン・キスタに参加したのか、強力なアルビオンの軍隊を指揮する司令官が戦いの最中に 味方を裏切ったのか納得ができました。 ワルド子爵が真実を知っておどろいていると、ジュリオはあたまを押さえてうずくまるマチルダを 見下して、あざ笑うように言いました。 「フンッ!まだ理解できんのか?……マチルダ、お前はな……あの夜からずっと、操られていたんだよ。 お前の感情も……行動も……その全てが……クロムウェルの思いのままになァーーーーッ!!」 「わたし……は……わ……たし……は……」 「マチルダ!気を確かに持つんだ!!あいつの言うことに耳を貸すんじゃあないッ!!」 ワルド子爵がうずくまるマチルダを抱き起こして顔を見ました。 マチルダの顔はまるでのっぺらぼうのように、なんの感情もなく、ブツブツとなにかを呟いています。 ワルド子爵はマチルダを抱えたままクロムウェルたちから離れようとしましたが、 それを読んでいたジュリオがワルド子爵に襲いかかってきました。 ワルド子爵は閃光の二つ名に恥じないスピードで呪文を唱えて、風の刃をジュリオに向けて撃ちます。 ですが、ジュリオは恐ろしい動体視力と反射神経でうしろに飛んで魔法を避けました。 ワルド子爵は魔法衛士隊の隊長に任命されるほどの実力者ではありましたが、 ジュリオの凄まじい殺気を感じて、ケツの穴にツララを突っ込まれた気分になりました。 このままでは確実にふたりとも始末されてしまうと感じたワルド子爵は、マチルダの手をつかんで 自分のうしろに放り投げます。 「まずは裏切り者のワルドを始末する。マチルダ……次は貴様だ」 「逃げろマチルダ!!早く行くんだ!」 次々に呪文を唱えてジュリオを攻撃するワルド子爵をマチルダは虚ろな目で見ていました。 ワルド子爵は様々な魔法が唱えますが、ジュリオは軽々とそれを避け、ワルド子爵の胸を 打ち抜こうと腕を振り上げました。 そのとき、ワルド子爵とジュリオの間を物凄いスピードでなにかが飛んでいきました。 それは壁にぶつかるとガリゴリと壁をけずり、ゴトンと音を立てて床に落ちます。 ワルド子爵はあわててジュリオから距離を取って自分の胸を見ると、けものの爪のような形に 服が切り裂かれていました。 なにかが飛んでくるのがほんの少し遅かったら、胸をえぐられて死んでいたでしょう。 ワルド子爵はジュリオをにらみながら、なにかが飛んできた方向をチラリと見ると、 マチルダがジッと自分の手を見つめていました。 それからマチルダはゆっくりと立ち上がり、ジュリオに向けて言いました 「思い返せばおかしなことばかりさ……確かに、わたしは操られていたかもしれない……けどね、 この胸の!アンタを殺してやりたいってこの気持ちは!復讐のために磨いたこの技術は! このマチルダ・オブ・サウスゴータのものだ!!決して操られたものじゃあないッ!!!!」 「それがどうした?お前が死ぬこと変わりはないッ!!」 ジュリオがマチルダに襲いかかろうとすると、足元にまるいものがころがってきました。 それを見たジュリオは次に起こることを予想してうしろに飛ぼうとしましたが、 それより早くマチルダが叫びました。 「喰らいな!サウスゴータの鉄球ッ!!」 マチルダが叫ぶと、ジュリオの足元にある鉄球がまるで意思があるように飛び、 円を描くようにしてジュリオへと襲いかかりました。 ふつうに投げられたなら、どんなにスピードがあってもジュリオは避けられますが、 距離が近すぎたことと、変則的な動きだったこともあり鉄球を避けられそうにありません。 ですから、ジュリオは避けるのをあきらめて鉄球を手のひらで受けとめ、その回転を止めてしまいました。 