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アヌビス神・妖刀流舞-16.5 - (2014/08/02 (土) 19:31:45) のソース

 双月輝く夜空の下、小さき影が三つ走る。
 小さきネズミ三匹。
 うち二匹は小汚くもその身はネズミとしては巨躯に部類するいわゆるドブネズミ。一方の片耳は虫食ったかの如く、損傷を負っている。
 一匹はその身小さく、そして小綺麗な姿の白いハツカネズミ。
 白きネズミは脚を止めることなく床を壁を駆け回る。
 ドブネズミが声を上げる度に、不可視の力場が働き、そして床が壁が奇妙に抉れた。
 白きネズミはそれに捕らわれんと、駆けめぐる。
「チュァァァー!(追いつめたゼェェー)」
 白きネズミが壁の穴に駆け込むと、ドブネズミが雄叫びをあげる。
 穴を覗き込み身体を捻じ込む、耳を虫食ったドブネズミの姿。
「ちっちっち(甘えよ小僧)」
「ヂッ?(何だと?)」
「ちゅちゅちゅちゅっ(ここはな、学院のボスが俺にとある奴の偵察をさせる為に用意した場所! お前には判らんだろうが、丁度出て直ぐ真上に窓の様子が伺える、つまりはあの窓の辺りからそこまでは何も障害は無い、そしてたった今窓の前に人影が浮いていた)」
 虫食いが小首を傾げる。
「今忙しいんです! いい加減にしてください!」
「ごぶっ」
 突然響きわたる人の女性の叫び声、そして何か切ない人の男性の呻き声。
 続けて穴の入り口付近に膨大な数の鋭く尖った陶器の破片と水が降り注いできた。
「チュッ? チュアァァァァ(な? なにぃぃぃぃぃ)」
 外にいたネズミの悲鳴、そして肉を土を、鋭い何かが貫く音と、水がぶちまける音が響く。
「ちっちっち(甘く見たな若造、ここは俺のホームだ)」
 白きネズミ、モートソグニルは鼻を鳴らした。



 ここらでOP

 ふぁーすとKILLからはじまるーっ
 二本のバトルひすとりーっ
 この強烈なー 斬ーれ味にっ
 敵は ばっさーりー バラされたっ

 剣が二つ
 斬れない敵
 ありえないこーとーだーよねー

 初めてだよっ
 こんな斬れ味
 やけに殺し 心地よくなっていくー

 もしキミがー つまづいて斬り損ねても
 僕がブスっとっ キミもざくっと
 斬り捨ててあーげるー

 すぃーとKILL やり損ねた あの日出遭った承太郎
 ほらキミの斬れ味でー 今度はきっと斬れるから

 ふぁーすとKILLからはじまるーっ
 二本のバトルひすとりーっ
 敵は ばっさーりー バラされたっ


[[アヌビス神・妖刀流舞]]第二部外伝 使い魔連合VSハルケギニアの虫食いネズミ 


 月明かりの下、地面に突き立つ二振りの意思ある妖刀と魔剣。その理由は情けなく、持ち主であるルイズの怒りを買い、自室より外へ向けて激しく投擲された為である。
 ただ外でぼんやりと夜をあかす事となった二振りの元へ、一匹のネズミが歩み寄ってきた。
 そのネズミは二振りが意思を持つ事、それは当然の事実であるとばかりに語りかけてくる。
 彼の名はモートソグニル。このトリステイン魔法学院の長を務めるオールド・オスマンが使い魔である。
「ちゅちゅちゅ……ちゅちゅ(アヌビス……ハンティングに行くぞ)」
「な、なんだってんだー?」
「も、モートソグニルの旦那ッ!?」
 突然のその呼びかけに二振りは驚く。
 デルフリンガーはネズミの言葉を解した訳で無く単純に突然の事に驚いているだけである。
 一方アヌビス神は、同じ使い魔としての特質か、あらゆる生命体を操る事ができる己の特質か、その言葉を明確に理解した上で驚いている。

 何より、このモートソグニル。アヌビス神が素直にその存在の大きさを認める数少ない存在である。
 元来ネズミと言う生き物は短命である。しかし、その短い一生の内に、迅速に学び、人の考えの及びもしない知恵を身につける事すらある、恐るべき存在だ。
 そして、彼は使い魔として、通常のネズミでは有り得ぬ程の長い生を経ているのだ。
 時に温厚に、時には主人に付き合いお茶目に振舞って見せる、そんな彼の内にある知性と強さ。それをアヌビス神は理解し評価している。

 DIOは恐ろしく逆らえない、博物館は倉庫の奥底の闇より救い出して貰った恩義もある。
 ご主人さまのルイズには何故か逆らえない、そして滅びかけた己を救われた貰った恩義もある。
 しかしモートソグニル、彼の言葉には素直に従ったほうが必ず己の益となるであろうと思わせる何らかの凄味を感じる。恩義など何も無くともだ。
 DIOのような、完全なる悪のカリスマ性ではない。ルイズのような純然たる貴族としての芯の通った意思ゆえのカリスマ性でもない。
 アヌビス神にはモートソグニルがモートソグニルであるからだとしか言いようがない。

