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Start Ball Run-12 - (2007/07/05 (木) 01:22:05) のソース
……たった一つだけ、彼にとって幸運だったことがある。 『ガラクタ九つぶっ壊す』 『できなきゃ言わない』 最初、この二つは全く持って、彼の、でまかせであった。 シエスタが子猫を庇ってギーシュから蹴り飛ばされたとき。 彼もまた、その光景を見ていた。 自分にとって恩人とも呼べる少女が、痛みを堪えながら呻いた声に。 ……心が、怒りでざわめいた。 無意識に、何とか回転させられそうな石を一個、拾う。 そして彼女がうずくまる、その場所に向かったのだ。 ……石である。 彼がそのときまで持っていたのは、――なんの変哲も無い、石だった。 丸みを帯びているとはいえ、その曲線は真円には程遠い。いくら回転させたところで――真価は発揮させられそうになかった。 たとえ、上手く回転させられたとしても、石では、回転の負荷に耐えられない。 届いたところで――、威力を伝えきる前に、自壊する。 だから、全くの無謀としかいいようがなかった。 目の前に大きく、厚い壁として立ちふさがる、九体の青銅の騎士を、全てぶっ壊すなど。 だが、相手が――、思いがけず、チャンスをくれた。 『男の世界』と、あいつは言った。 それが、彼が以前であった男と全く同一の思想、だったのか。 或いは……全くの別物だったのかはわからないが。 あいつはその中にある『価値』を守るために、この戦いにおいてだけは、――公平を、求めたのかもしれない。 ……女の背中を蹴ったゲス野郎にしては、唯一そこだけは評価できる、と、彼は思った。 だから、受けて立つことを、決めた。 自らが持つ力全てを発揮するために。そして、相手の力と対等になるために。 ジャイロは、鉄球を手に取り、全力で――、回転させたのだった。 「オラァァァァァァァァァァァァァッ!!」 渾身で回転させ、十分に威力が篭った鉄球を放つ。 すでに突進してきていた青銅の人形の、一番槍の顔面に。 ごぎゃり、と音を立て、鉄球が食い込んだ。 ――しかしそれだけでは、鉄球の回転は止まらない! ぎゅるるるるるるるっ!! 暴れ足りぬと、鉄球が唸る! 金属と金属が擦れあう不快な音を発しながら、鉄球はさらに回転する。 ワルキューレの顔面に、亀裂が入る。それは回転でさらに大きくなり、遂には、いくつかの破片となって、飛散した。 それを見ていた誰もが、驚き、どよめく。 掌に収まるほどの大きさしかない鉄の球が、まるで意志があるかのように、相手に食らいつき、打ち破ったから。 その光景に、誰もが目を釘付けにされていたのだが。 ……モンモランシーだけは、全く違うものを、見ていた。 頭を打ち砕かれた、ワルキューレの首。 その芯まで――、みっしりと、青銅が詰まっていたことに。 彼の――以前のギーシュが作り出していたゴーレムは、外見こそ厳かな風貌だったが、練成できる青銅の量は、外見を取り繕うぐらいだった、はずだと。 それが今度は、不要なはずの中身まで青銅が詰まっているとは、どういうことなのか? ワルキューレが、まず一体、崩れ落ちる。 それを遠い目で眺めていた、ギーシュは――つまらない決着だと、思った。 まず一体は、倒した。 だが――、まだ一体。 鉄球の一投で、倒せたのは――、一体だけなのだ。 勢いを失った鉄球が、持ち主のもとに帰る。 それよりも――あきらかに速く、打ち倒された人形の後に続く槍が、瞬きさえも許さぬ速度で――鋭く突き出されたのだ。 観客と化していた生徒達の……誰もが、決着がついた、と思った。 ギーシュの操る青銅の石礫が、ルイズの使い魔を貫いて。 メイジに平民は勝てない。 わかりきっていたはずなのに。 そこにいる誰もが、それを信じて疑わない。 彼の主の、……ルイズでさえも、それは疑わなかった。 「……バカ! バカバカぁ! だから言ったじゃない! 止めろって! あれほど言ったのに!」 つまり、ここで下卑た思考を持った者がいたとして。 