サウスゴータの一族が編みだした鉄球の技術は門外不出とされていますが、 ジュリオはマチルダの父親との戦いで、サウスゴータの鉄球の秘密は回転にあると見抜いていたのです。 そして、回転の止まった鉄球はただの鉄のかたまりにすぎません。 ジュリオはこれで鉄球を封じたと思いましたが、マチルダはそう思ってはいません。 復讐のために磨き続けたマチルダの鉄球の技術は、彼女の父親よりも攻撃的なものになりました。 マチルダは王族護衛官としてではなく、復讐者として新しい鉄球の技術生み出したのです。 「甘いねぇ、まだまだ終わっちゃいないよ。衛星ッ!」 「なにッ?!」 鉄球にはまっている小さな鉄球が次々に飛びだしてジュリオを襲います。 さすがのジュリオの反射神経でも、こんな近くから無数に飛んでくる小さな鉄球は避けられません。 そして、その動体視力で見た小さな鉄球の回転の威力は大きな鉄球と同じくらいあることがわかります。 マチルダは勝ったッ![[ねことダメなまほうつかい]]完!と思いましたが、彼女は大切なことを忘れていました。 敵はジュリオひとりではないのです。 「うぐおぉぉお!?」 「ジャ、ジャン?!なんで……ハッ!?」 柱の影から自分にめがけて鉄球が飛んできたので、マチルダはもうひとつの鉄球でそれを撃ち落とすと、 その鉄球の回転でふたつの鉄球と衛星を回収してからワルド子爵に駆けよりました。 「ジャン!ジャン!大丈夫?!」 「あ……ああ、なんとかな……それよりもヤツはどこに……」 ワルド子爵はマチルダに支えられながらヨロヨロと立ち上がりました。 ワルド子爵は大丈夫だとマチルダに言いますが、からだのアチコチが傷ついて血が流れていました。 そのマチルダの鉄球の威力を褒めるようにパンパンと拍手の音が柱の影から聞こえてきます。 ワルド子爵とマチルダが柱の方を振り向き、信じられないものを見ました。 なんとジュリオがそこにいたのです。 起こったことをありのままに受け入れると、マチルダの鉄球が当たる直前にジュリオはワルド子爵と 入れ替わり、柱の影まで移動していた。 ジュリオがなにをしたのかわかりませんし、ワルド子爵とマチルダもなにが起こったのかわかりません。 ふたりのあたまは、どうにかなりそうでした。 魔法や超スピードといった、そんなチャチなものでは断じてありません。 もっと恐ろしいものの片鱗をふたりは味わいました。 「ジュリオ、遊びはそろそろやめにしないか?」 「ああ……すまない、すっかり忘れていたよ」 今まで動かなかったクロムウェルが立ち上がったので、ワルド子爵とマチルダは警戒しました。 ですが、クロムウェルとジュリオはふたりを無視して謁見の間から立ち去ろうとしていたので、 マチルダは鉄球を投げようとします。 ですが、先ほどと同じようにふたりの姿がまたもや消えてしまいました。 マチルダはあわててクロムウェルの後を追おうと思いましたが、傷ついたワルド子爵が心配で動けません。 ワルド子爵は構わずに追えと言いますが、マチルダはワルド子爵の傷の手当てをはじめました。 「クソッ!ぼくが足手まといになるとは……」 「ジャン……それは違うよ。あなたがわたしを守ってくれたから、わたしは戦えたんだ」 マチルダはワルド子爵の手をそっと握りました。 ワルド子爵とジュリオの戦いは、あの悪夢のような夜の出来事を再現したようなものでした。 もし、マチルダが鉄球を投げなければワルド子爵は死んでいたでしょう。 ですが、マチルダは復讐のために磨いた技術で、今度は大切な人を助けることができたのです。 それはクロムウェルに操られていたという真実に潰されそうになっていたマチルダのこころを救いました。 助けられたという事実が、厚くて暗い雲の間から差し込む太陽の光のような希望をマチルダに与えたのです。 