 そして、そんな彼があえて自分を名指しにしてきた。
 これには理由がある。間違いなく理由があって然るべき。

「ちゅちゅ……(学院に外部よりの侵入者が有った。既に多くの仲間がやられ餌になった)
 ちゅっちゅちゅ(侵入者は2匹のドブネズミだ。一匹は耳に虫食い跡がある)
 ちゅちゅっちゅー(連中厄介な事に、魔法ではない不思議な力を持っている)」
「ま、マジかよ……」
 恐らくやられたのは、学院に多数生息するネズミ達だ。アヌビス神は移動の際、彼等に何度も世話になっていた為、顔見知りも多い。
「けどよ、何故おれが必要なんだ?」
「ちゅ……(敵は恐らく以前にアヌビスお前が話していた“スタンド使い”だと思われる)」
 その言葉に、アヌビス神の意識をブルドンネ街での出来事が横切った。
 あの時見たスタンドとスタンド使いだと思われる謎の影。あれがそのネズミだった可能性は充分にある。
「連中、まさかトリスタニアから来たんじゃないか?」
「ちゅちゅっ。ちゅ、ちゅーっちゅちゅ(よく判ったな。奴等は、食料を運んで来る馬車に紛れてやって来たと言っていた)」 

「な、何の事だよアヌ公!」
 未だ事を把握できぬデルフリンガー、しかし事の重大さを物語る雰囲気を感じ取り、慌てながらも深刻な声で説明を求めた。
「おれが前に言っていたスタンド使いだ!やはり本当に居たらしい。そして今この学院に攻め込んでいる」
「お、おでれーた。マジだったのか」

「ちゅっちゅちゅ(奴等は不可視の何かを飛ばして、何であろうが溶かしてしまう。判っている事はこれだけだ)」
「で、現状はどうなんだ?」
「ちゅ……(一匹は半殺しにしてやったが仕留め損ねた。お陰で警戒させてしまった……)」
「す……すげえな。流石モートソグニルの旦那だ。二匹ともスタンド使いだったんだろ?
 それを一匹半殺しで一匹を追い込むとは」
「ちゅ(幾ら賢かろうが、身体の大きなドブネズミだろうが、所詮はガキだ)
 ちゅちゅちゅ……(ネズミだけに判る、ネズミ特有の癖が抜けきってなかったぜ。それだけの事だ。だが追い詰めて逃したのは不味かった……)
 ちゅちゅっちゅ(奴等は絶対に己の持っていた隙を覚えたはずだぜ。ヤレヤレだ、追い詰められ学習したネズミ程厄介な生き物はいねえ)
 ちゅゥっ。ちちちっ(あのガキ。学習能力が相当に高いからな)」

「全く恐ろしい旦那だ……」
 スタンド使いを同時に二人相手にする事の恐ろしさ、その厄介さはアヌビス神は心底味わい知っている。
 相性の良いスタンド使いのコンビ程厄介な物は無い。呼吸を合わせる事ができる同タイプのコンビも非常に厄介だ。
 つまりはモートソグニルは、それらをスタンドを持たぬにも関わらず追い込んだと言うのである。
 不可視の相手を同時にする事の難しさは、剣術を嗜む者であれば当然の如く理解している事だ。それが飛び道具を使う相手となれば尚更の事。
「よ、よく対処できたものだな旦那」
「ちゅ……ちゅ(ふん……所詮は街に生きる獣。気配の殺し方が甘かっただけの事だ)」

 生きた年月で言うならば自分やデルフリンガーに勝る事は無い、この旦那はどれ程濃密な生を歩んできたのだろうか。アヌビス神は感嘆した。
「ちゅ(はっきり言って、隙を突く事や、気配を読む上ではロングビルの方が厄介だぜ)」

 どうやら少なくとも最近の賜物に関しては、オスマンのスケベ心による様子でもあった。

 集った面子はアヌビス神とデルフリンガーの刀剣コンビ、フレイムやシルフィード、ヴェルダンデ等のいつもの面々。ロビン等時折言葉を交わす者たち
(アヌビス神が水辺を嫌がるので接点が減っているだけである)そして使い魔では無いがモートソグニルの配下と思しき多数のネズミたち。
「ちゅちゅ、ちっちちち……(それでは諸君、狩りの時間だ……)」
 その言葉と共に使い魔やネズミ達が各自の判断で散開した。
 モートソグニルの指示によれば一時散開し索敵。発見次第一気に主力で詰めるとの事。 

 ※

「ちゅちゅっちゅ(なるほど、奴ら残飯を漁って体力回復を……)」
 食堂方面を探索していた三匹のネズミが二つの足跡を発見した。
 一つは健康的で大柄で歩幅も広く、もう一方は足を引きずるように。
「ヂュッ!(ああ、飛びっきりの生き餌でな!)」
 突然彼らの背後より声がし、足跡を念入りに、鼻をもって確かめていた者が、何らかの力によって吹き飛ばされる。
「チチチッ」
 興奮で喉を無意識に鳴らしながら、パニックを起こした残り二匹を的確に、己の無敵の力をもってして肉塊へと変えていく。
 殆ど抵抗の声すら上げることも許されず生きた侭に……。

 その有様をひっそりと目撃した者がいた。
 ちゃぽんっ
 水が跳ねる音に、耳が虫食いのドブネズミが頭を振る。
「ヂュッ? チュチィッ(ん? ちっ水場で水滴でも落ちたか)」
 虫食いはドロドロの肉の塊と化したネズミ達をブロック状に纏めると食堂へと引きずり込んだ。