賭け試合をやったとするなら。 ここにいる大多数が――スった、ことになる。 槍は、――獲物を貫いてはいない。空中で、勢いを失ったかのように、静止している。 いや、その表現は正しくない。彼を貫こうとした槍は、今も力強く、前に進もうとしていた。誰かが、それに負けぬだけの力で、押さえつけていた。 崩れて落ちたワルキューレの胴体が、未だ消えぬ回転の力により、体を捻っていた。 それは本来ある関節を無視し、本来曲がらぬ方向に曲がり、後ろからきた青銅の騎士を抱え込む。 そしてそのまま――、青銅の錠となって、後ろからくる槍を封じ込めたのだった。 回転の力はまだ衰えない。首の無い人形が曲がりながら拉げていく。その動きはだんだんと小さくなり、やがて小さくなっていくが。 そのころには、巻き込まれた騎士も――背骨があったとするなら、その部分から、真っ二つに折れていくのだった。 「オラいくぜぇぇぇぇっ!! もぅいっぱああああああああつっっっ!!」 再び、ジャイロが回転をかけ、鉄球が投げられた。 ドギュゥゥゥゥゥゥゥン!! 轟音を伴い、魔法を打ち砕く魔球が疾走する! それは真っ直ぐに――人形達の主であり、敵の総大将であるギーシュに向かう。 本来ジャイロの喉を貫くはずだった三番目の槍は、ギーシュの意思により、疾走する鉄球を主から守る盾となった。 しかし、それは意味を成さないことに、ようやく、青銅のメイジが気付くのは――このあとのことだった。 胴体の真芯に、鉄球が食い込む。再びひしゃげた青銅の騎士に、変化が訪れる。 中心から捻れ、足が奇妙に曲がる――さながら、バネのように。 そして捻れから不自然に縮んだ人形が、勢いよく、ギーシュのほうへ――突っ込んできた。 それは彼の左にいたワルキューレによって、ギーシュを貫く槍は止められたが。 捻れる騎士は、防いだ人形の腕を掴むと、それをさらに巻き込んで捻れていくのだ! ――まずい。 そう判断したギーシュが、別のワルキューレに命じる。すでに肩口まで捻じれに巻き込まれた人形の腕を、切り落とせと。 金属同士が衝突する音を、ギーシュはすぐ傍で聞き、歯噛みする。 ――なんてやつだ。 そう、ギーシュは自分の浅はかさを悔いた。 たった数十秒の間に。自慢のゴーレムが三体、さらに一体は腕一本失い、もうこれで、半分近くの戦力を失った。 最初は本当に虚勢だった彼の言葉が、真実味を帯び始める。 ジャイロは、間髪無く第三投目――決着となる、一撃――を見舞うため、振りかぶっていた。 「ワァルキュゥゥゥゥレエエェェェェェェッ!!」 ギーシュがこの戦いで、初めて――叫んだ。 それは絶望から発したわけではなく。また理性を吹っ飛ばした激昂でもない。 勝つために。――勝利を手にするために! 己を鼓舞するために! ギーシュは叫ぶ! 「オゥラアアアアアアァァァァァァァァァァァッ!!!」 前列にいたワルキューレ二体が、必殺の勢いで突進する! ジャイロの決着となる一投が、射出される! お互いの必殺は交錯し、最後に立つ者が決する。 投げ出された一球を、突進する人形が、真正面で止めた。 そのまま、当然の如く捻じれていく。 これを――。ギーシュはこのときを、待っていた。 ワルキューレが、鉄球を抱きかかえる。亀裂を広げながら、人形は自らを繋ぎとめ、鉄球を拘束した。 さらに――同じく突進した人形が、捻れて壊れつつある人形を、さらに抱え込む。 二体の人形はお互いに、鉄球の回転よって捻れ、歪み、ひび割れてゆく。 そして、限界を迎えた人形は。 二つとも。――爆散した。 このとき、飛び散った破片が一つ、誰かに向かって行ったが。 ジャイロは、それを偶然か――それとも必然か、見て、しまった。 咄嗟だった。手に持っていた石に回転をかけ、破片目がけて投げつけた。 破片はルイズに当たる直前、ジャイロの投げた石に衝突し、方向を変える。 それが――決着だった。 鉄球を封じることを目的としたギーシュが、次に命じたことは当然のことであり。 決闘を一時とはいえ、余所見してしまったジャイロは、その脇腹に深々と、……ワルキューレの槍を、突き立てられていた。 ----