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鏡の中の使い魔 - (2007/06/20 (水) 20:34:46) のソース

 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール 
 通称、ゼロのルイズ。 

 彼女は今、部屋の窓から二つの月を眺めていた。 
 彼女は今一人だった。使い魔もいない。 
 やっとの事で呼び出した、平民のはずの使い魔。 

 名を、イルーゾォ。 


 鏡の中の使い魔 


 月を眺めていて彼の事を思い出すのは、彼がよく月を眺めていたからだろう。 
 月が一つしかない異世界から来たと言い張った男。生意気な使い魔。 
 口論の末に己が使い魔と認めさせても、彼は服従しなかった。 
 そのくらい未熟な自分でもわかると、いらだち混じりに爪を噛む。 
 イルーゾォがルイズに仕えた理由は二つ。 
 死んだ筈のイルーゾォを、召喚という魔法を通じてか生き返らせた事。 
 そして、彼のチームが全滅したであろう事。 
 彼が主張する「自分は死んだ」などという戯言をルイズは信じていない。 
 ルイズの前に、使い魔の証たるルーンをその手に刻んで確固として存在しているのだ。 
 はたして誰が信じられようか。 
 また彼のチームの全滅。 
 本当に異世界から召喚されたというのなら、いかなる手段を持って召喚された世界の事を知りえたというのか。 
 本人は夢で見たという。 
 夢? そんな物の何が信じられるというのだ! 
 だがイルーゾォは言うのだ。 

「オレの仲間は、もう、誰もいない」と。

「リゾット……プロシュート……ギアッチョ……メローネ…… 
 ホルマジオ……[[ペッシ]]……ソルベ……ジェラート……」 

 彼の仲間達を口に乗せる。彼から直接聞いたわけではない。 
 ただうなされるイルーゾォの、その呟かれた中に込められた思いにいつしか覚えてしまっていた。 
「すまない」と。「生き残ってしまって、すまない」と…… 
 ルイズにはわからない。 
 肉親であれ友達であれ、離れてしまう事でその身を引き裂くほどに思えるほどの、それほどまで強いの繋がりを感じた事はないから。 

「イルーゾォ……」 

 正直、うらやましいと思う。 
 それほどまでに思える仲間がいたのだから。 
 だから―――― 

「無事、帰ってきなさいよ。ガリア王の暗殺なんて、できなくてもいいんだから……」 

 きっと、彼の仲間達は、敗北の中でそれでも誰か一人でも生きていて欲しかったと願って、そして偶然イルーゾォが呼び出されて。 
 夢を見たのもきっと、いつまでも自分達に縛られて欲しくなくて。 
 帰るよりも、新天地での新しい生活に専念して欲しくて。 
 だから吹っ切れさせるために自分達の末路を見せたのではと、ルイズは思っている。 
 その考えを、ルイズはイルーゾォに告げていない。 
 あくまでルイズの妄想であり、例え真実そうだとして、それが仲間を失った彼にとってはたしてどれだけの慰めになるものか。 
 だからルイズは待つ。 
 いつか傷口から血が止まり、この世界で生きる事を決意してくれる事を。 
 それが彼をこの世界に召喚したご主人様の務めであり、傷つきながらもなお、自分のために戦ってくれた誇りある使い魔に報いることだと信じているから。 

 正直な所、ルイズは己の使い魔の強さを知らない。 
 彼がその力の片鱗を見せたのは三度。 
 青銅のギーシュ、土くれのフーケ、そして、アルビオン王国に反旗を翻した貴族達。 
 青銅のギーシュの時はメイドのシェスタを助けるため。 
 今なお服従せずとも、助けられた恩を返すために惰性的に使い魔をやっていた当時のイルーゾォは、それ故にルイズの怒りをかった。 
 そのお仕置きとして食事を抜かされたイルーゾォに救いの手を差し伸べたのがメイドのシェスタだった。 
 食事を恵んでもらったお礼として彼女の手伝いをしていたイルーゾォは、ギーシュに絡まれたシェスタを助けるために決闘を受ける。 
 それは愚かな事だ。愚かな、筈だった。 
 気負うこともなく、ただ配膳のために使っていた磨かれた銀のお盆ただ一つを武器として決闘に挑み――勝利した。 
 いや、はたしてそれを通常の決闘の枠に組み入れていいものか。 
 ルイズにはいまだ理解できない。あの決闘を見ていた全ての者がそうだろう。 
 ヴェストリ広場に現れたイルーゾォは、お盆を武器と主張して、それをいぶかしむギーシュにお盆を見せて、そしてギーシュは消えた。 
 永遠に。ルイズ達の前から。その存在も死体すらも残さず。まるで悪魔にさらわれたかのように。 
 それ以来、ルイズをゼロと呼ぶ者も、イルーゾォを平民と馬鹿にする者もいなくなった。 
 何をしたかわからぬが故に、メイジ達のイルーゾォに対する恐怖は膨れ上がるばかりであった。 
 そしてそれはフーケの消失によって決定的となる。 
 見事学園の宝物庫より破壊の杖を盗み出したフーケ。 
 スクウェアクラスのメイジによる固定化の魔法。それを突破した強大なメイジ。 
 討伐に名乗りを上げたルイズ、キュルケ、タバサの三名をただの一人で手玉に取った彼女もまた、イルーゾォにあっさりと消された。 
 巨大なゴーレムは何の意味も成さず、ただ無残な土山を後に残すのみ。 
 戦いともいえぬ戦い。