 ※

「ゲーゲッゲッゲっ、ゲコーゲッゲケロケロケロロロロロッ!」
「ちゅちゅっ!(落ち着けロビン、何を言ってるのかさっぱり判らん)」
 突然屋根の雨樋をつたって、上から降ってくるかの様に現れた、モンモランシーの使い魔の蛙のロビンが、大慌てでまくし立てたのだ。

「おれにはこの連中が何言ってんのかさっぱり判らねー」
 アヌビス神は、シルフィードに掴まれて空から偵察中であり、何故かモートソグニルの所に放置されたデルフリンガーは涙目である。
 このアニマル軍団が、ちゅーちゅー、けろけろ、にゃーにゃー、がおがお、わんわん、ちゅんちゅん、かーかー騒がしい横で、その鳴き声の意味も判らずただ地面に突き立っている。
 今はゲロゲロが多めである。それだけは判る。

「ちゅーっ!(戦闘班を集めろ!)」
 デルフリンガーの柄の上に、お立ち台とばかりにちょろちょろと登り、モートソグニルが一声上げた。

 ※

 さて、再合流の通達により、追跡を中断し一同再び集った。
 そして、使い魔一同の前で、ゲロゲロまくし立て続けるロビンの言葉にアヌビス神は刀身をカタカタとならした。
 そのネズミの特徴、『憶えている』
 間違いない、城下町で見た奴だ。予測が確信に変わる。
 モートソグニルから聞いた話し、ロビンの語る特徴。
 判ってはいたが再認識し、その事実に緊張し高ぶる。
 アヌビス神も、あいにくスタンドの姿は朧気にしか見ていない。いや、見た気がしただけだったのかも知れない。あの瞬間は僅かながらに確信があった。だが以前から持つ居る筈が無いという思い込みの油断もあった。見知らぬ魔法の可能性すら疑った。だがそれら差っ引いてもそれ程に記憶を曖昧にしてしまう程度のすれ違いであったのだ。
 今判ることは、対象を溶かす能力のみ。
 近接型か? 遠距離型か? 基本的な、それすらも判らない。
 何しろスタンドを見る事が出来るのはスタンド使いのみである。

 魔法とは明らかに異なる異能。それを再認識した使い魔達に戦慄が走る。
 一方デルフリンガーは考えるのを止めた。 

 ※

 敵は食堂内へと消えていった。ロビンのその言葉(ゲロゲロゲロゲコゲコ)に従い、今戦闘班は食堂の窓から屋内の様子を伺っているところである。
 シルフィードが掴んだロープの先に括り付けられ、中空から吊り下げられたデルフが不自然に窓の前を何度も過ぎる。
 フレイムにくわえられたアヌビス神が、窓の下方から何度もチラチラと刀身を覗かせる。
「な、なぁ兄弟。こりゃちっとばかし情け無ぇ気がするんだがね」
 ゆっくりとアヌビス神の上を通り過ぎるデルフリンガーが、三度目に擦れ違うときそうぼやいた。
「このデル公、馬鹿言ってんじゃねえぜ。この方法が一番効率的だろうが。人でも何でもまさ
 か剣が偵察してるとは思わないだろ」
 自信ありげに語ったアヌビス神にデルフリンガーが食いついた。
「ば、馬鹿かおめーは! 俺なら不自然に剣がチラツいてる時点で偵察どころか賊が踏み込ん
 だと思うね!」
「にゃにおー! 前にも上手く行ったんだ、覚えてるだろう」
「相手は筒が杖に見えるフーケだったけどな
 しかも、その時奴は小屋の中に居なかったけどな」

 殆ど動かぬ物の、時折きらきらと夜の星明りや窓から漏れる明かりを反射させ輝くアヌビス神。宙を激しく動くものの、錆だらけ故に殆ど光を反射させず闇に溶け込むデルフリンガー。
『金属』それは人に追われ人を知る街の害獣が最も警戒する存在の一つ。特に表面艶やかに磨かれた金属。
 人が魔法以外で確実に敵を仕留める時は大概それらが付随する道具を持って行う。
 魔法学院に暮らす使い魔たちにはその認識が薄かった。その認識を持つ者が居たとすれば台所で餌を狙い時に追われるネズミたちであったのであろうが、彼らは戦闘班に組み込まれては居ない。

 ※

 ドブネズミたちは僅かに窓の端に輝くアヌビス神の刃に警戒心を覚え、一応の戦闘態勢を取りつつ奥へと下がった。人の気配がしない物の、輝きと同時に奇妙な感覚を覚えたのである。

 ※

「どうだ? 取り合えず何も見えねえがなぁー」
 デルフリンガーが申し訳程度に鞘をかちゃかちゃと鳴らす音を控えて呟く。
「いやちょっと待て、何かが奥へ動いただろう?」
 宙を揺れるデルフリンガーと違い、安定した状態より観察していたアヌビス神が僅かな動きを察知した。単純に視角の違いで有ったのかも知れない。
 アヌビス神の視界には食堂の奥へと、陰を選び走り去る小さな姿が確かに映った。 

