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第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~ - (2007/06/16 (土) 20:28:53) のソース

「ボスに『娘』がいるという情報が入った」 
その言葉とともに、暗殺チームがアジトとしていたあるアパートの一室はそれまでの喧騒が嘘のように静まり返った。 
張り詰めたような空気の中、それぞれに動きを止めてリゾットに注目していた。 
ただ一人、[[ペッシ]]だけが戸惑ったように辺りを見回している。 
「俺は組織に反逆する。ボスの娘を手に入れ、奴の正体を掴み、組織を乗っ取るつもりだ」 
「……勝算は?」 
長い沈黙の後、口を開いたのは壁にもたれ掛っていたイルーゾォだった。 
「ない。反逆はすぐに知れるだろう。ボスは二年前から俺たちを警戒しているからな…」 
『二年前』。誰も口に出さなかったが、誰もが、いなくなってしまった二人のメンバーを思い出していた。 
次に口を開いたのはメローネだった。 
「らしくないな、リーダー。計算高いあんたが勝算のない戦いに挑むなんて。 
 ボスはすぐにあんたに追手を向けるだろう。娘にもスタンド使いの護衛をつけるはずだ。 
 あんたの強さは知ってるが、死にに行くようなものじゃないか?」 
「かも知れない。だが、この機会を逃せば俺は永遠にボスに届くことはできない。 
 このまま、俺たちはゆっくりと飼い殺されるだろう。これまでと同じようにな…」 
リゾットはこの二年間の屈辱を思い出し、知らず、拳を握り締めていた。 

リゾットたち暗殺チームは大した縄張りを持たない。暗殺の報酬が主な収入だ。 
それでも当初の待遇はよかった。勢力を拡大する組織には暗殺者が必要だったのだ。 
リゾットが暗殺者になったのも拾ってくれた組織に少しでも恩を返したかったからだ。 
だが、リゾットたちのお陰でパッショーネが急成長し、皮肉にも彼らのような暗殺チームは不要になった。 
掌を返すように待遇は悪くなり、後にはほんの僅かな金と、他のチームからの侮蔑、そして制裁によって無惨に殺された二人の仲間の死体が残った。

「殺されるかもしれない。だが、俺は『誇り』と『信頼』を踏みにじられたまま生きようとは思わない」 
リゾットはポケットから組織の構成員バッジを取り出した。肌身離さず持っていたそれを決別の証としてテーブルの上に置く。 
「付いて来るというなら止めはしない。 
 残るなら、このまま俺が出て行くと同時に上に密告すれば、お前たちにまで処分が及ぶことはないだろう」 
それがリーダーとしてできる最後の行動だった。 
来いと命令すればあるいはみんな来るかもしれないが、死の公算が高い戦いに覚悟のない者を連れて行くことはできない。 

「待てよ、リゾット。俺も行くぜ。二年前、飛び出そうとした俺を止めたのはお前なんだからよォ。反逆に関しては俺が先輩だぜ」 
真っ先にギアッチョが構成員バッジをテーブルに投げ捨て、立ち上がった。 

そこにもう一つバッジが置かれる。メローネだ。 
「ボスの娘を手に入れたってボスのスタンド能力や居場所がわかるとは限らない。 
 だが、俺の『ベイビィ・フェイス』なら近い遺伝子を持つ人間の追跡が可能だ。俺が必要だろ?」 

「しょおおがねーなああああ~、古い付き合いだ。一緒に行ってやるよ。うまく行きゃあ、俺たちは一躍のしあがれる。 
 それに、ボスの娘を追うったって追手もかかるんだからよぉ。隠れるのは俺の得意技だぜぇ?」 
自慢の剃り込みを整えると、ホルマジオは構成員バッジをテーブルに置いた。 
「けっ、てめーのくらだねー能力なんか無くたって俺が連中を返り討ちにしてやる」 
「相変わらずオメーはしょおおがねーなああああ~。くだるくだらねーは頭の使い方だって言ってんだろぉ?」 
ギアッチョの悪態にホルマジオはいつもの様に返す。だが、二人とも口元には笑みがあった。

「リゾット、お前の悪い癖だ。最後は自分一人で背負おうとする。だが、ボスに『誇り』と『信頼』を踏み躙られたのはお前一人じゃない」 
今まで黙っていたプロシュートがバッジを指で弾く。バッジは宙を舞い、テーブルに落ちた。 

いつの間にか歩み寄っていたイルーゾォがバッジをテーブルの上に滑らせた。 
「俺はとっくの昔に『覚悟』を決めている。ボスに俺たちの信頼を裏切った代償を払わせてやる」 

おろおろしていたペッシが口を開いた。 
「お、俺は……」 
「ペッシ、お前は残れ。まだお前は暗殺チームとしては見習いだ。連れて行くことはできない……。俺たちとは縁を切って、できればギャングからも足を洗うんだ」 
「そんな……」 
リゾットの言葉にペッシは泣きそうな顔を見せる。そこにプロシュートが割って入った。 
「俺が連れて行く。ペッシはまだマンモーニだが、俺たちの舎弟だ。俺たちと『栄光』を掴む権利がある」 
「あ、兄貴!」 
「……分かった。いいだろう」 
「そういうわけだ、ペッシ。その代わり、二度と今みたいな情けねー面をするんじゃねえ。心の弱さを顔に出すような面はな…」 
「ハイッ!」 

「……結局、全員か…。お前たちの『命』と『覚悟』、確かに預かった…」 
「俺は最初からわかってたぜぇ? 『誇り』を貫く『覚悟』のねー腰抜けなんぞ、俺たちのチームには一人もいねえ」 
ギアッチョの言葉に、リゾットは頷いた。 
「では行くぞ! この部屋を出たときから俺たちは『裏切り者』となる!」 
リゾットを先頭に、七人の暗殺者が部屋を出て行く。テーブルには、彼らが属した組織のバッジが七つ、窓から差し込む光を受けて輝いていた。

反逆したチームに対し、組織の追求は執拗を極めた。 
スタンド使いの追手はもちろん、武装した非スタンド使いをも動員をかけ、尽きることなく攻撃を仕掛けてきた。 
そして情報力。パッショーネはその堅気の中にまで及ぶ情報網を使ってリゾットたちを狩り出した。 
当初、固まって行動していた暗殺チームは、陽動や迎撃と共に情報収集をこなすため、各自で動かざるを得なくなった。 
その過程で仲間は一人、また一人と倒れていった。 
ボスにたどり着くための切り札だったメローネが殺され、怒りに燃えるギアッチョはリゾットの合流を待たずに戦い、死んだ。 
一人残されたリゾットも、サルディニア島でトリッシュ、そしてボスにたどり着き、ボスを追い詰めたものの、敗北を喫した。 

反乱したことに後悔はない。だがそれでも、リゾットは思う。 
あるいは自分が抑えに回り、機会を伺っていればもっといい機会があったのではないかと。 
あるいは自分がもっと上手く指揮できれば、仲間たちは死なずに済んだのではないかと。 
「もしも」など有り得ないと知りながら、一人生き延びたリゾットは考えるのだった。 

第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~

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