 その実力に目をつけたのはトリステイン王国王女アンリエッタ。 
 アルビオンに潜入し、ウェールズ皇太子にあてた手紙を取り戻して欲しいとの願いは相手がルイズであったからだとは承知している。 
 だがしかし、ルイズが強力な使い魔を持っていなければ、流石に敵地へと侵入してこいなどとは言わなかったろう。 
 その願いを押しとどめたのはイルーゾォ。 

「要は、その反乱軍がいなくなりゃあ済む事だろ」 

 その言葉は、反乱軍の中心人物たちの集団失踪にて現実となる。 

 イルーゾォのもたらしたアルビオン反乱軍壊滅という圧倒的な戦果に、新たに目をつけたのはタバサであった。 
 その素性はガリア王国王弟オルレアン公の娘、シャルロット・エレーヌ・オルレアンである。 
 メイジの軍勢を容易く葬ったイルーゾォの強さに賭け、その素性を明かし協力を懇願したのだ。 
 ガリア王国国王ジョゼフとその使い魔の暗殺の、協力を。 
 受けたのはルイズ。彼女にはもはや己が使い魔の実力を疑う余地などなかった。 
 ならば政治的影響力を高めるためにもタバサの頼みは受けて置いて損はないと考えたのだ。 

(今頃はもう、王城の中かな……) 

 イルーゾォの力の正体。知りたくないと言えば嘘になるが、それでもルイズは訊こうとは思わなかった。 
 その時がくれば、きっと自分から話してくれる。そんな予感があったから。 
 だから彼女がする事といえば、ただ使い魔の帰還を信じて待ち続ける事だけだった。 

 ガリア王ジョゼフの使い魔、「神の頭脳」ミョズニトニルンたるシェフィールドは不機嫌だった。 
 主たるジョゼフがここの所、他の者に目移りしているのが面白くないのだ。 
 「神の盾」ガンダールヴと思しきとある少女の使い魔。 
 だが彼はその力を発揮することなく、まったく別の未知の力でもってジョゼフの計画を打ち砕いている。 
 それに興味を引かれたか、トリステイン王国に潜入させている密偵にはできる限りその男の情報を集めるように厳命する始末。 
 実に、腹立たしい。 
 久しぶりに直接顔をあわせたにもかかわらず、碌にかまってももらえずいらいらは頂点に達しようとしていた。 
 化粧でも落として寝ようと鏡を覗き込み、戦慄した。 
 そこには奇妙な、いっそ可愛らしいと言ってもよさそうな髪型の男。 
 だがその瞳は常人の物ではない。 
 他者の死を貪り喰らい生きてきた悪鬼の物。 
 それを頭が認識したかしないかの刹那で、シェフィールドは懐に忍ばせていたマジックアイテムを取り出しその力を開放しようとして―― 

 ゴトッ 

 気付けば落としていた。 

「――ッ!!」 

 男はまだ動かないが、その隣には先ほどは気付かなかったもう一人の人物がいた。 
 シャルロット・エレーヌ・オルレアン。おそらくは、このガリアで最も己を恨んでいる人物。 
 思わぬ相手の登場に動揺を押さえ込みながらも、シェフィールドは別のマジックアイテムを取り出そうとし、取り出せない。 
 相手はまだ動かない。別のマジックアイテムも試してみる。取り出せない。 
 仕方なく落ちたマジックアイテムに手を伸ばす。動かない。まるで床の一部であるかのように。固定されたかのように。 
 そこまでいって、ようようシェフィールドは顔色を変えて逃げ出そうとした。 
 シャルロット達がいるのは部屋の奥の方。故にドアの方に向けて駆け出す。二人はまだ動かない。 
 特に邪魔されることもなくドアにたどり着けた事に疑問を感じながらも、ドアを空けて部屋から出ようとする。動かない。 
 二人の足音が近づく。動かない。 
 ドアに体当たりをする。ビクともしない。足音が近づく。動かない。

 動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 
動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。動かない。 

 足音が背後で止まった。絶望の色すら滲ませ、シェフィールドが振り向く。 
 そこにはもう、「神の頭脳」ミョズニトニルンはなく、ただの無力な一人の女がいた。 

「貴女には、色々と聞くことがある」 

 感情を見せずに、静かにタバサが語る。 

「大丈夫。誰も助けには来ないから。貴女に聞く時間はいくらでもあるから、安心して」 

 唇の端だけを歪めて浮かべる笑みは、死刑宣告にも似て―――― 
 床にへたり込んだシェフィールドは、股間が生温かく濡れていくのをどこか他人事のように自覚した。


 その後の事について、特に語るべきことはない。 
 タバサは母親を癒す事ができたし、ガリア王ジョゼフは使い魔と共に行方不明になった。 
 次の王位にはタバサが就くかと思われたが若さを理由にこれを辞退。 
 しかし周囲の熱意もあり数年後の即位で話は纏まり、それまでは彼女の母親が席を暖めることとなる。 
 無論つい先日まで病人だった人物に政治などできる筈もなくあくまでタバサが就くまでの代理ではあったが、悲劇の女王として民衆の支持はなかなかのものであったという。 
 またジョゼフが所持していた土のルビーと始祖の香炉はルイズの元に届けられ、彼女の物になった。 
 これはタバサからの正式な贈り物とされ、ガリア王国の貴族達からも文句の出しようがなかったという。 
 ルイズはそれらを元に更なる虚無の魔法に目覚め、世界最強の魔法使いとして後世に名を残すことになる。 


 ――だが、彼女を最強の魔法使いとしたのは彼女自身の能力ではなく、いかなるメイジすらも密かに始末する最強の使い魔の存在であると、全ての歴史書には記されたという。 

            鏡の中の使い魔―――完――― 
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