 戦闘班は厨房から一端距離を取り再び集合し、たった今得た僅かな情報を検討する。
「ちゅっちゅちゅちゅっ、ちゅぅちゅちゅ(奴らまだこの食堂の構造を把握しきれてない様だ
 その先は潜むには易いが、逃げるには面倒だ)」
「ああ、そっかあっちは飯食う辺りで広いがこの時間は基本的に締め切られてたっけ」
 先ほどの視認による確認情報を元としたモートソグニルの言に、アヌビス神は食堂の床上を激しく疾走して回った件の日を思い出した。
 その気があれば幾らでも進入方法はあるのだが、それは僅かな隙間を抜けられる者や、扉の開閉が容易い者でも無い限りは簡単ではない。
 僅かな隙間は限られているし、それらは全てモートソグニルら学院のネズミや小型の使い魔の知る範疇である。
『いやー、けどスタンド使いだからな。壁や扉破壊したり透過できたりするかも知れねえから
 メイジ並みに気をつけた方が良い気も……』
 アヌビス神がぶつぶつ考え込んでいる間に戦場への移動が始まった。
 アヌビス神は其の侭ヴェルダンデに咥えられて移動し、体躯ゆえに室内への侵入が難しいシルフィードは外に残り、デルフリンガーはネズミの群れの背の上に乗せられ運ばれている。
「俺っち行く必要あんの? ねえあんの? 誰も使えなくねえの?」
 デルフリンガーは必死に訴えたがスルーされた。

 ※

 食堂内には何事もなく到着した。
 モートソグニルがちっと舌を鳴らす。
「ちゅっちちっ(奴は俺たちの事を餌としか思っちゃいねえ)」
 台所付近の棚と壁の間の隙間に転がるネズミの血肉ブロック。
 数匹の仲間で構築されたそれ。所々に残るかじられた痕。
 数日前から既に潜んでいたことが判る。何らかの力で溶かされたそれは既に腐敗臭に似た嫌な臭いすらさせている。小賢しいのは人の使う香辛料を塗す事で臭いを欺いていた事だ。
 連中がやってきたと想定していた馬車の便が既に違ったのだ。
 目立たずに活動可能な夜間時間に絞って考えたとしても、つまり既に食堂内部程度ならば把握されていると言う事だ。
 色気を出して学院全体に縄張りを広げようとし、その時にモートソグニルによって手痛い目にあったと言うことになる。
「ちっ、ちちっ(初歩的な範囲で、ミスったか!)」
「ま、違いはあいつらの地の利が数日分増えた程度じゃねえの? こっちは数日増えようが数
 か月や数年の積み重ねがあるし」
「ちゅちゅっ、ちゅっちゅちゅちゅ?(比較では確かにそうだが、連中が罠や待ち伏せを仕掛
 けるだけの準備が可能になった。アヌビス神、お前でもそうするだろう?)」
「そりゃそうだ。甘く見て油断した所を殺るのは基本だな。危ねえ危ねえ何油断したんだ」
 アヌビス神はモートソグニルの言葉に、いつの間にか芽生えていた己の慢心を抑え込んだ。敵はスタンド使い。この厄介な状況が逆にアヌビス神を慢心させていた。
 未知の魔法使いではなく、見知ったスタンド使いと言う存在。これがアヌビス神の心に油断の種を知らず知らずの内に撒いていたのだ。

 ※ 

 突然の不意打ちがモートソグニルの予言通りに発生した。慣れた者でなければ知り得ない死角から、アヌビス神以外には不可視の棘のような弾丸が飛来する。
「危ねえ!」
 殺気と同時に視野の端にスタンド能力のビジョンの断片を感じ、アヌビス神はヴェルダンデの身体を操り、己の刀身で椅子を跳ね上げそれにぶつける。
「ちゅっ!(まだだ!)」
 モートソグニルが皆に下がるように身振りで促し、アヌビス神も慌ててヴェルダンデと共にその場を飛びのく。
 アヌビス神だけに飛来する二発目が確認でき、皆の目には突然床が腐れるようにして穴が開いていく様が見えた。
 落下し転がった椅子も同様に腐れたような穴が開いている。
「よ、よく判ったな旦那」
「ちゅちゅっ(視線と殺気ぐらいお前にも判る筈だ)
 ちゅちゅちゅっ(もっと神経を研ぎ澄ませろ)
 ちゅちゅ。ちゅちゅっちゅっちゅ(やれやれだぜ。最初の奴には気付けたようだが、二匹居
 る以上、二つ目がある事を忘れてちゃぁ駄目だぜ)」
「す、すまねえ」
 消えきらぬ、己の油断と甘さに情けなさを覚える。やってやったと考えてしまうと無自覚に油断している。だから前もオラオラされたんだろうとアヌビス神は心の内で己を叱咤した。

「どうでもいいけどよー、全く訳がわかんねーよ!」
 ネズミの群れに只管激しく運ばれたり、たった今は突然、ネズミが散り散りに走り去り床に放り捨てられて、途方に暮れるデルフリンガーの姿があった。
 相変わらず緊張しているのか抜けているのか判らないが、普段より妙に畏まっているアヌビス神の声と動物たちの小さな鳴き声が聞こえるだけなのだからどうしようもない。
 見かねたのかフレイムがデルフリンガーを咥えて持ち上げてくれた。
「すまねーな……ってん? あれさっき攻撃したってえネズミじゃねーのかい?」
 持ち上げられる際に動いた視界に動くネズミ二匹の影が映った。
 その声にアヌビス神が慌てて様子を伺うと、闇に溶けるように奥に消えるネズミの尻尾が見えた。
「鬱陶しいな、ヒットアンドアウェイか。あの手の奴って面倒くせえんだよなぁ」