たとえ過程が同じでも結末は変えられるということを、マチルダはこの戦いで気づきました。 そして、そのチャンスを作ってくれたワルド子爵に感謝しました。 「だから……その……ありがとう」 「マチルダ……」 マチルダは潤んだ瞳でワルド子爵を見つめ、ふたりは抱きあうように顔を近づけていきました。 「クロムウェル、これで何枚目だ?」 「そうだな……37枚といったところか。もう少し欲しいところだ」 クロムウェルとジュリオは倒れているワルド子爵とマチルダを見下ろしていました。 ふたりは抱きあうようになりながらドロドロに溶けていて、生きているかどうかもわかりません。 クロムウェルはマチルダとワルド子爵のあたまに指を突っ込んで、キラキラ光る円盤を取り出すと それをポケットにしまいます。 それから、カツカツと足音をひびかせて出口に向かいながらジュリオに言いました。 「あとは風と水のルビーを手に入れねばな」 「なに、ぼくたちなら簡単に手に入るさ」 クロムウェルはジュリオに答えようとしましたが、とても恐ろしいなにかを感じました。 それから考える間もなく、からだがかってに後ずさりしました。 クロムウェルがよく言っている運命というものなのか、それとも、かつて感じた恐怖によるものかは わかりませんが、かろうじてクロムウェルの命は救われました。 先ほどまでクロムウェルが立っていたところに、腕から刃物を出している男が舞い降りたからです。 男が床に着地すると同時にクロムウェルの服が裂けました。 もしそのままでいたなら、クロムウェルは間違いなくに真っ二つにされていたでしょう。 「おのれ!貴様もマチルダの仲間かッ!!」 「待てジュリオッ!」 「いいや、これ以上は待たねーぜ」 クロムウェルを襲った男に飛びかかろうとするジュリオを、クロムウェルは止めようとしましたが、 ふたりの後ろに現れた男に、ふたり仲よく殴られて吹っ飛んでしまいます。 ふたりは壁まで飛んでしまいましたが、なんとか受け身を取って床に立ちました。 着地した後にジュリオは男たちをにらみましたが、クロムウェルはうろたえていました。 その男たちの恐ろしさを、とてもよく知っているからです。 「やれやれ、五千年ぶりってところか」 「フォルサテ……ワムウとティファニアのDISCを返してもらおうか」 「なぁクロムウェル、やつらが言っている意味がわかるかい?」 男たちがなにを言っているのか理解できないので、ジュリオはクロムウェルに聞きました。 ですが、クロムウェルはブツブツと素数を数えているだけでなにも答えようとしません。 この男たちが現れたのは、クロムウェルにとって最悪の事態になりました。 レコン・キスタ総司令官、オリヴァー・クロムウェルの本当の名前はフォルサテといいます。 このフォルサテという名前はとても有名です。 ロマリアを建国した始祖の墓を守る弟子の名前なので有名なのは当然です。 始祖の伝説の中ではフォルサテは弟子ということになっていますが、真実は違います。 フォルサテは始祖の兄であり、そして、実の弟である始祖を殺した男でもあります。 始祖を殺した後、フォルサテはエルフをだまして彼らの大切な宝物を盗んでなにかをしようとしました。 それを止めたのが目の前の男たちなのです。 その後、男たちの追跡から五千年も逃げて、今度こそ目的を果たそうとレコン・キスタを立ち上げたのです。 ですが、もう少しで目的が叶おうというのに、男たちはフォルサテの前に現れました。 「バカな……わたしは運命に選ばれたんだッ!それを……貴様らごとき俗人がッ!!」 「……もういいか?そろそろ死んでもらいたいのだが」 ふたりの男たちがゆっくりと近づいてきます。 運命に選ばれ、夢を叶えようとした男は、いま、運命に見放されたのでした。