 狡猾っ!
 二匹逃げたように見えたが一匹だった。
 一匹は待ち伏せをし、怪我した一匹を支える姿を装って走り去った奴は他のネズミの死体をダミーとして用いていたっ!
「チュギャァッ!(油断したな死ね!)」
 再度棘の弾丸が発射される。それは先程の射撃に対する反応で学習したのか、確実にアヌビス神を狙った一撃だった。
 アヌビス神は躊躇う、避けるべきか、切り払い『憶える』べきか。
 恐らく金属であってもあの棘は腐食させてしまうだろう。金属だからと言って必ずしも特別である筈がない。生命体にだって金属は含まれている。元は刀鍛冶であり、幾百年の経験を積んだアヌビス神は金属を過信しなかった。では魔法が掛かった存在であればどうか?
 だが自身が能力を持って憶えて魔法が掛かった壁を斬った事を連想し、スタンド能力の通常の理屈では無く概念で現象を発生させている場合の可能性を考える。斬ると言ったら斬る、溶かすと言ったら溶かす、燃やすと言ったら燃やす。それがスタンド能力の発現の一種だ。
 問題は避けると高い確率で自分を咥えているヴェルダンデがこの棘の攻撃を受けてしまう事だ。ヴェルダンデの機動性で完全に回避できるか正直怪しい。
 物は直る、生命も死ななければ魔法で治る。だが一撃で死なない保障も無ければ、死ぬ前に治癒魔法の類の恩恵を受けられる保証もない。
 以前のアヌビス神であれば他者の生命など如何でも良かった。実際今でも大半の奴の生命などどうでも良い。だが人では無い使い魔の彼らに限ってはアヌビス神らしくも無く、この学院の生活で情が移ってしまっていた。又、同時に生きていくには無くてはならない共同体となっていた。 

「くっそァー! おれかこいつの二択じゃねえか、どうすりゃいいんだ!」
 アヌビス神は殆ど無意識の内に相棒であり先達であるデルフリンガーに乞っていた。
「は? なぁに言ってんだアヌ公。普通に斬っちまえ」
「え?」
 察したデルフリンガーから帰ってきた言葉にアヌビス神は素っ頓狂に声を上げてしまう。
「んン? 少し溶けても又フーケに直して貰えば良いだけだと思うんだが……?」
 デルフリンガーは鍔をカチャカチャ鳴らして淡々と返した。尚この会話は非常に高速で行われており、周囲には気持ちの悪い高音の金切り音も同然である。
「そ・れ・だァ~!」
 アヌビス神は一応を考慮し剣先を持って、飛来する棘の弾丸を斬って捨てる。棘の軌道が反れて床に突き刺さり一つの穴を形成する。
「アッチャぁ~やばっやばっやっぱ溶けっ溶けっ」
 棘に触ったアヌビス神の剣先が僅かに溶け腐食が広がる。
「焦んなアヌ公。全部溶けるなら今頃床は一発目で無くなってらーね」
 デルフリンガーの言う通り、腐食は直ぐに止り大事には至らなかった。

 アヌビス神はこの時初めて敵のスタンドの姿を視界に捉えた。
 それは小型の砲台のような姿!

「チッ……。チチチチチッ(凌ぎやがったか……。だがもう溶けてるぜ)」
 天井近くの梁の上には、片脚に血を滲ませた痕のあるドブネズミの姿が有った。
「チチッ、チチチッ(フフッ甘い甘いぜ。直ぐに次をくれてやる)」
 ドブネズミはネズミらしからぬ風に口元を歪め、直ぐ様、次弾発射の照準をアヌビス神に定めた。だがその後ろに現れたのは一つの影!
「ちゅちゅっ(甘いのはそっちだぜ)」
「チィッ!?(何ィ?)」
 ドブネズミは今最も忌々しい存在を思い出す。そう、今最も忌々しく危険なのは、あの眼前の同類(スタンド使い)では無く、この己の半分の大きさも無い小柄なハツカネズミ!

「ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅっちゅっー!
 (オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッオラッー!)」

 例え小柄であっても強力なのがネズミの顎と首の力である。攻撃の意図を持ったならば容赦無く、対象の肉を削ぎ取り骨を噛み砕く。
 脚を痛め挙動の遅れるドブネズミに、圧倒的な俊敏さで跳びかかり次々と噛撃のラッシュを叩き込む。
 そして全身の肉を削がれ重心を乱し揺らいだドブネズミに、ハツカネズミの瞬発力を活かしたキックが叩き込まれ、中空に跳ね飛ばされたドブネズミは其の侭床へと叩き付けられた。
 アヌビス神にはその際の鳴き声が聞き覚えのある最も嫌で恐ろしいアレに聞こえ震えた。

「ちゅぁぁぁっーーーー!!(オラァァーーーーーー!!)」
 だがそれで終わらず、モートソグニルは更に梁を蹴って跳び出し跳躍力の加速に全体重を乗せた体当たりを床に横たわるドブネズミに叩き込む。
 全身の骨が砕ける鈍い音、そして中枢を司る脊髄が衝撃で潰れ砕ける音がし、ドブネズミは数度痙攣すると動かなくなった。
「ちゅ……。ちゅちゅちゅっちゅちゅ、ちゅちゅっ(しかしてめえはやり過ぎた……。ネズミ
 としての領域をはみ出した、万分の一生きる可能性も残さねえ)」

 念の入り用にアヌビス神たちは多数の同朋を殺戮され縄張りを荒らされた、モートソグニルの怒りを身に染みて感じた。
 アヌビス神は今の彼にこれまで出会った何者にも勝る、畏怖と恐怖と言う相容れない複雑な感覚が入り混じった何かを感じていた。 

 ※

「す、すげー。やっぱすげーぜモートソグニルの旦那!」
「ちゅちゅっ。ちゅちゅちゅっちゅちゅ。ちゅちゅちゅちゅちゅ(覚えて置け。戦いは強い能
 力を持った者が勝つんじゃあ無い。一番有効な時に一撃喰らわせた方が勝つ)」
 デルフリンガーにすればアヌビス神以外の声は、ちゅーちゅー、にゃーにゃー、わんわん、げろげろ、かーかー、ほーほー、もぐもぐ、がおがお、なのだが、歓声とともにモートソグニルの元に皆が集まる。
「ちゅちゅっ。ちゅちゅちゅっ。(本番はこれからだ。ここからはこちらのターンと行くぞ。
 アヌビス神、ヴェルダンデからフレイムにチェンジだ)」
 モートソグニルはそんな浮き立つ仲間たちを落ち着かせ、次々と指示を飛ばした。

 ※

 更なる奥。彼は机や椅子が並び死角の多いこの場を戦いの場に選んだ。晩餐後から片付けまでの合間の時間に零れた食べ物を漁りに何度か来たことがあり、多少ながらも地の利が有りと考えこの場を選んだ。
 そして彼、虫食い耳のドブネズミは、敏感に相棒の死を感じ取っていた。同情は左程無いが怒りは有った。追い立てられた事への怒りだ。
「チチチチチッ(奴らを晩餐にしてやるぜ)」
 全員死角からの不意打ち狙撃で肉にして生きたまま齧ってやる。殺意と食欲が同居する感情のままに、ネズミらしからぬ舌なめずり的な行為を取る。
 現状唯一の出入り口を物陰から、ジッと睨み付ける。

 出来うる限りの万全の体勢! それが慢心! それが油断!
 そう、幾ら地の利を得ようとも、ここはあくまでも彼等の領域である!

 出入り口とは違う虫食いの後方で床が爆ぜた。

 飛び出て来るは、ヴェルダンデとアヌビス神を口に咥え背にデルフリンガーを引っ掛けたフレイム、そしてモートソグニルをはじめとするネズミや小型の使い魔たち。

 つまり床下を掘り進んだのだ。

「まったく最高だなヴェルダンデは!」
 アヌビス神は思わず歓喜の声を上げる。それ程に、硬く地盤を固められた床下を高速で掘り進んだヴェルダンデの手腕は見事であったのだ。
 魔法で固められた大理石の床はアヌビス神が斬り刻んだ。
 使い魔同士の連携にアヌビス神の心は高鳴った。

 ※ 

 先程仕留めた奴と違い、負傷を負っていない、耳を虫喰ったドブネズミの運動能力は驚異的であった。
 不意打ちにより間合いを一気に詰めたにも関わらず、完全なこちらの間合いであるショートレンジに持ち込む事が出来ない。
 あくまでも我が身をネズミであると理解しているからか、常に間合いを放す事を狙い、距離を置いての狙撃を狙っている。
「動きが鈍いぞ。おめー動物でも自在に操れるんだろ?」
「んな事言ったたってな、おれ、動物用の剣術なんて知らねえっての!」
「お得意の『憶えたぞ!』で覚えとけよ間抜け」
「無えよそんなん! 特にサラマンダーなんてこっちきて初めて見たんだ」
「じゃあ俺っちが教えてやる。まず火を噴け火を」
「フレイムはおれを咥えてるんだぞ。おれが燃えるだろそれ!」
「いいじゃねえの、ファイヤーブレードだ兄弟。伝説の武器っぽくて良いさね」
「よくねえよ! 痛まねえかも知れねえけど痛むかも知れねーだろ!」
「錬金で治る、大丈夫だ行け」
「やだっての!」
「じゃあ蛙だ、それなら向こうにもいたって言ってだろ?」
「大きさ考えろ馬鹿! そもそも剣を振るう蛙ってどこのゲームだ! 人間の使い魔がいねーのが悪いんだっ」
「馬鹿言うなアヌ公。人の使い魔なんて有るわけ無いだろ、夢見るな。
 ん、あれ? 何か今……俺、重要な事思い出しかけたような……」

 何だかん言っても、行き当たりばったり的で失策であるとアヌビス神は思った。
 闇の中の火は例え狙われ易くなるとは言え、フレイムの火炎放射と言う数少ないロングレンジの攻撃手段を失い、むしろ戦力ダウンであると。
「ちゅちゅっ(食堂で派手に火なんざ噴いたらテーブルクロスに引火して大事だ)」
 そのアヌビス神の心を見透かすようにして、モートソグニルは少し苦笑するように鳴いた。
 尚この程度の暗闇は、夜目の効く動物たちに取っては左程問題にはなっていなかった。


「きゅいっ!」
 その時大きさゆえに内部に入り込めず入口から内部を覗き込んでいただけの筈のシルフィードが一声上げた。
 虫食いにとっては有り得ない場所から、否、他の使い魔やネズミたちに取っても有り得ない場所から。それはしっかりと閉められた扉。人の手を持って始めて開く勝手口。
 そこには長い青髪を揺らす全裸の人間の美女の姿があった。
「ちゅっ!(来たか!)」
「アヌさま、任せるのね!」
 アヌビス神は、モートソグニルの反応と、彼女の声と口癖と気配でそれが何者かを察する。
「良くわかんねーが、ナァイスだきゅいきゅいっ!」
 フレイムの身体を器用に操り、背のデルフリンガーと咥えられた己を次々とシルフィードへ向けて投げつける。
「きゅきゅっ、シルフィにお任せなのね。きゅいっ!」
 流石は空を高速で舞う竜の目と腕。アヌビス神によって操られている訳でも無いのに、彼女はあっさりと高速で飛来する二振りをそれぞれの手に受け止めた。

「シルフィも前から一度やってみたかったのね!

 アヌビス神!

  デルフリンガー!

   シルフィード 二 刀 流 ! なのねっ!」

 そしてアヌビス神のガンダールヴのルーンが輝きを放つ!

 ※ 

 人も同然の身体を得たアヌビス神は優位に虫食いを追い込んでいく。
 ……が剣撃その物は敵を捉える事が出来ずにいた。
「アヌ公よ、しっかり人の身体ゲットしたってのによ。しっかし当たらねーなぁ」
「うるせえ、足元は狙い難いんだ。しかも小さい上にすばしっこいからやり辛え。だが考えてやってるから黙っててくれ」
 逃げに徹したネズミと言うものは厄介で、シルフィードが振るう妖刀と魔剣を、フレイムが口先を尖らせて吐き出す細く絞った火炎放射を掻い潜り、チョロチョロと柱や机や椅子の影を利用して逃げ回る。
 炎はモートソグニルの指示による牽制だ、あくまでも動き回る虫食いの影を床に落とす為の物である。
 食堂の四方を囲むように外周を動き回る、学院のネズミたちや使い魔が声を上げて、落ちる影やネズミ本体を見極め、死角をカバーしてくれるお陰で見逃す事は無いが、未だ脚を止める事には至らず攻めきれずにいた。

「ヂュァッ!?」
 虫食いが突然の妨害者に鳴き声を上げた。バックステップで逃げた先に突然現れ進行を阻んだ。突然眼前を通り抜け視界を奪った。
 阻んだ者! それは踊りだした人形であった
「きゅいっ、アルヴィーズの人形なのねっ」
 深夜、踊り出す人形たちを虫食いは知らなかった。この学校にいる者に取っては常識。しかしこの虫食い耳のドブネズミは初めて遭遇する想定外!
 踊りに法則性が有るとは言え、初見の者に取ってはランダムに動き回るも同然。
 棘の弾丸を撃ち込み破壊を目論むが、小人人形の数が多過ぎ、そして攻撃が人形に向かう以上、隙が出来る。
「そいつが来ねえなら只のすばしっこいドブネズミでしかねえ!」
 振りぬかれたデルフリンガーが人形ごと虫食いの尻尾を斬り飛ばす。
「何で俺っちで斬るんだよ! おめーなら人形透過してあいつだけ斬れるだろ!」
「だってなデル公、おれ心情的に気持ち悪いからドブネズミとか斬りたく無かったし……。
 っつーか戦闘中に能力バラすなよ馬鹿!」
「何が馬鹿だ。馬鹿野郎! ドブネズミ斬りたくないとか、そりゃ俺っちもだ!」

 虫食いもダメージに悲鳴を上げながらも、したたかに反撃の狙撃弾を撃ち出す。
「へっ忘れたか? そいつが来たとしても、それはもう『憶えた』つってんだ!」
 アヌビス神はそのスタンドの弾丸を己の身をもって刀身を痛める事も無く、正面から打ち砕く。否、砕けて見えたが、それは幾度もの超高速の斬撃による念入りなまでの破壊であった。
「ここまで粉々にしちまえば流石にやべえ効果も存在も消し飛んじまう見てえだな!」
 弾丸の小さな欠片が中空に霧散し、実体を失い薄れるように消えていく。
「おでれーた! すげえなアヌ公! 俺っちにゃ何も見えてねーけど!」
「むしろすげえのはこの腕だぜ。流石は竜の腕だな! あんな動きしたら普通ゴーレムでも間接壊れた。最っ高だぜきゅいきゅい!」
「きゅいっ。シルフィをそこいらの連中やゴーレムと一緒にして欲しくないのね」
 勢いの侭に更に一歩踏み込んだアヌビス神による斬撃が掠め、虫食いの虫食い耳を半ばから斬り飛ばした。先程のデルフリンガーの抗議に流石に申し訳ないと思い己の刀身で斬った。

「ヂュッ! ヂュァァァッ!(クソッタレ!)」
 打ち出した弾丸と言えども己の生命力を投影したスタンドの一部、その破壊、そして削られる肉体、積み重なるダメージについに根を上げたようで、虫食いは逃げを計る。
 元来の野生や野良で生きる動物は、極力肉体的な損壊に至る程の戦いは避ける。それはその場を生存してもその後の死を意味するからである。ここにきて虫食いは動物の枠から外れ失いかけていた原初の本能に支配された。
 瞬時にして逃走経路を計る。外周に存在する出入り口。それらは踊り狂う人形と外周を駆け回る連中が邪魔になる。柱の上に駆け上がろうものなら、その道中の高さは完全に敵の最も得意とする射程圏だ。
 とすれば穴だ。先程連中が飛び出してきた穴しかない。おそらく中にいるのはあの巨大モグラとネズミ数匹程度。一気に隙間を駆け抜ければ撒ける可能性はまだ高い。そう判断した。

 ネズミを仕留めるのが最も上手い存在。それは同じネズミであり蛇であり……梟である。
 彼は地下を通っての不意打ちなどには参加しなかった。手負いのドブネズミもあえて無視した。理解していたからだ。場合によっては己が切り札たりえる事を。 

 虫食いは、眼前に敵を見据え、徐々に穴が己の後方になるように相対しながら移動し……全身の筋肉の力を振り絞り全力で穴に向けて跳躍した!
 やっかいの眼前の敵もこの動きに追い付く事が出来ないと判断した。

 実際シルフィードが後を追うように踏み込み、腕を伸ばしアヌビス神を振るったが、射程距離の外であった。
「やっべー、あの中はヴェルダンデとかしかいねーんじゃねえの」
「なんで自分が使った手をネズミに模倣されてんだよアヌ公の馬鹿馬鹿馬鹿!」
 巧みに位置関係を誘導されたアヌビス神をデルフリンガーは罵倒した。

 何者よりも暗闇を見通す捕食者はその動きを見逃さなかった。ネズミが跳ねて逃げる、その程度は彼には常識であった。最初から判っていた。宙より高速で急滑降し舞い降りる。
 マリコルヌの使い魔、梟のクヴァーシルの爪が中空で虫食いの身体を捉える。
 そして鋭い爪で虫食いの身体を臓器や骨格ごと握り潰しつつ、そのまま床へと押し潰すように叩き付ける。そしてクヴァーシルは一声も上げずに、ただ冷静に仕留めに掛かった。
「ヂュァッ!?」
 虫食いに出来たのは一声上げる事と、天敵が存在した事を刹那に思い出す事だけであった。

「カツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッ
 カツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッ
 カツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッカツッ」

 容赦のない嘴の一撃が虫食いの首を頭部を何度も徹底的に貫く。
 野生の世界では有り得ない程念入りに。その容赦のない嘴が虫食いごと床をつつく残酷な音だけが食堂に響き渡る。
 そして生命を失い、惨たらしいまでの肉塊と化したそれを、クヴァーシルは何の躊躇いも無く本能の侭に飲みこんだ。

 それはあまりにあっけない幕切れであった。

「ちゅちゅ……(せめて最後は野の獣らしく散るんだな……)
 ちゅっちゅちゅっ(後、アヌビス神がうっかりやらかす事は織り込み済みだ)」
 いつの間にか姿を消していたモートソグニルが現れ言った。
「シルフィはもっと活躍したかったのね。ちょっと地味だったのね」
 シルフィードが少し頬をぷーっと膨らませる。
「敵が小さすぎたんだ、無茶言うな! しかし、やっぱ鳥って奴は油断ならねーな……」
 アヌビス神はかつての同僚? を思い出していた。
「何か心当たりでもあるってえのか?」
 シルフィードへの返事の後に続けるように、ぶつぶつと呟くアヌビス神の独り言を聞きつけたデルフリンガーが問うて来た。
「ああ、鳥のスタンド使いで、やっべー奴がいたんだよ」
「ネズミだけじゃなくて鳥もかよ、おでれーた。おっそろしい世界だなアヌ公の故郷は」
 デルフリンガーは、その鳥がどのような能力かは判らなかったが、空を自在に舞うスタンド使いを想像して、その危険性を理解し身を震わせた。 

 思い返せば結局何から何までモートソグニルの思惑の範囲で全てが動いていた気がする。
 アヌビス神たちの知らなかったシルフィードの能力での乱入、そしておそらくクヴァーシルによるトドメ。これら全てが彼の戦略の内だったのだろう。
「まったく旦那にゃマジでかなわねえなぁ。これが統率者の将の器ってやつ?」
「おでれーたよ。6000年生きて始めて知った。ネズミって怖いな全く」

 モートソグニルは、ざわざわとどよめき盛り上がる使い魔やネズミたちを前に、淡々と、しかしきっぱり言い放った。
「ち、ちゅ。ちゅちゅちゅ!(さあ、もう日が登る。人間の時間が来る。諸君ご苦労だった。解散!)」

 戦いを終えた獣たちは、それぞれの寝床へ、そして使い魔としての仕事へと戻って行った。

「やれやれ、おれたちは一度フーケん所へ寄ってくか」
「流石にアヌ公のその剣先はさっさと直しとかねーと嬢ちゃん怒るだろうしなぁ、鞘にも引っ掛かって入りゃしねえのは情けないやね」
「きゅっ、シルフィに任せるのね」
 アヌビス神とデルフリンガーを手に外へ走り出たシルフィードは、見る見る間に風竜の姿を取り戻し、白み始めた空へと飛びあがった。



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